真実万華鏡(2)
〔どういうことだ、バカマサ〕
まずい。
今、毒を盛ったのがどうとか話になってしまったら、しいちゃんを救出するどころではなくなってしまう。
「今はそれどころじゃないよ。さっさと、しいちゃんを助けに行かなきゃ――」
〔てめぇ、俺に何隠してんだよ!?〕
僕の制止も空しく、猿彦が元雅くんに掴みかかる。元雅くんは涼しげな様子で黙っていたけれど、さすがに締め付けるようにして強く揺さぶられて、柳眉を寄せた。ややあってから、小さく息をつく。
「…………僕だよ。儀式の後、黒式尉の面を隠してたのは」
猿彦の腕が目に見えて震えだした。
怒りか……それとも、元雅くんを犯人と決めつけてはいたものの、いざ本当に弟に殺されかけたのだと知って衝撃を受けたのか。
「儀式の後、黒翁は逃げた。それを偶然見つけて僕は封じて隠した。……そしてそれを、つい最近、しいが持ち出した」
元雅くんが毒を塗り、猿彦を殺そうと企てた……そう思い込んだしいちゃんは兄の罪を無かったことにしようと、たづさんに助けを求めて屋敷を抜け出したのだ。猿彦が助けださなければ命も危なかった、最も危険な、けれど決して人目に付かない時間帯に。
〔何だってすぐに知らせなかった。……こんな五年も隠してるなんて、何で――〕
「…………嫌がらせ」
〔だろうとは、思ったぜ〕
言葉と同時に、彼は元雅くんの右頬を拳で殴りつけた。
〔……毒を塗ったのも、お前なんだな? そうなんだろ〕
再び胸ぐらを引き寄せて問う。
「ねぇ! 時間がないんだろ? さっさと――」
止めようにも、触れられない。
認識されないと分かっていても、元重さんに助けを求めずにはいられなかった。
……元重、さん? 僕は、縋るように彼を振り返り……ぎくりとした。弟たちを見る元重さんの顔は、傍目からも分かるくらいに、真っ青だった。
「違う」
〔まだ、しらばっくれる気か!〕
「僕じゃない」
〔だったらどうして、しいは面を持ち出したりなんかした? こいつは、てめぇがやったことの落とし前つけようとしてたんだろーがっ!〕
「何度言えば分かるの? 僕じゃ、ない」
そう言った元雅くんは、もうヤスケなんて見ていなかった。
〔てめぇ……〕
重い、重い沈黙。
猿彦は肩を怒らせて、弟を見下ろした。
「………猿彦。元雅じゃありませんよ」
その時、元重さんが二人の間に入った。
〔だったら、一体誰が〕
元雅くんを掴んだまま、猿彦が兄を振り返る。
「毒を塗ったのは……」
「重兄。あんたは黙ってて」
元雅くんは猿彦の手から逃れるように身体を捩ると制止の声を上げた。それを無視して、元重さんは口を開く。
「毒を、塗ったのは……………私です」
ぽつり、と落ちた、諦めたような、力のない声。
……僕は耳を疑った。
〔は…………?〕
猿彦も同じ心境だろう。
緩んだ猿彦の手を元雅くんは払い落とすと、苛立たしげに乱れた襟を直す。
〔な、何言ってんだ、重兄。あんたが? あんたが、俺に? 馬鹿言うなよ。あんたは俺を儀式の最中に助け出してくれた。それから五年もずっと、支え続けてくれただろ。何、言ってんだよ。冗談でも笑えねー、っての〕
ヤスケを突き出し、猿彦が詰め寄る。早口でまくし立てながら、彼は元重さんの否定の言葉を待った。けれど、元重さんは黙って猿彦を見つめるだけだ。
〔………マジ、なのか〕
元重さんへと延ばした腕を、猿彦は下ろす。
〔マジで、あんたが、俺を……殺そうとしたのか〕
「はい」
……そこで、僕は初めて黒翁に憑依された少年を一目見た時、感じた違和感の答えを見つけた。何処かで出会っていたかのような彼の顔。当たり前だ。彼は……一度、観世に来ていたのだから。彼はしいちゃんが朝方抜け出した日、猿彦と元雅くんが喧嘩をしている時に、元重さんに会いに来ていた。
〔な、何で………〕
「何故? 本当に分からないんですか?」
元重さんの表情は変らない。
「妬ましかったからですよ、あなたが」




