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誤解の春

作者: 手羽 サキチ

春眠暁を覚えず。蛇穴を出づ。即ち春である。今野晶さん(高2)はとても幸せな気分である。四月に入り、クラスの委員会もしくは係活動の割り振りがあったのだが、今野さんは図書委員に立候補し、見事選出されたのである。(他にやりたい人がいなかったわけだ。)今野さんは委員会活動が始まった小学校5年生から高校1年生まで連続6年間図書委員を務めていた筋金入りの図書委員であり、今年で7年目の快挙である。授業が終わり、これからホームルーム中自分の机の上で思わずニンマリと笑ってしまう。

「晶、何ニヤニヤしてんのよ。もうホームルーム終わったよ。」

と声をかけるのは今野さんの級友、柳田さんである。幸運にも今年も同じクラスであった。

「え?ごめん、ボーっとしてた。これから図書委員会の初めての会合なんだ。」

「放課後も当番なんでしょ。図書委員って損な役回りじゃない?」

「図書室の雰囲気が好きなんだ。なんか古い本のある空間って落ち着くんだよ。ニオイとかさ」

「へ、へえ、そうなんだ。それじゃあ今日部活ないから先に帰るね。」

「そんじゃまた明日。」


会合に間に合うべく女子生徒にしては短い髪を揺らしていそいそと歩く今野さん。この市立緑が丘高校が私服であるため日頃からズボン・シャツ・ベストを着用した出で立ちは今野さんのスレンダーな体型と組み合わさるとどうみても「少年」もしくは「小僧」に見える。実際に今野さんは何十回も男の子に間違われてる。


3年4組源一誠君の場合。源君は新学期運の悪いことにタチの悪い風邪を引いてしまい、数日間欠席した。鼻水だらだらの状態で冷えピタを額に貼り足を湯たんぽであたため(頭寒足熱、である。)近所の内科でもらった薬を内服して寝ていたらなんとか治った。

誰でもインフルエンザなどで長期欠席すると病み上がりに学校に来ると少し落ち着かない気分になるというものだが源君も例外ではない。取りあえず授業開始まで着席して今日の宿題のチェックでもしようかという時に友人の菅原君が話しかけてきたのである。

「おはよう源、体大丈夫か?」

「もう良くなった。大丈夫だ。」

「ところでさ、先週委員会決めがあったんだけどお前今年図書委員に決まったぞ。」

「分かった。ありがとう」

源君は図書委員は未経験だが父親が本好きなので家には一般家庭よりは多くの本があることを自負している。源君自信もまあまあの読書家である。図書委員になったのは少しうれしい。


3年2組の教室で図書委員の会合が始まる。

「あれ、今野じゃん。今年も図書委員?まあ私もそうだけど。」

と、声をかけたのは去年の図書委員会副委員長山村先輩。

「はい、。今年もよろしくおねがいします。」

教室を見渡すと図書委員のメンツは新1年生を除いてほとんど変わっていなかった。今野さんは今年の委員会活動も円滑に進みそうだな、と思った。そして会合が始まる。司会は委員会顧問の先生である。まずは委員長・副委員長を決めるのだが委員長は満場一致で経験者である山村先輩、副委員長はこれまた去年も図書委員だった谷口君に決まり、ここからは二人が会合の司会・進行を務める。次はいよいよ貸出当番を決める。月曜日の昼休み・放課後から金曜日の放課後までの当番を選出する。基本的に当番は二人一組、である。今野さんは習い事や塾に行ってない上に帰宅部であり基本的に暇人なので何曜日でも構わないのだが、なんとなく水曜日の放課後にしよう、と決めた。

月曜日、火曜日と時たまじゃんけんによる昼休み当番争奪戦になりつつも(放課後は面倒なのである)、当番は決まっていった。

「それじゃあ、水曜日の放課後やりたい人、。」

今野さんは挙手した。

「それじゃあ今野と源君で決定ね。」の

今野さんが源君とは誰だろうと辺りを見渡すと、源先輩は仏頂面で挙手していた。ジーパンにシャツにパーカーという無論現代人の装いなのだがその険しい表情と謹厳実直(まじめ)そうな佇まいから、昔のサムライみたいな人だな、と今野さんは思った。かたや源先輩は今野さんを随分幼い素朴な少年だな、と思った。

