スカウトマン、説明を受ける
「スカウト……一言で言ってしまえば、まあそうなりますね。誰がその力を持つのかを見分ける事が出来るのは、異世界から来た人間だけと言われているのです」
どういう事だ。見たらピンとくるとかそんな感じなのか。
「ええと、そもそもその少女を探す理由は?」
「これから大きな戦いが起こるからです。大軍が来て本格的な戦乱になるのは数ヵ月後か数年後かはまだ分かっていませんが。私達が夜の獣と呼ぶモノが攻めて来るのです」
夜の獣?
お爺さんが何かの古い巻物――羊皮紙とかそういうものだろう――を持ってきて広げた。
王子は胸ポケットからペンを取り出すと、その先でピッと描かれた絵を指し示す。
何匹か黒く塗られた動物の絵が描かれている。脇に人骨らしいものもある。読めない文字が余白に書かれているが、きっとこれに対する説明文なのだろう。
「こちらの黒く描かれた動物が我々が夜の獣と呼ぶモノですね。動物の姿を模した影のように黒い怪物です。文献によると、ある程度の周期で異界との亀裂が生じると、これが溢れ出して来るとあります。彼等の性質は至って凶暴、人間を喰らい、恐ろしい疫病を振り撒く。極めて有害です」
「この世界にはその怪物が定期的に襲ってくるということ?」
「そうです。前回のは今から百二十九年前と記録にあります。その前は九十年、さらに前のは約二百年の間隔と歴史の研究者は言っています。そしてその異界の亀裂が生じ始めると、巻き込まれるように他の異世界からの人間などもやって来ることがあります」
「なるほど。じゃあ俺もそれで?」
「いいえ、貴方の場合は我々が意図的に召喚しました。亀裂が生じると召喚を行いやすくもなるのです。運悪く怪我をしていた時だったのは予想外でしたが」
「あっ、その節は、どうもありがとうございました。お礼が遅くなって……」
「もう気にしないでください。私も貴方にあのまま死なれていたら困るからやっただけです。それとこれを引き受けるかは別と考えていただいて結構」
王子はあれは仕事上の事だという事務的な態度でキッパリとそう言った。いやぁ、でも気にしちゃうんですけど。
「は、はい。で、そのやる事というのは?」
「夜の獣に対抗出来るのがその魔法装具なのですが。爺、その二を」
「はい」
お爺さんが次の巻物を広げる。今度のには剣や弓といった武器を構えた女達が黒い獣と戦っている絵が描かれていた。
「魔法装具は持ち主を選びます。夜の獣に唯一有効な強力な兵器でもありますが、持つべきでない者が使うと最悪命を失う危険な物です。過去の所持者達はそのほとんどが若い女性だったらしく、そして彼女達を見出したのは異世界から来た人間だと記されているのです。分かりましたか?」
王子は言い終えるとピシピシとペンで掌を叩いた。王子というより教官といったほうがしっくりくる仕草だ。説明も図解付きで分かりやすかった。
「はい、とてもよく」
なるほど。俺にして欲しい事というのは前線で戦えというのではなく、その力を持った女の子達を探し出せってことなのか。確かにそれなら俺に直接危険が迫ることは少なそうだ。
「じゃあ、それが終わったら、俺は元の世界に帰してもらえるのか?」
「は?」
王子が顔に似合わないポカンとした表情を浮かべ次に、ああなるほど、といったものに変わる。
「それはご心配には及びません。帰りたいなら今すぐにでも送還の儀式の準備を始めます」
お帰りはあちらです、とばかりに指差すほうを見れば、先程の美しい魔術師二人が待機している。
「え、でも俺が断っちゃったらどうなるの」
「そうなればまた次の候補者を探し、召喚します。引き受けないでお帰りになりますか?」
わあ、この人切り替えが早い!
「いやいや、まだそうは言ってないよ! もう少し、その、細かい話を聞きたいんだけど」
「分かりました。何でしょう?」
「あの、いつ帰るか俺が決めていいの? もしかして今日しか召喚とかの儀式が行えないとかある?」
「元の世界とこちらとの行き帰りについて心配しているのですね? 毎日は難しいですが、一日おき程度の頻度でなら可能です。なので例えば、今日帰って三日後にまたこちらに召喚という事も出来ます」
「そ、そんなに頻繁にやっちゃっていいんだ? 凄そうな魔法なのに」
「こちらとしても緊急事態ではありますが、だからといって勝手に召喚した異世界の人間に無理な負担を強いるわけにもいきませんから。あちらでの生活や仕事だってあるでしょう? 何年間も拉致して働かせるなどということをしたら、元の世界に帰っても生活も元通りとはいかないはずです」
おお、しっかり考えてる人だ。無計画なヤツに召喚されなくて助かった。
「無論報酬も用意します。しかしながら……召喚送還が出来るのは貴方の肉体のみなのです。仮に金貨を握って帰っても、金貨はこちらに残されてしまいます。おそらく口に入れる、などをしても結果は同じでしょう」
ああ、だから俺は一糸纏わぬ全裸だったんだな。なら金や宝石をもらったとしても向こうに持ち帰れないわけか。
でも報酬がなくても、異世界自体に興味が湧いてくる。しかも行き帰りも俺の都合に合わせてくれるみたいだし。こんな好条件って、断る手はないんじゃないか。
それに、彼が助けてくれなければ、俺はとっくに死んでいただろう。
恩人のいる世界が危機なのに命を助けてもらってじゃあさようなら、というのは……恩を仇で返すことになってしまうよな。
「さっきの話だと、早ければ数ヵ月後にはその夜の獣ってヤツの大軍が来るかもしれないって。それなら、一刻も早く女の子を見つけなきゃいけないんじゃ?」
「ええ、今はまだ少ないですが被害は出始めていますから。早ければ早いほど良いです。それに適性を持つ者でも訓練は必要ですからね」
そうか。いきなり武器を持たされても扱えるわけないもんな。
「あっでも俺って大怪我してたわけでしょ? じゃあ元の世界での俺の扱いって……」
「……崩落事故にでも遭ったような状態でしたからね。亡くなったと思われていても不思議はないでしょう」
「うわ、じゃあとにかく一旦戻らせてもらえないかな!? 家族に無事だって伝えなきゃ、心配かけてるだろうし葬式とか出されたら大変だよ!」
「分かりました。引き受けていただけるのですか?」
「うん……。俺、やってみるよ」
命の恩人らしい人の頼みだもんな。
こうして俺の日本と異世界の二重生活がスタートしたのだった。
読んでいただきありがとうございます。誤字脱字等ありましたら教えていただけると幸いです。