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天椎まひるの場合

   天椎まひるの場合  ――『それ』って高値で売れるらしーね!




 魔法らしい魔法もないとか、終わってる世界。

 それがあたしがこの世界に抱いた最初の感想だった。いや、マジありえないし。何でドラゴンがあんな手厚く保護されてるんだろ。あんなの乗るか狩るか食べるか、の三択じゃん。

 場所によっては害獣なのに。そういうところに住んでる人が見たら、衝撃のあまりに卒倒するかもしれないな。特に偏見のないあたしでさえ、ショックで言葉も出なかったくらいだし。

 そのくせ、珍しい生き物がそこらへんで放置されてたりとか。

 何なんだろうこのアンバランスな雰囲気というか、感じ。


 うーん、異世界ってふっしぎー。あと不便。ドラゴン使えないのはかなり不便。まぁ、この世界なりに交通手段整ってるし、移動するぶんには特に問題はないけどね。

 バスとかタクシーとか面白いし。クルマって不思議な感じ。

 でもアパートから学校まではそんなに離れてなくて、あたしと弟は徒歩通学。いつも朝早く出発するので周りには誰もいない。そんな中、後ろから聞こえる足音が遠ざかる事に気付く。

 ふりかえれば、とても遠くにヤツがいた。


「まひろ! 何のそのそやってんのよーぅ」

「……っ」

 いつもの通学路。あたしは十メートルくらい後ろにいる弟に叫んだ。同じ金髪の目元がよく似た双子の弟。天椎まひろ。女装が似合いそうな、女として嫉妬せざるを得ない唯一の身内。

 うん、何であんなに似合ってるんだろうね、女子のブレザー。入学式で着せてみたら想像以上に似合っててかわいくて、姉として女の子としてあれは嫉妬しちゃうわー。


「ほら、また大またで歩く! 女の子はね、しゃなりしゃなりと優雅に歩くの!」

「無茶言うなよ、オレおと――」

「しゃらーっぷ!」


 首を絞める。口を塞ぐなんて手ぬるい。

 ぐええええ、と乙女とは思えない声を発してるけど周りには誰もいないし、首絞めてるんだからちょっとくらい変な声でも不思議じゃないわ。

 まったく、この愚弟は本当に役に立たないんだから。あたしより魔法使いとしての才能があるのにヘタレだし、ヘタレだし、ヘタレなんだもの。

 もっとビシっとしなきゃダメじゃない。

 だから再教育するためにこうして異世界まで来たのよ。

 べ、別にこっちの世界で有名な伝説の『それ』を探しに来たわけじゃないのよ。

 いや、それもゆるぎない目的の一つだけど、異世界という頼る場所が乏しいところで弟を鍛えたいという、純粋で清らかで清清しい姉の御心がここへ導いたの。


 そうなの。あたしは優しいお姉さまなのよ。

 お金のためじゃないの、違うのよ。

 違うったら違うの、そういう設定なの。


「まったく……周りに人がいなくてよかったわ」

 首から手を離すとまひろは崩れ落ちた。

 ふがいない弟だわ。

 ちょっと戯れに女子として書類出したら、予想外にもぜんぜん気付かれなかったくらいですねたりして。だいたい女の子用の下着とかだって、わざわざ買いにいったんだから。

 着替えだって手伝ってやってるのに、何の文句があるのかしらね。


 でも無駄毛のないすべすべの足にニーソ履かせる、あの瞬間はちょっと快感。男のクセに何であんなに決めの細かいモチ肌なのよぅ。剥いで取り替えたらあたしのモノになるかしら。

 まぁ、その程度であたしのモノになるなら苦労しないけど。


 剥いだって腐るしね。あたしが例えば『つぎはぎ人形』……こっちじゃフラン何とかっていう何かと似た感じの、死体と死体を繋ぎ合わせて、ニセモノの魂を放り込んだイキモノモドキだったら、剥ぎ取った肌を移植するなんて事もできたかもしれないけどね。

「……なんか恐ろしい事かんがえてない? 剥ぐとか」

「ん?」

 いつの間にか復活していたまひろが、こっちをじとーっと見ている。綺麗に整えてあげたのにぐっちゃぐちゃになった前髪の向こう側で、青緑の瞳が疑いの炎をともしてる。

「ちょっと、誰も剥ぐなんていってないじゃないのよ。思っただけじゃない。だいたいそんなすべすべの肌してる方が悪いの。男のクセに。何で足とか腕とか毛むくじゃらじゃないのよ」

「そ、そんな事オレに言われ――」

「だから『オレ』禁止! あたし、あたくし、わたくし、わたし、わらわ。今後このどれか以外の一人称を口にしたら、問答無用で意識飛ぶまで首を絞めるわよ。いっそ燃やすわよ」

