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魔軍征戦記

雪色大福~スライムと少女~(リム過去話。ver/2.00)

作者:

(時系列は、数百~千年以上前)


 水面や鏡に自分の顔が映るたび、遠い昔を思い出す。

遥かな昔でありながらも、けして色褪せない思い出だ。




 まだ、人型になることを覚えたばかりの頃。

当時は今のように完全擬態などできず、半液体が人の形を作っていただけ。

どろどろ、と粘液にまみれた人型。

それでも、スライムにとっては進歩だった。

あの頃のスライム族は、擬態や魔法も得ないまま死んでしまうものが大半だった。

何時の時代、何処の場所からだろう。

スライムが最弱の種族と呼ばれるようになったのは。

 あるスライムは、名前も性別もない当時、一人の少女と出会った。




 あるスライムは、他の魔物から逃げていた。

凶暴なヘルホーネットに追われて、人里まで降りてきた。

たまたま巣の側を通りがかっただけだが、追われたのだ。

 魔物は人類にとって驚異である。

見つかれば討伐されることもあるだろう。

しかし、弱すぎる魔物は放置されることも多い。

そこにかけた。

 今は夜。

不完全擬態とはいえ、闇に紛れれば人に見えなくもないだろう。

ヘルホーネットが去るまで人型で隠れていよう。

水で構成された影が、村外れの小屋に忍び込む。

林の中にある、小屋だ。

 恐らく、誰もいない。

人間ほど強い生体反応は感じない。

闇の中、擬態スライムが蠢く。

灯りのない小屋なら、何かあれば姿を悟られずにすむ。

「……誰かいるのでしょうか?」

誰もいないはずだったが、子供の声。

スライムは狼狽える。

ぷるり、と擬態がとけそうになる。

「いらっしゃるのなら、返事をくださいますか?」

丁寧に聞こえるが、有無を言わさぬ威圧感すらある。

「……いるよ」

液体の身体を震わせて声を出す。最近、この姿でも話すことができるようになった。

返事したのはいいが、人を呼ばれるかもしれない。

液体が喋ったのだから。

「まあ、お客様でしたのね! 今、灯りをつけます」

まだ気づいていないのか。

小屋に灯りが点いた。

寝台から身を起こしかけている、子供がいる。

寝台の近くにあったランプを灯していた。

スライムは今度こそ駄目か、と怯えたが、子供は驚くことすらせず、こちらを見ている。

いや、視線は少しさ迷っている。

「初めまして。……女性か子供の方ですね?」

性別や年齢すら定かでない液体に何を訊くのやら。

影こそ人の形だが、動く粘液でしかない。

尋ねるこの者について、スライムはある考えにたどり着く。

視力がない、あるいは極めて弱い。

スライムにとっては好都合だった。

見えていないだけでなく、魔物だと悟られていない。

「子供、かな」

 隠れている間の暇潰しに、この者と語るのも悪くない。

好奇心が沸き上がる。

光の無い目をした、痩せた子供と話す決意をする。

「君は?」

「私は、ネリアと申します。貴方は?」

名を訊いたのはいいが、自分は答えられない。

まず、名前などない。

いつかは必要とは感じるが、今は相応しい名が思いつかない。

「ボクは……、フランだ」

昨日、森で見かけた狩人の名前を適当に名乗る。

中性的な名前とのことなので、ちょうど良い。

「フランさん、ですね。よろしくお願いいたします」

相手がスライムだと知らずに微笑む子供。

何か不幸な状況にあるはずのに、礼儀正しく接するこの――ネリアという少女は興味深い。




 外を徘徊するヘルホーネットは絶えない。

たまに、外が騒がしくなる。

これではまだここから出るのは不味いな、とスライムは判断する。

少女と話をしながら、反撃あるいは脱出の機会を伺う。