要するに源先輩は今野さんの性別を男だと誤認してしまったのだ。

そして当番決めはスムーズに進み、仕事の説明などが一通り行われ、


「それじゃあ第一回図書委員の会合を終わります。当番サボらないようにね。以上」

と山村委員長が釘を刺し、委員会の会合は幕を閉じた。

今野さんは波風の立たない円滑な人間関係を望む善良な一般市民なので(同じ当番の源先輩に挨拶しておこう)と思った。

「源先輩、二年二組文系クラスの今野晶です。水曜日当番なのでよろしくです。」

とぺこりと頭を下げた。

「三年四組の源一誠だ。よろしく頼む。」

と、返事をした。今野さんはお互いの意思疎通ができたので満足した。

「それじゃあ水曜日に。では」

「うん。」

こうして一日が終わった。


二日後。四月の下旬。曇りなき晴天の昼休みである。今野さんと友人の柳田さんは教室で2個の机をくっつけて仲良く昼食の時間を楽しんでいる。今野さんはお母さん特製の弁当をもそもそ食している。柳田さんはオシャレにサンドイッチを頬張っていた。

「晶、今日だっけ?図書委員の当番」

「そうだよ。三年四組の源一誠先輩と一緒だよ」

「へえ、どんな人?」

「なんか険しい顔のサムライみたいな人だったあ。でも寂れた雰囲気だったから失業して内職してる浪人かもね。」

「内職しているサムライのどの辺がいい人なのさ?」

「ちゃんと返事してくれたよ。コミュニケーションは拒否されてないと思う」

のんきな今野さんの脳内ではこの世の人間の約9割以上がいい人にカテゴライズされているので当てにならないが今野さんがお人よしなのはいつものことなので朱里さんは気にしないことにした。

「まあ今年も図書委員頑張ってね。テキトーに」

「うん。朱里も部活がんばってね。ゴールをこじ開けるんだ」

こじ開けるのはサッカーだろう、とバスケ部の柳田さんは思った。


放課後になり図書委員会の当番が始まるので今野さんは図書室へ急いだ。緑山高校の図書館は卒業生の寄贈などによりは高校の図書室にしては蔵書が豊富な方である。日当たりが良いのも特徴でぽかぽか陽気で自習生徒はしばしば睡魔に襲われる。ちなみに今はテスト期間じゃないので割と閑散としている。当番は主に司書の先生とカウンターで貸出や本の整理、その他雑務を行う。当番とは別に熱心な委員は本の紹介文を書いたりもする。

当番の担当時間は授業終了の4時から5時45分までである。

今野さんが図書室に入ると先に源先輩がカウンター内のボロいパイプ椅子に座っていた。源先輩は比較的身長が高いのでパイプ椅子が潰れそうである。今日の図書室はかなり閑散としているのでなんだか暇そうである。司書の先生は奥で仕事をしているらしい。

「源先輩、こんにちは。今日は貸出ありましたか?」

「さっき一回貸出手続した。」

「へえ、もう貸出手続覚えたんですか、すごいなあ。図書委員会の当番って実はあんまり貸出がないから割と暇なんすよ。」

「そうか。」

「先輩は本読むんですか?」

「少しだけ。お前は?」

と返した。

「はいたまにですけど。最近の作家なら草枕箔とか志水泰成が好きです。あとは歴史小説なら坂見薫、福谷光則かな。」。

「その辺の作家なら何冊か読んだ。草枕箔は遅筆だからシリーズが完結しない。」

「そうなんです。ずっと幻獣奇譚シリーズの続き待ってるんです。腹立ちますよ。10巻でたのもう十五年前ですよ。」

ちなみに草枕箔とは無冠の大衆文学作家である。宗教や伝説を織り交ぜた荒唐無稽かつドラマティックなストーリー展開と個性の強いキャラクターに定評があり一部の作品は実写映画化されている。しかし次々と長編を書いては放っぽりだす読者泣かせの小説家だ。

