天椎まひろの場合
天椎まひろの場合 ――『それ』を探して異世界からきました。
でも帰りたいです。今すぐ帰りたいです。
故郷で細々と魔法使いやってた頃が懐かしい。確かに貧乏で材料も手に入れるのに苦労していたけれど、姉のまひると二人、にぎやかで楽しくて、穏やかな日々だった。
でも伝説の『それ』とかいうものを探すって、この世界へやってきて変わってしまった。
オレはそんなもの、要らない。
元の世界で穏やかに暮らしていたいだけなのに。
って言うか普通の格好したいだけなのに。足がスースーする。そっか、女の子はこういう感覚で日々をすごしているのか、オレは知らなかった。できれば知らないままでいたかった。
確かにかわいいと思うよ。この制服はかなりかわいいと思う。でもそれは、女の子がきていてこそのかわいさで、野郎のオレが来たところで薄気味悪くて吐き気するレベルだと思う。
だけど……なんで誰も気付かないんだ。
いくら高めの声とはいえ、オレ、もう声変わりしてるのに。
なんで誰もオレが男だって気が付かないんだ。
こんなに声の低い女の子ってアリか?
ありなのか?
双子の姉のまひると比べて、すごく低いのに何でだ?
そんな疑問はいつも消えない。世界観の違いって事で最近は無理やり納得してる。
顔は自分でも女の子みたいだと思うから、写真でそう思われるのは慣れた。だけど直接姿を見てもなお女の子に見られるなんて、屈辱というかショックすぎる。ありえないよ、マジ。
確かに小柄だとは思うけどさ……普通は考えられない。どこかでまひるが何か魔法使ってごまかしたんじゃないかって、実はこっそり疑っている。そうとしか思えないんだよな。
そんな愚痴を心の中で吐き棄てながら、お手洗いから教室へ戻ろうとして。
「まっひろー」
「……まひるか」
ノーテンキにスキップで迫るのは双子の姉、まひる。憧れの東雲先輩と仲良くなれてハイテンションが続いてる。正直、今のまひるには近寄りたくない。何させられるかわからない。
お願いだから学校でくらい離れてほしいな。ほら、東雲先輩のところとか。教室だってそんなに離れてるわけじゃないし、オレじゃなくてあっちにいってほしい……家で一緒なぶん。
まぁ、そんな事いったところで意味はなく、むしろ悪化するので声にしない。
「どうしたの?」
「あたし達ついてる! でもあんらっきー!」
……どっちだよ。
「この学校の生徒にね、『それ』の関係者いるんだって! ただ持ち主関係じゃなくてあたし達のライバルみたいなんだけどね。でもライバルがいるって事はエモノもいる可能性あり!」
「そうなんだ……」
「これから三年でどれだけ調べられるかなぁ……。まひろ、何か噂聞いた? 何か不思議なアイテムの話とか、『それ』に関係してそうな類の都市伝説とか。あたしの方はぜんぜんダメ」
「いや……こっちも何も」
「そっかぁ……あーあ。違うクラスなのに、話がぜんぜんあつまんなーいー」
悔しそうに天を仰ぐまひる。
まひるとは違うクラスになったけど、同じ部活に入った事もあって交友関係は結構被ってしまっている。だから手芸部に行くって言ったのに、一人はイヤとか言っちゃってさ……はぁ。
断りきれない自分がちょっとイヤだ。でもたった一人の家族、たった一人の姉。
ワガママだって、ギリギリかわいいレベルだしね。
そう思うのが悪いんだけど、どうしても笑っててほしいし。
育ててくれたおばあちゃんが死んだ時みたいに、泣いた顔は……もう。
「まひる」
「何?」
声をかければ眩しい笑顔で振り返る。戯れの一言で弟に女装通学を強制するし、ちょっとでも男っぽいところを出すと怒るし、首絞めてくるし、ワガママだし、暴君だしドSだし。
だけど寂しがり屋で、一人が嫌いで、何だかんだでオレを心配してくれる。
そんな姉が、オレは大好きだ。大好きなんだ……。
「何かあったらちゃんと相談してよ」
「どしたの?」
「いや、だって……クラスが違うし。部活は一緒だけど、一緒に住んでるけど、その」
心配だから。
何だかんだでたった一人の身内で、何だかんだで『弱い』姉だから。