「フランさん?」

「な、何?」

「呼んだだけです」

人間の友人や恋人同士のようなやりとりだ。

無理もないのかもしれない。

この少女はここに一人で暮らしていた。

幼くして家族を失い、視力も無く病に蝕まれた少女。

時々、村人が差し入れを持って訪れるだけ。

スライムのボクより可哀想なニンゲンだなぁ、と感じる。

このスライムは、自分より不幸なものを利用するほどの卑劣さはない。

好奇心と同情で少女に接していた。

人間の世界を知るのも、強さへの一歩。

自分にそう言い聞かせながら。

「フランさんは冒険者でしょうか?」

「そ。強くなるために旅してるの!」

「私も協力いたしますね」

強くなりたいと語れば、少女は持てる知識を余すところなくスライムに語った。

人間のこと、他の魔物のこと。

魔法や土地、道具の使い方まで、全て。

「すごい……っ。ネリアは物知りだね」

「点字の本で学びましたの」

村の方々がくださるんです、と嬉しそうに微笑む少女は、人間の基準で見れば可憐で美しいのだろう。

人間の感情や感性、感覚というものに詳しくなってきた、とスライムは自覚する。




 この少女と一緒にいる間に、たくさんのことを知った。

その礼のように、病弱なため迂闊に出歩けない少女に外の世界の話をした。

スライムであることは伏せ、旅や戦い、見てきたものを語る。

少女があまりにも可愛らしい笑顔を見せて喜ぶものだから、スライムは時々近くで花を摘んできた。

目が見えない少女のため、香りの良い花を選んだ。

春の花、夏の花、秋の花。

季節が過ぎるたびに、様々な花を渡した。

彼女の知識を活用し、ヘルホーネットに勝てるようになった。

ヘルホーネットの蜂蜜は甘美だ。

ヘルホーネットを討伐するたび、蜂蜜をネリアに届けた。

この村付近の魔物を狩り、食材になる部位があれば迷わずネリアに捧げていく。

「いつもありがとう」

ネリアは料理も得意だった。

目が見えないという壁を超える感覚の持ち主であり、料理にもそれが現れていた。

スライムは、彼女に料理を教わった。

食料を摂取しなくても問題ない身体だが、ネリアの料理を食べると元気になる気がした。

「ネリアの料理、すごく美味しい!」

「フランさんが良い食材を渡してくださるからですよ」

「違うよ、ネリアの料理が上手いんだ。こんなに美味しい料理、初めてだ……!」

「おかわりもたくさんありますから、たくさん食べてくださいな」

美味しい料理が初めてというより、料理を食べるのが初めてだということは伏せておく。

蜂蜜を混ぜた野菜スープのおかわりをもらう。

人間も悪くないな、と思いつつスープに口をつける。




 雪がちらつく季節になった。

花も魔物も少なくなったなぁ、とスライムは森をさ迷う。

寒さに思わず凍りつきそうになるが、獲物を探す。

樹の根や花の種ぐらいしか見つからず、諦めたくなる。

しかし、このスライムは粘り強い。

粘液にまみれた身体も、不撓不屈の精神も。

冬眠中のハニーベアの寝首をかくことに成功し、肉と毛皮を手に入れた。

きっとネリアは喜んでくれるだろうなぁ、と帰路についた頃には雪が夕焼け色に輝いていた。

不完全擬態の姿で肉と毛皮ををかかえ、ネリアの家に戻った。

「……ネリア?」

どこを探してもいない。

戦利品は机に放り出して、家中を走り回った。

いない。

いつもなら台所か寝室にいるネリアが、どこにもいない。

「ネリアっ!」

入れ違いになったのかも知れない。

帰りが遅くなったことを酷く公開しながら、再び外に飛び出す。

病弱で目も見えないネリアが、魔物と雪にまみれた外に出るのは危険だ。

せめて暗くなる前に、と急ぐがスライムの動きはけして速くない。

己の種族の弱さを恨みながらも、ネリアを捜索する。

「ネリア、どこなの!? 」