「あと最近は福谷光則の三国志が楽しみだな。福谷先生の歴史小説は意外性はないけれど史実に忠実で時代背景の描かれた淡々としたストーリーがいいなあ。」

「歴史小説は脚色の仕方で好き嫌いがある。福谷の三国志は楽しみだ。ただ黄巾の乱よりさかのぼって書いているからまだ赤壁の戦いの前だっけ。」

「先輩、三国志マニアっすか。うれしいなあ、三国志読んでる人に会ったのは初めてですよ。」

今野さんは小学生の時に友達がハリー・ポッターを読む横で三国志やらアーサー王伝説などを愛読

していたためかなり同世代の子どもと趣味が合わなかった。同級生が「ハリーってかっこいいよね」と思っている脇で「やっぱり趙雲はカッコいい!すごい!」と三国志の長坂波の戦いでの趙子竜の雄姿に感動していた。


「ただ三国志は登場人物と合戦が多いので頭の中で整理するのが難しいんです。だから今度図解・三国志大全っていう本買おうかなーって思ってます。三国志といえば15年前に出た必勝!神軍師っていう三国志のシュミレーションRPGゲームも欲しく中古屋巡ってるけど中々見つからなくて…」

「その本なら持ってる。あとそのゲームも家にある。父親が元々三国志ファンなんだ。…両方貸そうか?」

「え、いいんですか。」

「来週の当番の時でいい?」

「はい、やったー。」

と、今野さんは超ハッピーって感じで喜んだ。その様子がしっぽを振ってキャンキャン吠える小型犬に見えたので源先輩はなんかチワワとかパピヨンとか服着た犬をみて「カワイイ」「キュート」と言う女子のキモチが少しわかった…気がした。

ちなみに必勝!神軍師とは軍師である主人公が仲間の武将を動かして敵を倒したり城を乗っ取ったりする将棋のようなゲームである。デフォルメと劇画チックなムービーを合わせたデザインが特徴的。必勝!シリーズには必勝!水滸伝や必勝!封神演義や必勝!信長などがある。

それから当番そっちのけで(誰も来ないので)おたく趣味全開の今野さんと源先輩であった。よくよく話してみると二人とも読書・三国志だけでなく大河ドラマ好きだったり映画の趣味が似ていたり

一昔前の古いゲームが好きだったりとかなり趣味が合うことが判明した。

それから「三国志最強の武将は?」とか「一番難しいシュミレーションRPGは?」とか「この洋画はオモシロイ!」という話題でおおいに盛り上がってしまった。


今野さんは話の合う先輩ができてラッキー。源先輩の方も人と趣味が合う方ではないのでなんだ、この小僧とはヤケに話が合うな、と思った。


そんなこんなしているうちに当番の時間が終了した。四月なのでそこまで暗くはない。

「それじゃあ来週本とゲーム持ってくるよ。じゃあな。」

「はい、さよなら。」

こうして今年度初の図書委員の仕事は実に楽しく終了した。(実際は殆ど仕事がなかったわけだが)家に帰るか、と今野さんが廊下を歩いていると柳田さんがやってきた。

「あ、晶じゃん。図書委員の仕事終わったの?」

「うん、朱里は部活終わったの?」

「うん。一緒に帰ろうよ。」

「そうしよう。」

というわけで今野さんと柳田さんは二人仲良く帰宅の途についた。二人とも同方向である。柳田さんはジャージにスポーツバックという結構ゆるい出で立ちである。

「どうだった?例のサムライは?」

「それがさあ。すごく趣味が合うんだよ。仏頂面だけど親切だし。こんど本とゲーム貸してもらうんだ。」

「へー、良かったね。晶ってゲーム好きなんだ。」

「うん、シュミレーションRPGが好き。マスゲーみたいなの。でもすぐ味方が死んじゃうの」

「ふ、ふーん。」

柳田さんは小学生の頃から野外で遊ぶのが好きなスポーティーな女子だったのでゲームに関してはちんぷんかんぷんなのである。ますげー?死ぬってどゆこと?と思った。

それから二人は柳田さんのバスケ部の話で盛り上がった。柳田さんは柳田さんで新入生の面倒を見るのが大変らしいが根が世話焼きのおせっかいなのでまんざらでもなさそうだった。


