欲しかった手紙
きちっと合わせたはずのカーテンが開いていて、その隙間から太陽の日差しがちょうどよく目元に差し込む。
「ん・・・」
金髪の緩いウェーブの髪の毛がもぞもぞと布団の中へ入っていく。寝起きの良くないミシェルは二度寝の体制に入った。二度寝の時間が今の彼女にとっては最高の時間である。
「ミシェル?いい加減に起きなさい。休みだからっていつまで寝ているの?あなたに小包が届いているわよ。」
下の階から母エリファスの声が響いた。いつもなら一度声をかけられたぐらいでは起きない彼女だが、今日は違った。ガバっと起き上がり、半分寝ている体でふらふらと階段を降りる。小包を手に取ると、座ることもなくその場でビリビリと包みを開けた。立派な箱の中に入っていたのはたった一通の手紙のみ。
ミシェル・ロイス様
今年度、満十五歳の誕生日を迎えることを心よりお喜び申し上げると共に、我が校への入学のご案内を申し上げます。
九月一日の入校式は時間厳守でお願い致します。詳しい内容は入校の返事を受理した後に、再度こちらからご連絡致します。
リヴァール校長 ジル・サレスキー
「とうとうリヴァール校から通知が来たのね。」
横から手紙を覗いたエリファスが少し悲しそうに言い、食事の支度に戻る。
リヴァール校とは魔法使いの間では誰もが憧れる魔法学校である。ミシェルは十五歳になって、この手紙を受け取ることをずっと楽しみにしていた。魔法学校に通い、潜在能力を解放してもらえれば、称号を取得し、あらゆる魔法が使えるようになるのだ。ごく僅かだが禁忌魔法が使える魔法使いもいる。
野菜を刻む心地よいリズムと、食欲をそそる香りがリビングに広がる。後に父アーサーも揃い、朝食を食べる。食後、いつも通りお弁当箱を3つ持ってミシェルは家を飛び出した。リヴァール校からの返信ハガキの“Yes”に丸をつけて、ふっと息を吹きかけ風に飛ばした。
家は閑静な住宅街を抜けた緩やかな丘の上にある。坂にはエリファスが蒔いた種がきれいな花を咲かせ、温かく心地よい風が吹き込める。坂の中腹に少し平面があり、子供たちがそこから下へソリや段ボールで滑って遊んでいた。
坂を一気に駆け降り、住宅街の中でも一際大きな家へ向かう。インターホンも押さずにドアを開け、叫ぶ。
「レイー。レイ起きてる?」
家中に響き渡る声。それと同時にドスン、と鈍い音がした。玄関正面の階段を上がり、左の突き当りの部屋に入った。
「こらレイ!また鍵もかけずにソファーで寝て!」
ソファーの下でもぞもぞと白い毛布が動く。
「ミシェル、、?おはよ~」
毛布の中からボサボサの頭をした男の子が出てきた。
「はい、今日の朝ごはんと昼ごはん」
お弁当箱を二つ渡す。
「ありがとう。」
彼の名前はレイ・クロウリー。ミシェルとは幼馴染で、レイは産まれてすぐに母親を亡くし、十歳の時に父親を亡くした。子供一人にはあまりにも大きすぎる家と、莫大な遺産だけが残った。明るかったレイが無口になったのがショックで、ミシェルは魔法規約を破った。
【魔術を魔法使い以外に見せるべからず】
ミシェルは魔法をレイに見せ、他言無用の術で縛った。はじめは魔法を手品だと思っていたレイだが、両親の残したたくさんの書物の中から魔法の存在を知った。ミシェルのおかげで元気を取り戻したレイを一時はミシェルの両親が引き取ろうとしたが「食事の世話をしてもらっているだけありがたい」と一人で生きることを決めた。
「ごちそうさま。今日もうまかった。・・・ミシェル?」
朝ごはんを食べ終わったレイを、指でカメラを作って覗いていた。
「何?」
「ずっと思っていたんだけど、レイにかけた術が解けてるんだよね。まさか、解いた?」
「まさか。ミシェルが子供の頃だったから力が無くて解けたんだろ?それに、子供の頃の俺なら誰かに喋る可能性はあったけど、もう誰かに言ったりする年齢じゃないから縛るなよ」