不完全擬態のスライムが大声を出して走り回る。

人間に見つかってしまい、討伐される恐れもあったが、なりふり構わずネリアを呼ぶ。

「ネリア、ネリア……っ!」

夜に村へ向かうこともないから、この森の辺りにいる。

襲いかかる魔物を返り討ちにしながら、駆ける。

 そうしているうちに、森の中の開けた場所にたどり着いた。

「ネリア……っ?」

積もった雪上に倒れている少女。

間違いなく、ネリアだ。

駆け寄り、抱き起こす。

もちろん、腕は粘液にまみれたスライム。

正体を悟られるかもしれなかったが、今は気にしていられない。

「ネリア!」

ネリアの身体はまだ温かい。

弱々しいが、息もしている。

つまり生きている。

「ネリア……っ」

「フランさん……? 良かった、無事だったんですね」

それはボクの台詞だろ、と返したくなるが言葉にならなかった。




 瞳から粘液が溢れて止まらない、このスライムにとっては初めての感覚だ。

人間なら、これが涙なのだろう。

「馬鹿、馬鹿……っ」

意思すら宿らず朽ちていくこともあるスライムらしからぬ感情と仕草。

数百年の歳月と、ネリアとの日常がそれを身につけさせた。

「帰ろう、家に帰ろうよ……っ」

「いいえ、このままここで」

出合いの時のやりとりのような、強い威圧感。

この可憐な少女のどこからこの威圧が出せるのか、と疑いたくなる。

「なんで……っ!」

このまま寒い森にいたら、ネリアは死んでしまう。

スライムは大丈夫だが、人間、ましてや病弱や少女には耐えられない寒さだ。

「もう、駄目なんです」

盲目の瞳でスライムを見据え、微笑む少女。

何が駄目なのか、スライムにも理解できた。

ただ、それを認めたくないだけで。

ネリアにかける言葉が見つからぬまま、抱き締める。

「……本当は、秋まで持たないと、お医者様に告げられていました」

まるで、貴方を探したせいで死ぬのではないと、スライムに納得させるように。

「一人で死ぬのだと、思っていました」

空にちらつく雪のように、ぽつりぽつりと呟く少女。

「しかし、フランさんに会えました。そこから、毎日が楽しくて、気づけば冬になっていました」

スライムを咎めるどころか、延命の理由になったと語る。

スライムはただ粘液を溢して、少女を見つめる。

「勇気を出して声をかけて良かった、そう思います」

あの威圧感は命をかけていたからか、決死の覚悟だったのはお互い様だったのか、とスライムは出合いを思い出す。

「死ぬ前に――友達ができたんですから」

 スライムが見てきた何よりも美しい笑顔。

数百年の旅でも、これほど綺麗なものは目にしたことがない。

死を前に微笑む少女の、なんと美しきこと。

最期の場所に雪夜を選ぶ感性も、実に素晴らしい。

「友達って、ボクは……っ」

 一年に満たぬ期間だが、確かに共に過ごした。

笑い合い、時には悲しみを分けあって。

お互いが知る情報や知識を共有することも、協力して家事にいそしむこともしてきた。

「ボクは、人間じゃないのに……っ

死にゆく友人に、告白した。




 盲目のネリアだから、スライムと一緒にいたのだろう、そう予測していた。

「知っています」

「え……っ」

そういえば、ネリアは気配で人や魔物を察知していた。

スライムである自分に気づいていても、不自然ではない。

人間でない相手に毅然と応対した少女の勇敢さに、スライムは震えた。

スライムより脆弱な人間の少女に、どうしてこれほど強い心があるのだろう。

「どんな魔物かは、わかりませんでしたけどね」

少し残念そうにしている。

「……スライムだよ。ただの、スライム……っ!」

その種族を恥じらうスライムだが、ネリアには隠したくなかった。

友人に隠し事などしたくない、スライムは友情を覚えた。