かたや源先輩は日直だったので日誌を取りに自分の教室に戻った。すると級友の菅原君がいた。

「おお、源じゃん。図書委員会の仕事終わったのか?」

「そうだ。一緒に組む今野っていう後輩が中々趣味の合うやつだった。」

「ふーん。その今野って奴お前のこと怖くないのか。よかったな。珍しく後輩になつかれて。」

「怖い?」

「お前いっつも仏頂面だからな。去年風紀委員やってたころは後輩かなりビビってたよ。」

「俺は別に怒ってないさ。穏健派だ。」

源先輩はどうやら表情筋が固いので黙っていると怒ってるように見えるらしい。本人には自覚がない。

去年は偶然風紀委員だったのだが服装検査週間の時に校門の前で源先輩が立ってるだけでかなりの風紀的抑止力になっていたことを本人は知らない、というのが菅原君は我が友ながらオモシロすぎると思っている。

「それじゃあ俺帰るよ。じゃあな。」

「俺は日誌出してから帰る。またな。」


そして一日が終了した。それから春の健康診断・身長・体重・視力・聴覚・検尿…と続き授業はしばし中断された。今年の今野さんの身長は155センチ。昨年より1センチも伸びたので良かったなーと思った。体重測定に対する女子の執念は恐ろしく朝食を抜いたり下剤を服用して前日に出すものを出したりとシレツな戦いである。今野さんの体重は身長に対して軽くもなく重くもない。ふつうであった。柳田さんはスポーツをしているため筋肉の重量があるため(筋肉は脂肪より比重が重い)体重は重くなる…はずだと今野さんは思うのだが柳田さんは去年より三キロ増量したため体重計の前で目を剥いて「うっそお!」と驚愕していた。さらに避難訓練が行われた。避難訓練というのは実施日が生徒に告知されていてもいつ何時校内放送が鳴るかは秘密である。今回の設定は調理室から火が出たというシチュエーションであった。今野さんは前日お腹がすいていていつもの弁当だけじゃ飽き足らずに購買でアンパンを買って食したら食べ過ぎで腹痛を引き起こし早退したので(家で寝てたら治った)避難訓練が行われることを認知していなかったため「え、火事?どうしよう」と一瞬ビビってしまった。避難時間は5分と昨年の8分を3分も下回ったため校長先生は我が校の生徒のスピーディな避難を軽―くほめた後に「自分の命は自分で守る…」から30分に及ぶ大演説に発展した。あまりに長かったため女子が一名貧血で倒れたため演説は終了した。それから英語の抜き打ちテストがあったため今野さんのクラスは阿鼻叫喚状態だった。今野さんも春休み中は全く勉強もしないで読書にゲームに映画鑑賞とかなり遊んでいたため六十八点とかなりビミョーな点数だっため少し反省した。そんなカンジで一週間が経過して水曜日の放課後の図書館である。

「源先輩こんにちは!」

「よう。ほら、例のもの。返すのはいつでもいいよ。」

と言って先週約束していたゲームと本を入れた紙袋を今野さんにほい、と渡した。

「わーい、ありがとうございます。」

今野さんはやったあ、と喜んだ。源先輩も今野さんがハッピー状態なので少しうれしくなったが、男の割には喜怒哀楽・感情表現の豊かな小僧だな、と思った。源先輩は表情筋の動きが固く、感情が分かりにくいタイプなので少し羨ましい。