レイが優しく笑った。
はは、ごめん。と軽く返事をして、ミシェルは更に言おうとしたことを胸にとどめた。
「あーあ。やつら送っちゃったよ。」
一人の男が玉座前の水晶を覗いていた。
「大量にやっちゃってもいいのよね?」
女は玉座に座る男の膝に乗り、頬に指をすべらせ楽しそうに問う。
「・・・好きにしろ」
もう一人の男が静かに答えると、膝に乗っていた女を押し退け、暗い部屋のさらに奥の闇へと消えて行った。
「ふふふ、楽しみね」
気づくとミシェルは眠っていた。梱包した段ボールがヨダレで濡れていた。
「ミシェル、溶けるからやめろよ・・・ほら!シュワシュワと煙が出てきた!」
からかうレイに怒るミシェル。
「レイ。本当に旅に出るの?」
ミシェルは山積みの段ボールを前にして聞いた。
「ああ。俺はもうこの家には帰らないつもりだからね。荷物をまとめていらないものは売って、この家も売るさ」
うつむくミシェル。
「ミシェルも全寮制の学校に入るんだろう?俺たちはいつまでも一緒だよ。また必ず会えるさ。ミシェル?泣いているの?」
「まさか!旅なんてジジくさいな、って思っただけよ!そもそも旅って何?何を求めに行くの?ご飯はどうするの?売ったお金でやりくりなんて・・・すぐなくなるわ。自炊は身についているの?」
質問攻めのミシェルを笑うレイ。
「大丈夫だよ、もう俺は弱くないから。ほら、エリファスおばさんが作ってくれた昼飯食おう!」
帰り道、ミシェルはふと考えた。“やっぱりおかしい”。ミシェルは親の遺伝と小さい頃から身につけた力で、コスモS程の能力がある。自分の力には自信があり、魔法使いではないレイにミシェルの術を解くことはできないし、ミシェルの力が当時弱かったこともない。それに、小さい頃はミシェル自身も不安で、毎日のようにレイの術が解けていないか見ていた。レイにかけた術を見なくなったのはいつからだっただろう・・・。
「ただいま」。帰ってきたが返事はない。ソファーで休もうとした時、チリンチリンと鈴が鳴った。魔法郵便が届いた合図だ。返信ハガキを飛ばして二十四時間も経たないうちに、再度リヴァールから届いた小包。中身は入校許可書と教科書と案内。一通り書類と教科書に目を通す。高まる気持ちと不安が、右手の痛みとして現れる。
――――!!!
背中に電気が走った。いつも感じる両親の気配ではない。何かが家に近づいてくる。普通の人間ではないのは確かだが、これほどの魔力を持つ者がここにいるわけがない。指を2本立てて構える。ガチャリ、ドアが開いた。
「ただいま」
母親の声。
「あれ?ママ?今、、、」
頬の横を何かがかすった。その方向を向くと、ひとつの光の塊があった。真っ白でまぶしい光。
「大きくなったね、ミシェル。」
光の中らから人が現れた。
「ジル!」
銀髪の長い髪、ナルシストな雰囲気を醸し出している彼がミシェルの通う学校の校長、ジル・サレスキー。一部の魔法使いからは“女をたぶらかして校長になった”など批判されているが、優れた魔法使いであり、禁忌魔法Aまで使える【コスモA】の称号を持っている。昔は近所に住んでいて、ミシェルにとってはお兄ちゃんの様な存在だった。
「ジル、ジル、ジル!」ミシェルが満面の笑みでジルに抱きつく。ジルも微笑み返し、頭をくしゃくしゃと撫でる。
「でもどうしてジルがいるの?リヴァールの柱として離れちゃいけないんじゃなかったような・・・?」
笑顔のジルの顔つきが一瞬で変わる。
「ああ、だから急いで来た。お前に返信してから状況が変わったんだ。」
ジルはリビングに置いてあった小包に目をむけると、『フレイム』と一言呪文を唱えて中の書類を全て燃やし尽くし、言った。
「ミシェル、お前はリヴァールに来るな。」