「まあ……っ! スライムなんですね」

スライムを見下さず、ただ純粋に驚き盲いた瞳を見開く。

この時代のスライムは擬態や言葉を操り、人間と接したものは少なかったからだろう。

「フランさんのようなスライムがいるんですね……っ!」

興味津々にしている少女に、世界の他のスライム達を見せてやりたくなる。

金属のスライムや巨大なスライムをみても、ネリアなら微笑んでくれそうな気がした。

しかし、それは叶わぬ夢。

抱き締めた少女の鼓動は段々と弱くなっている。

「名前だってフランじゃないよ……っ」

「言いたくないことは、聞きませんよ」

言いたくても、名前がない。

スライムとして生きるのに、名前など必要なかった。

「ねぇ、フランさん」

「……何?」

無名だと薄々気づいたのか、フランと呼ぶのを変えない少女。

今まさに命尽きようとしているのに、涙すら見せない少女の強さにスライムは憧れた。

「最期にお願いして、いい、ですか……?」

口調はそのままだが、声は小さく途切れ途切れ。

最期、というのは正しいのだろう。




 ネリアは泣いていないのに、スライムは泣いていた。

この友人は、もう助からない。

人間の死を幾度となく眺めてきたから、わかる。

しかし、これほど近くで、しかも友の死を看取るのは初めてだ。

「お願い……?」

「はい。お願い、です。」

「何……?」

「私を、吸収して、ください……」

貴方がスライムならこの方法が一番です、と力なく微笑むネリア。

スライムは、吸収によって強くなれる。

吸収したものの能力や知識、魔力を取り込めるのだ。

「やだよ、そんなの……っ」

「フランさんと、ずっと一緒にいたいからです」

一緒いたいと求められ、拒めない。

しかし。

謙虚で欲の無い友人の最初で最期のわがままを、叶えてやらねば。

「わかった、わかったからぁ……っ」

「私達、ずっと友達ですよ」

スライムが了承すれば、そう告げる少女。

そして、瞳を閉じた。

その一瞬に、スライムは少女を呑み込んだ。

擬態を解いて、粘液で少女を包む。

消えゆく命の温もりを感じながら、取り込んでいく。

雪の空が闇に染まった頃、スライムと少女は一つになった。

いや、少女を吸収したスライムがその姿に擬態している。

完全にネリアの姿になったスライムは、呆然と座り込んでいる。

ネリア、そう体内に消えた友人を呼びたかったが、慣れない身体では声が出なかった。

ただ、ネリアと違って目は見える。

スライムは内心で誓う。

一緒に世界を見て回ろうね、と。




 ――どれぐらい昔だっただろうか。

人生、いやスライム生の半分以上も昔のことだ。

今や大魔王軍の四天王にまで出世したスライムは、過去を懐かしむ。

ネリアのおかげかさらに強くなり、賢くなり、気づけば魔王城で働くことになった。

魔界までは遠かったけど、世界を見て回れた。

ネリアの旅はそこで終わってしまうけど、彼女をもう休ませてやりたいとも思っていた。

生きていたらお婆ちゃんになってるもんね、とスライムは内心で呟く。

人間の一生より長い月日を旅したのだ。

そうして魔王城で勤務するうちに、大魔王に恋してしまった。

恋のせいなのか、顔以外はネリアと異なる体型になってしまった。

ネリアは華奢で儚げな美少女だったが、スライム――リムは表情豊かな巨乳美少女というべき容姿だ。

ネリアを眠らせる意味で顔を変えるのもありだが、リムはネリア以上に綺麗な少女を知らない。

ゆえに、顔はネリアのままだ。

「ボクは、やっぱり世界一幸せなスライムだ。友達に顔を、愛しい方に名前をもらったんだから」

魔王城にも降り積もる雪が、大好きな友人のような気がした。


【終】

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