今日の図書室はそこそこ人がいるので二人は図書委員としての責務を果たすべく貸出作業を行った。それから3人ほど貸出があった後、人がいなくなった。

「さっきの人志水泰成の短編集借りてましたよ。うれしいなあ」

「うん、そうだな。」

「好きな作家の本を貸し出す瞬間が図書委員の醍醐味なんですよ。」

「なるほどな。」

図書委員になって若干二週間の源先輩は図書委員歴通算7年目の今野さんの言葉にうなずいた。

「誰もこないから掃除でもしましょうか。」

「そうだな。先週も喋ってばっかりだったから何もしないのもシャクだな。」

と言って二人は先週遊んでしまった分を取り戻すべく掃除をはじめた。図書室の机は勉強にも使われるので消しカスやシャーペンの芯の跡などがある。今野さんは机を清掃し、源先輩は床をほうきで掃いた。掃除が終了すると心なしか空気もクリーンになった気がする。

「あ、もう当番おしまいだ。家帰ったらさっそく本読んでゲームしないと。」

「それじゃあな」

「はい!」

家に帰ると今野さんはまず借用した図解・三国志大全を読破した。ストーリーと戦いのダイジェストが分かりやすく◎登場人物紹介も簡潔。イラストも割とイメージぴったし。今野さんの中のごちゃまぜの三国志世界が多少はスッキリまとまった…かも。それからさっそく小学生の時から使用しているゲームボーイ・アドバンスを起動して必勝!三国志をスタートさせた。主人公は蜀の軍師諸葛孔明である。初期の使用可能キャラは劉備、関羽、張飛、趙雲・その他数名である。このキャラクターをフィールド上で動かして城を制圧したり敵を全滅させたりする。今野さんもゲームマニアなので十ステージは楽勝にクリアしていたが長坂波の戦い・ステージ3で攻略が難しくなり、「詰んで」しまった。何回挑戦しても趙雲が死んでしまう。迫りくる大量の軍勢を処理するのは至難のワザだ。気づけばもう夜中の2時である。今野さんはさすがに眠くなったのでゲームをセーブして泥のように眠った。


五時間睡眠だったので朝の目覚めは△。眠い。今野さんはとりあえずお母さんが作った味噌汁・卵かけごはんを食して「いってきまーす」と家を出た。ちなみに今野さんの家庭は会社員の父とスーパーでパートをしている母と今野さんの核家族である。のそのそと歩いていたら校門でばったり源先輩に会った。

「おはよう今野…眠そうだぞ」

「はい、昨日拝借した本読んでそれからゲームしたんですけど趙雲が何回も死んじゃって…お手上げですよ。難しいです。気づいたら二時でした。」

「そのステージだけ俺がクリアしてやろうか。」

「え、いいんですか。今日ソフト持ってます。」

「放課後俺の家に来るか?攻略本もあるし。」

と源先輩が珍しく積極的に提案すると今野さんはパッと顔を輝かせて、

「なんか悪いな。でもお言葉に甘えてお邪魔します。放課後校門で待ってます!」

と言った。源先輩はどうも今野さんのキラキラしたイノセントな目で見つめられると調子が狂う。

なんで、男なのに。変なの。と思う。

「お、おう。またな。」

「はい!」


それから今野さんは数学Ⅱの授業中に眠気に耐えられず爆睡した。先生には分度器でこづかれた。

昼休みは柳田さんと昼食を楽しんだ。柳田さんは先週の体重測定のショックから立ち直り間食を抜くダイエットを始めたらしい。柳田さんは甘党なのでチョコレートパフェやアイスクリームが食べられないのがかなり辛く若干イライラしがちである。今野さんが「朱里は筋肉があるから体重があるんだよ。脂肪より筋肉の方が重いから。太ってないよ。体重が軽くても脂肪が多い方が不健康だよ。」

と言うと「え、ホント?じゃあ運動してるから食べていいの?」「それじゃあダイエットしなくてもいいよね、あたしは毎日部活でハードに運動してるし。」と自分で納得してダイエット終了を宣言した。さっそく放課後近くのファミレスでチョコレートパフェを食べることにしたらしい。今野さんは柳田さんが低血糖でイライラしなくなったので安心した。


