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舞々花伝  作者: 一瀬詞貴
六ノ段
22/41

黒翁襲来(1)

 翌日の空は、抜けるように青く、その中で輪郭のはっきりした太陽が燦々と照っていた。辺りの山や森から、油蝉が集団で鳴く声が耳鳴りのように聞こえてくる。

 ――猿彦が、変わった。

 極力他人のためになど動かなかった彼が、自分から手伝うようになったのだ。

「な、なんでたづちゃんじゃないんじゃー!」

 口々に不満をあげる除霊志願者に、猿彦はてきぱきとヤスケを振り下ろしていく。その中には以前、問答無用でヤスケを振り下ろされたお爺ちゃんの姿もあった。

〔うっせー。アイツは今、重病人の相手してんだよ〕

 夏のこの暑い日に雹でも降ってくるんじゃないかと僕は気が気じゃない。そんなことになったら大惨事だ。……などと思いつつ、猿彦の変化をほくほく顔で眺めてしまう。

「どうしたの、突然。自分から手伝うなんて」

 やりとりの合間に、僕が問えば、

〔あ? てめぇらがうるせーからだろ〕

 苛立たしげな猿彦の、そんな答えが返ってくる。

 僕がどれほど言っても動かなかったくせに。彼は、「てめぇら」の「ら」に理由があるのを決して認めない。そんな所が微笑ましくて、思わず僕はにやけてしまう。年の離れた弟の初恋を応援したいお兄さんの気持ちはこんな感じだろう。

「わしらは待つぞ! 何のためにここまで来たと思っとるんじゃ!!」

「そーだ、そーだ!!」

 汗と唾を飛ばして、男たちが吠える。

〔だまれ。本体ごと昇天させんぞ〕

 夏の暑さも相まってか、猿彦のヤスケを握る腕とこめかみに青筋がたった。

 地鳴りのような怒気が彼の背後で揺らめくと、男たちは途端に静かになったが、

〔……ふん。あのトリオンナん所に行きたきゃ、俺を倒して行くんだな〕

 猿彦が指をくいくいと動かし、挑発するれば、彼らは唸り声を上げ、次々と猿彦に飛びかかっていく。……たづさんに蹴られるために。


* * *


 あらかた除霊が済んだ頃、たづさんが庫裏の奥から僕らを呼んだ。

〔あー……アチィ〕

 中庭に面する縁側に腰掛けた猿彦は、そのまま身体を倒した。僕もその隣に腰を下ろす。

〔面がむれるー〕

「突然暑くなったもんね」

「おサル!」

 と、しいちゃんと一緒に甘瓜を持って来たたづさんが手拭いを投げて寄越した。

「冷たくて気持ちいーいわよ。井戸水に浸してきたから」

 それを軽く手を上げ受け取った猿彦は、しばらくたづさんを伺っていたが、思い切ったように面を外した。手拭いで目鼻立ちのない真っ平らな顔を拭う。

 ……大した用でもないのに、彼が人前で猿面を外すなんて今まででは考えられないことだった。僕は改めて空を見上げる。今のところ雨になりそうな気配はない。

「あら? 元能くん、元気ないわね。それとも甘瓜、嫌い?」

 切り分けられた甘瓜を手にしたまま、俯くしいちゃんにたづさんが首を傾げる。

「……ううん、好き」

 言って、しゃくり、と瓜に口をつけたしいちゃんは、けれど、どことなく雰囲気が暗い。

 今朝、渡り廊下ですれ違った時も妙に気落ちしていた。やはり、昨日の話の中で気にかかることでもあったのかもしれない。

「猿彦。あなた、まーた妹苛めるようなこと言ったんでしょ」

〔言ってねーよ! 何で、全部俺が悪いことになんだよ!?〕

 抗議のヤスケを高々と掲げ、ぎゃいぎゃいと猿彦がたづさんが賑やかにしていると、

「……見苦しいもの見せないでよ。それともなに? 身体はって涼しくしてくれようとしてるわけ。わあ、凄い自虐」

〔あ?〕

 中庭に姿を見せた元雅くんが猿彦の顔を見ると、思い切り顔を顰めた。

 今日は稽古もないらしく、朝からしいちゃんと一緒にお寺の手伝いをしていたんだけど。

「少しは恥じらえよ、こののっぺらぼう。しいちゃんの情操教育に悪影響だ」

〔……回りくどいこと言ってねーでよ。言いたいことあるなら、はっきりと言えや〕

「目障り。消えろ。どっか行け。死んじゃえ」

 本日……数えるのも面倒臭い何度目かの衝突。

「や、やめなよ。二人とも……!」

 とりあえず、間に入るも、僕のことなど二人は完全に無視だ。

〔お前、その単語力で能書きなんぞしてるのか? はああ、先が思いやられるな――〕

 ふっと髪をかき上げて、兄の余裕を見せつけるように、猿彦がやれやれと肩を竦めれば、その彼の脛を元雅くんが蹴った。

 二度、三度、四度……

〔……てめぇ。こん、の……野郎ッ!〕

 素早く身構える元雅くんに、猿彦は庭へと降り立ちヤスケを振り上げる。しいちゃんがおろおろと二人の兄を見比べた。

「あなたたちねぇ……」

 たづさんが見かねて大仰に溜息を吐いた。草鞋を引っかけて立ち上がる。

「いい加減にしなさいよ――――」

 彼女は声を張って叱責した。かと思うと、その言葉の途中で、ぐらりと彼女の身体が傾いだ。

「え? た、たづさん? たづさん!!」

 そしてそのまま、彼女は音をたてて、後ろに倒れた。


     * * *

次回は12月23日(火)、七時に更新です。

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