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舞々花伝  作者: 一瀬詞貴
六ノ段
26/41

黒翁襲来(5)

「元、雅くん……」

 彼は僕としいちゃんの間をつっきると、面のぶらさがった木の元まで歩いた。それから、目を瞠る僕を、彼は楽しげに見やり、つ、と面へと手を伸ばした。びくり、と僕の全身が跳ねる。

 そんな僕に、片目を器用に細めた元雅くんは、侮蔑を込めた視線を向けた。

「で? 敦盛はそれを聞き出してどうするつもりだったの」

 吐息の音さえ響くような、恐ろしい静寂……僕は思わず、一歩退く。

「彦兄に言う? でも言ってどうなるの? お前、どうしたかったわけ?」

「ぼ、僕は……」

 彼の言う通りだ。

 真実を知って、僕はどうするつもりだったんだろう。必死に涙を堪えて否定するしいちゃんを見て、どうするつもりだったんだろう?

「まさか、しいのこと困らせたかった、なんて言わないよね? だったら……消すよ」

「違う。僕はしいちゃんが一人で背負ってはならないと思ったから――」

 すっと取り出される打ち杖に、冷たい光が宿る。殺気。元雅くんは本気だった。

「思ったから、何だよ。家の事に部外者が口を出すな」

「部外者じゃない。僕だって君たちの事を考えてる」

「だったら放っておけばいい!」

 そう言って、怒鳴った彼の面差しに、僕は苛立ちというよりも、焦り、恐怖の感情を読みとった。そんな彼の弱気な側面を僕は初めて見たから、少なからず戸惑う。

「に、兄ちゃん!」

 元雅くんが静かに杖の先を木にぶら下がる僕の面へ向けた。しいちゃんが慌てて制止の声をあげる。――と、その時だった。

「も、元雅くん……?」

 彼は山門の方を見て、目を細めた。僕もつられてそちらを見やる。しいちゃんが振り返る。

 ……門をくぐる者があった。

 その少女が一歩寺院へと踏み出した途端、ばりっと龍の鳴き声にも似た、雷鳴が走る。

「…………はあ。本当、あいつは邪魔しかしないんだから」

「黒翁?」

 年の頃は十ほどだろうか。しいちゃんにほど近い背丈の女児が境内を突っ切ってくる。

 その背には巨大な黒い霧。一目みて、人外の者が憑いていると分かる、禍々しさを放っていた。

「兄ちゃ……」

「大丈夫だよ、しいちゃん」

 怯えて腰元に身体をすり寄せた妹の頭に手を置いて、元雅くんは口の端を持ち上げた。

「僕が観世の大夫だ。アレの主人なんだ」

 それからやれやれと肩を回すと、僕に背を向ける。

「あんたは、ここで大人しくしてなよ。彦兄呼ばれても、邪魔だしさ」

 肩越しにそう告げて、打ち杖で面を叩くような真似をする。

「う……」

 本気でないと分かっているのにびくりと反応してしまう僕を、彼は、それはそれは小気味良さそうな笑みでもって見遣ってから、黒翁に身体を向けた。

 憑依された少女は元雅くんを視界に捉えると――――カッと歯を剥いた。


     * * *

次回は明日12月31日朝七時に更新。

(年末年始のため、31日から1月3日まで連続更新です)

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