そして放課後。今野さんが校門に到着して約一分後に源先輩が来た。

「先輩、どうも」

「うん。じゃあついてこい。」

今野さんは源先輩の後ろをえっちらおっちら歩いていると源歯科医院という看板が見えた。

「ここの二階が俺の家。入れよ。」

「え、源先輩って歯医者の息子なんすか。金持ちだなー。」

「歯医者は儲からないぞ。医者は金持ちだけど。」

中に入ると源先輩の父親が出迎えてくれた。白衣を着用している。源君と違って気のよさそうなおじさんである。

「いらっしゃい。一誠が友達連れてくるの珍しいな。まあゆっくりしていってね。私は患者が一人も来ないから暇なんだよ。お茶持っていこうか。」

「いいよ、俺がやる。患者さん来るかもしれないだろ。」

最初に源先輩が今野さんを男だと紹介していたとはいえこの子にしてこの親あり、というべき源先輩のお父さんも今野さんの性別を誤認していた。解剖学・生理学的にどうなんだ。今野さんはこんにちは、お邪魔しますと言ってぺこりと頭を下げた。

二階は割と狭い。源先輩の部屋は小さい机が置いてあって壁一面が本棚であった。地震が来たら本で窒息死しそうである。

「うわあ、すごい!この本もこの本も欲しかったやつだ。この世界の超常現象って雑誌創刊号からあるんですね!」

と多いにはしゃいでいる。今野さんは自分の読みたかった本や雑誌がところせましと並べられている源先輩の部屋に感動した。源先輩は自分の趣味を褒められたことがあまりないので少しうれしい。

それからさっそく問題のゲームを攻略した。源先輩は地形効果を利用し見事な采配でスピーディにクリアした。今野さんは隣で目を輝かせながらへー、とかおお、とか言って画面を見つめていた。

「すごいなあ、楽勝ですね。」

「何回もやってるからな。敵は一体ずつ釣ると倒しやすい。武器は出し惜しみすると死ぬぞ。」

「なるほど!ついついレアな武器はケチっちゃうんです。」

それから源先輩が紅茶とクッキーを持ってきてくれた。今野さんはいただきまーす、と言うともそもそとクッキーを食べた。源先輩の話によるお父さんの患者さんからのいただきものらしい。今野さんは歯医者って役得だなあ、私も歯医者になろうかな、と思ってしまった。そしてゲームや映画・今年の大河ドラマから未確認生命体・モスマンの話題で盛り上がった。五時半になったので今野さんは帰宅した。源先輩はお父さんと買い物から帰宅したお母さんの三人で夕食である。お母さんはスーパーでサバが安かったのでご満悦であった。夕食はサバの味噌煮・サラダ・白飯・味噌汁というなんとも和洋折衷な献立だ。三人で食卓を囲みつつおしゃべりしている。

「一誠、お前今野君と知り合ってから楽しそうだな。」

「そうかな。まあ趣味が合ういい奴だよ。素直な後輩だ。」

「あら、お友達が増えて良かったじゃない。私も会いたかったわ、今野君。」

「今野君は背が低くて愛らしい子だったぞ。中学生くらいに見えたな。」

「変な風に言うなよ父さん。確かにチビだけどな。俺の一歳下には思えないな。」

「へー、見たかったわ。」

とお母さんは残念そうに言った。お母さんは今野さんの外見を昔の少女漫画に出てくる中性的な美少年に想定している。それから最近の学校の話や進路の話になった。源先輩は両親からも歯医者は儲からないから跡を継がなくてもいいと言われてるので源先輩は国立大の工学部に進む予定である。

一方今野さんは夕食を終え必勝!三国志の続きをプレイしていた。源先輩のアドバイスを受けてプレイしたところすんなり十ステージもクリアした。物語も終盤である。気づいたら今度は夜中の三時になっていた。さすがに今野さんは就寝した。案の定朝の目覚めは最悪であった。それでもゲームの続きが気になるので今野さんは寝る間を惜しんで毎日ゲームをプレイした。土曜日の夜になんとかクリアできた。五丈原の戦いで孔明が病死し、あの世で劉備、関羽、張飛と再会するエンディングムービーに思わず泣いてしまった。


