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舞々花伝  作者: 一瀬詞貴
五ノ段
19/41

壊す理由、救う理由(5)

 猿彦は何か言おうとして、言葉を探したまま黙り込む。その横で、たづさんが自身の両頬を音をたてて手のひらで叩いた。

「うっし。落ち込み終了!」

 言って、くるりと踵を返し土手に足をかける。

「しっかりしなくちゃ! さ、帰るわよ。おサル、敦盛くん」

「あ、は、はい」

〔ちょ……待てよ〕

 呼ばれた僕が二人に駆け寄ろうとしたその時、猿彦が土手に登りかけていたたづさんの腕を取った。

「ん? 何?」

 振り返るたづさんは、いつもと変わらない。でも、その心の内も同じとは限らない。

 猿彦は束の間俯いていたが、顔を上げるとヤスケを前に付きだした。

〔休みたきゃ休め〕

 たづさんが目を瞬かせてヤスケに浮かんだ文字を読んだ。

〔別に、誰もお前を責めたりしない〕

「……あ」

 ぽろり、と、たづさんの双眸から大粒の涙が零れた。

 ぽろぽろぽろぽろ。

 自分の涙に呆然としたたづさんは、慌てて袖で目元を拭った。でも、止まらない。ついに彼女は顔を背けた。猿彦は――思わず、と言った様子で、その手を引き寄せた。

 はっとして顔を上げたたづさんが、猿彦を見上げる。それから、ぎゅ、と柳眉を寄せると唇を戦慄かせた。その頬は夕日に照らされた以上に赤く染まった。

 僕は何だか見てはならないような気がして、目を背けようとした。――と、その時だった。

 彼女は僕の想像の遙か斜め上の人物だった。何事か言おうと唇を開閉させた彼女は、突然、思いっ切り猿彦に頭突きを喰らわせたのだ。

 猿彦の身体が傾ぐ。

「あ、あなたに心配されたらっ、お、お終いだわ!」

 それから、ぼちゃんっ、とあがる水音。

「さっ、猿彦!?」

 驚き駆け下りた僕に、たづさんの拳が降る。といっても、生身の身体では僕に触れられないのだから、すり抜けるだけだけど。

「何で見てんのよ! あっち行きなさいよ、オバケ!! ばか! バカバカバカ!」

「いや、オバケってたづさんも……」

 ――って、そんな悠長にしている場合じゃない!

「猿彦!」

 僕は大慌てで水の中に飛び込んだ。

「あ、敦盛くん?」

「ぷはっ!! あああ、びっくりした。死んだかと思った」

 川面から顔を出すと、猿面を取り、僕は思いきり空気を吸う。

「な、なんで突然、憑依―――」

 土手から這い上がった僕にたづさんが問うた。僕は、腰元に括り付けられている自分の面の存在を確認しつつ、答えた。

「猿彦は水に入ると呪が消え落ちちゃって、呼吸ができなくなるんです。気息の穴が塞がっちゃうから。だから僕が代わりに呼吸をする必要があって……つまり、早く、新しいの書き直さないと猿彦の魂が危険なんです。なので、お寺に帰ったら、すぐに文を書きたいのですが、色々お借りしてもよろしいですか」

 猿彦には顔がない。顔がなければ呼吸ができない。呼吸ができなければ、魂が淀む――怨霊になる。だから、猿彦には特殊な呪が施され、気息の穴が穿たれているのだ。その処置を施されているのは、何も怨霊だけではない。

 僕の言葉を中途で遮り、たづさんは血相を変えて僕の腕を掴むと土手を駆け上がった。


     * * *

次回は12月16日(火)、七時に更新です。

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