「なんで『わらわ』が選択肢に入ってるんだよ……」

 がっくり、と涙声でうなだれるまひろ。とりあえず、あたしの勝ちね。まぁ、ここで騒いでても目立つからさっさと学校行かなきゃ……面倒くさいけど。でもあたし達くらいの年齢の子はみんな学校に行くらしいし、こっちで生活する最低条件にも入ってるし、仕方ないよね。


「なんで気付かれなかったんだろう……」

 まひろはまだブツブツいってる。諦めた方がいいと思うんだけどな。……いや、さすがに気付かれなかったのにはあたしもびっくりしたけど。確かにかわいいけど男の子なのにね。

 それとも、こっちの世界じゃかわいければ男も女子の制服を着てもいいかしら。

 あるいは似合ってればそれでいいとか?

 だったら生徒会長とその弟の副会長なんて、どっちもクールビューティですごく似合うと思うんだけどな。やっぱり『かわいい』事が重要なのかしら。

「まひる、結局こっちで何するつもりなんだよ」

 ぼそぼそ、と小さな声で話しかけてくるまひろ。

 周りに人が出てき始めたから、できるだけ目立たないようにしてるつもりらしい。


 何するって……決まってるじゃん。伝説の『それ』を探すの。見つけて、手に入れて持って帰るのよ。で、売りさばく。大金持ちになって研究し放題よ。もう材料購入のために食費を切り詰めなくてすむの! まひろだっていろいろやりたい実験あるみたいだし。


 ……とは言えないので、適当にごまかすけどね。


 あたし達は魔法使い。どっちかっていうと研究分野の。薬草とかを組み合わせて新しい薬を精製したり、新しい薬を生み出すのが主な仕事。まだまだ見習いで、日々金欠に悩んでる。

 そんな時に聞いたのが、御伽噺の『それ』の噂。あたし達の故郷から見て異世界――つまりこの世界に『それ』があるらしいっていう、ちょっとした情報筋から仕入れたネタだった。

 伝説の『金貨』なのかしら。それとも『金塊』?

 何にせよ伝説になるならきっとかなりの高値で売れるはず。そして伝説になるほど高価なシロモノなんだから、もう実験資金や生活費に苦悩する事だって二度と起こらないに違いない。

 というわけで、まひろと二人でここへやってきたわけなのです。


 まぁ、子供の頃に見聞きした『それ』の御伽噺ホラー風味にビビりまくりのまひろは、本当の事言ったら絶対嫌がると思ったから、修行だって嘘ついて騙して連れてきたんだけどネー。

 何か他にも『それ』を狙ってるヤツがいるみたいだけど、あたしとまひろの魔法に、魔法がない世界のヤツが勝てるわけないよね。端くれとはいえ魔法使いをなめてもらっちゃ困るわ。

 銃とかいろいろ武器もあるみたいだけどさ、銃くらいならこっちにもあるし。あんなもの魔法の前じゃ何の役にも立たない、本当に『おもちゃ』だよね。敵じゃないわ。


「おはよー、まひるちゃん、まひろちゃん」


 校門で手を振っているのは先輩。名前は東雲桜子。自炊という名の必要に迫られて、まひろと一緒に入部した家庭科部で知り合った先輩。

 お裁縫も手縫いなのにミシン使ったみたいな仕上がりで、料理も絶品。

 あたしの憧れのお姉さま。


「お姉さま!」


 がばちょ、とあたしはお姉さまに飛びついた。控えめな胸があったかい……。まひろが髪を引っ張って引き離そうとするけど、そうはいかないんだから。お姉さまの胸はあたしのモノ。

 なでなで、と頭を撫でてくれるお姉さま。大好き。

 つややかな黒髪が大好き。このあったかい腕の中も好き。もちろんこれは恋愛感情なんかじゃない。まひろはどうかわからないけど、あたしにとってお姉さまは、お母さんみたい。

 お母さんはちっちゃい頃に死んじゃったから、まひろもあたしも覚えてないんだけど……。

 でも、きっとこんな感じだったんだろうなって……思う。

「まひるちゃん、探し物見つかった?」

「いや、ぜんぜんです。手がかりも何にもなくて、ね、まひろ」

「うん」

「大変なんだねー」

 がんばってね、と笑うお姉さま。その労いの言葉であたしの疲れは吹き飛ぶの。いつかお姉さまをあたしの世界へ招待したいな。そのためにも『それ』を手にいれて、故郷に凱旋よ。

 何が何でも『それ』を手に入れてやるんだから。



 さぁ、今日も『それ』を探すわよー。

 元の世界に持って帰って、高値で売り飛ばしてがっぽりもうけるんだから!

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