そして水曜日の昼休み、源先輩は屋上で級友の菅原君と昼食を食べていた。源先輩はお母さんの作った弁当を食べている。菅原君は母親の作った弁当プラス購買で買ったメロンパンを食べている。

「源、お前最近楽しそうだよな。」

「そうか?」

「今野って後輩のおかげ?話が合うんだろ」

「うん。今野とは面白いくらい趣味が合う。」

確かに今野さんと出会ってから約二週間楽しいし、趣味の合う同類の友達が出来て良かったと思っている。それから二人は菅原君の親戚の六十二歳のおじさんが二十五歳の女性と再婚するというスキャンダラスな話題で盛り上がった。そのおじさんは大した財産も土地も持っていないので遺産目当ての線は薄いらしい、と菅原君は名探偵風に言った。ともかく趣味は違っても菅原君が源先輩の良い友人であることに変わりはない。菅原君の底抜けのお気楽さに源先輩は救われている。

授業が終了し、源先輩が図書室に向かうと一足先に今野さんがいた。

「先輩、ゲームクリアしました!面白かったです。本も分かりやすかったなあ。お返しします。」

「おう。随分早かったな。」

「いやあ、ゲームの続きが気になってついつい。必勝シリーズのゲームシステム好きだなあ。」

それから何名か生徒が来たので二人で貸し出し手続きを行った。最近はオシャレな漫画風のイラストのついた小説が人気らしい。図書室で自習している人もいたので二人は静かに椅子に座って貸出を待っていた。今日は一〇人も貸出があった。もうすぐ当番が終わる五時四十分に柳田さんがやってきた。

「晶、当番もう終わるっしょ。一緒に帰ろうよ。」

「うん。もう少しだから待ってて」

「じゃあ待ってるよ。」

柳田さんは図書室の椅子に座って今野さんを待つことにした。源先輩は今野「君」にガールフレンドがいる事実に驚愕して石化した。しかも下の名前で呼んでるし。自分と同類だと思ってた友人が実はガールフレンドがいるのはけっこうショックである。しかもショックだけではなく自分の所有物を取られた的なチリチリとヤキモチの念でモヤモヤする。源先輩が今まで感じたことのない種類のモヤモヤである。

無表情のせいで一見平静だが内心心穏やかではない。頭の中はぐるぐるの混乱状態であった。源先輩がショックでカチンコチンに石化していたら当番の時間が終了した。

「それじゃあ先輩、また来週会いましょー」

「う、うん。またな。」

今野さんは源先輩がぎこちないことに気付いていない。

それから今野さんと柳田さんは二人仲良く歩いて帰る。

「さっきの人が源先輩?けっこうハンサムじゃん。身長も高いし。暗そうだけど。」

「べつに暗くないよ、優しくて面倒見がいい人だよ。」

「へえ、なんか兄妹みたいだね。」

「そうだよ。あんなお兄さん欲しかったなー。」

柳田さんは今野さんが枯れた朴念仁だということを分かり切っているので別に冷やかしたりしない。本当は冷やかしたいのかもしれないけど。実は柳田さんも恋愛にはかなりシャイで恋愛ドラマを見ているだけで赤面してしまう。以前今野さんが見たい、と言ったSF映画でベットシーンがあったのだが柳田さんは椅子にしがみついて後ろを向いていた。今野さんはベットシーンがある間はストーリーは進まないだろう、と思ってトイレに行っていた。今野さんは今野さんでただ単に源先輩に犬コロのように懐いてリスペクトしている。話題は柳田さんが最近発見したおいしいカフェの話になった。手頃な値段でケーキやパフェがおいしいらしい。今野さんは生クリームが甘すぎて苦手だがアイスは好きなので今度二人で行こうか、という話をした。