こんな時、ちゃんと男として通学できていれば、ちゃんと姉を守る盾になれるのに。今のままじゃ強がっても守ろうと奮闘しても、所詮『姉妹』だと笑われて終わりそうだ。
ちゃんと姉弟だったら……よかったのに。
「大丈夫だってー。みんなやさしーもん」
あはは、とまひるは笑っていた。
いつものように無邪気で明るい笑顔。
「それよりそっちが心配なんだけどなー。友達いなさそうだし」
そりゃ……女の子と交流なんてできないし、話合わないし。そこからバレたら大騒動になるのは目に見えてる。だからって男子と交流なんてもっと無茶がありすぎる。
だから『他人の前ではおとなしい女の子』の演技をしてるのに……。
「そんなんじゃ情報集まんないじゃないのよーぅ」
「無茶言わないでよ……だったら今からでもちゃんとした格好で」
「却下。かわいくない」
「……」
「それに女の子相手にめろめろーん、ってなって、口を割るエロ親父が出てくる、はず!」
はず、なんだ……。
ってか期待してるんだ、そういう親父が出てくるの。
オレが遭遇するのもイヤだけど、まひるが遭遇するのはもっとイヤだな。
じゃあオレが遭遇するべきなのかな。
とりあえず再認識した。
まひるは何が何でも『それ』を見つけて、お金にして研究資金にしたいらしい。
その理由の一端はオレにもあるのはわかってる。だから強く止められない。……そりゃ、オレだって魔法使いの端くれだから。いろんなものを作り出したり、研究とかやってみたいさ。
そのためには先立つものが必要だって事も、わかってる。
まひるは魔法使いとして上へ行きたい、オレだってもっと高みを目指したい。
「あのさ、まひる」
「今度はな――」
ぐいっと抱き寄せて耳に囁く。こうしないと『オレ』の声が届けられない。
「オレもがんばる。一緒に『それ』を探そう」
覚悟を決めて一緒にがんばろう。
そのためなら愛想笑いの一つや二つ、女装の一つや二つ……が、がんばれる、さ!
離れてみるとまひるは顔を真っ赤にしてオレを睨んでいた。
ばか、と小さな声で怒られてしまった。
恥ずかしくて、照れてるまひる。かわいい。
ほんとーにオレってシスコンだなぁ、とまた自覚した。
まひるのちょっとした『戯れ』に、もう少し付き合ってみる事にしよう。
バレそうになった時は……まぁ、その時はその時さ。
一緒に教室に続く廊下を歩く。先に到着したオレの教室の前でわかれ――る前に、もう一度まひるを呼び止めてそっと耳打ちした。
くすぐったいじゃないバカと、また怒られてしまう。
「……で、何?」
「いや、ちょっと気になったんだけど……結局『それ』って何なんだろう」
「へ?」
「もし形のないものだったらどうしようかなって。書物とか魔法に使うような物質だと思ってたんだけど、伝説の内容によっては『物体』じゃ辻褄が合わないヤツがあるんだよね。もしかしたら『それ』という何かはたくさんあって、形があったりなかったりするのかなって」
「あぁ、それは可能性あるかも……でも、形のないものって、例えば?」
「能力の類とか。もしオレ達が見つけたのがそういうタイプの『それ』だったら、持ち運びできる『物』じゃないから売れないんじゃ……と、ちょっと不安に思っただけなんだけど」
うーん、と二人で腕を組んでうなる。まひるも金塊だ物質だ、と舞い上がっていてそっちの可能性はすっかり記憶の彼方にあったらしい。
もうじき昼休みが終わるのに、廊下の片隅で二人考える。
「あー、でもさ」
チャイムがなると同時にまひるが、ぱぁ、と明るい笑顔で手のひらをぱちんと叩く。オレより頭の回転は速いまひるが、何か妙案を思いついたみたいだ。何を思いついたんだろう。
もうすぐ授業だと言う事も忘れて、オレは早く早くと姉をせかす。
ふふん、と意味深に笑うまひるは腰に手を当てる。
それからちょっと寂しい肉付きの胸を、むんっとそらせると。
「だったら、『それ』ごと持ってる人を売り飛ばす。もし見目麗しい女の子だったら、貴族のジジィに大金で売りさばけるじゃない。もしかしたら『それ』より高いかも。うん、完璧!」
「……」
やっぱもうやだこんな姉。