かたや源先輩は自分の荷物を取りに教室に戻った、すると菅原君が教室に残っていた。

「おう源…ってなんか元気ないぞ。どーしたんだよ。」

「いや…それがさ」

かくかくじかじか。さっきの出来事を説明した。頭脳明晰な源先輩にしては随分歯切れが悪かった。

「つまりお前は自分と同じオタクだと思ってた後輩に彼女がいてショックで、しかもモヤモヤするんだろ。」

「うん…ショックなのは理解できる。だけどどーしてモヤモヤするのか分からない。」

「それはさ、驚くなよ、落ち着いて聞けよ、俺の長年の経験上…」

源先輩が菅原君が言いづらそうなのでなんだろう、と思った。

「それは嫉妬、ジェラシィだ。」

「え」

「ラブなのかライクなのか親愛の情なのかは俺にも分からん。ただお前がヤキモチ妬くって超珍しいだろ。」

「…そうか、こういう気持ちがヤキモチなのか。…それで俺はホモなのか。」

源先輩がすごく落ち込んでいるように見えたので菅原君は必死に、

「俺の推測だから気にすんなよ。万が一ホモだとしてもワールド・ワイドな視点で見ればホモ、いや同性愛は認められつつあるし、いや、逆に世界的に見ればホモが罰せられる国もある?逆に同性同士で結婚できる国もあるし…あ、まだホモとは決まったワケじゃないぞ。」

と少ない語彙を絞り出して源先輩を励まそうとした。しかしその声も空しく源先輩の瞳は漆黒の暗黒物質となり源先輩は「俺、帰るよ」というと教室を後にした。菅原君は源先輩が落ち込んでいるのを見て、図星とはいえ、余計なことを言ってしまった…と思い、がっくりした。

それから一週間源先輩の頭の中にはホモ、という二文字がちらついて変態、という単語に過剰反応してしまった。博識な源先輩なら同性愛といえばソドムとか宗教的によろしくないとか古来日本では男色は仏教の伝播と共に空海和尚に始まるという説がある…とかいつもなら頭の回転が速いのだがそんな余裕もなくただホモ、の二文字がぐるぐるしていた。

家でも少し元気がないのでのんきな両親も「おや、どうしたんだろう。」と思った。自分が後輩の男子生徒に懸想していることがバレた日にはもはや健全かつ安心なスクールライフは送れない。変態の烙印を押されないためにはもうあの小僧には関わらない方が身のためかもしれない、と思った。

そんな感じでダークサイトな一週間が過ぎ、当番の日がやってきた。源先輩は足取り重くとぼとぼと図書委員に向かった。それから今野さんとの当番の仕事が始まった。今日の図書室は貸出も多く自習者もちらほら居たので二人は黙々と仕事をした。今野さんは鈍感なので源先輩がアンニュイなのに全く気付くことなく当番は終了した二人は図書室を出て教室へ向かう。

「源先輩、おつかれさまです!トイレ行くんでさよなら。」

次の瞬間源先輩は驚愕した。なんと今野「クン」はあろうことか女子トイレに入っていった。源先輩の目はテンになった。そして理解した。今野晶は生物学的に女である、と。整理すると源先輩が今野さんの性別を誤認したファクターは大きく分けて二つである。①、今野さんの体型がスレンダーで髪が短いので見た目がユニセックスであること。②、今野さんの口調は私、とかあたし、といった主語が欠けていること。③晶という名前はどちらの性別でも使用できうるということ。④今野さんの周辺の人が晶ちゃん、晶さんといった性別に即した呼び方をしていなかったこと。以上。源先輩の誤解は氷解した。ショック?いや、源先輩は自分がとりあえずホモじゃないという安心感でいっぱいだった。


それからは相変わらず今野さんと源先輩は当番の合間にゲームを貸しあったり趣味の話で盛り上がっている。菅原君は源先輩から事の顛末を聞きこれ以上ないくらい大爆笑した。源先輩はあのときのモヤモヤがジェラシィなのか独占欲なのかは考えないようにした。ただ源先輩と今野さんが貴重な趣味の合う友人であることは確かである。季節はもう夏に近づいている。日当たりの良い図書館。気の合う先輩。良き級友。なんか幸せだなあ、と今野さんは思った。




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