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第9話:かならずの約束

   9:かならずの約束


 出発は夜の闇が降りてからということになり、更に半日程の自由な時間が生まれた。

 ナハは夜に向けて仮眠を取ると言って早々に部屋へ引きあげていた。

 イリスミルトは、昨晩の疲れもまだ残っているだろうからと、アルフィナと同じくカラにも部屋で休むよう勧めたが、不思議なくらい身体は軽く、むしろ、夜に向けての興奮と僅かの緊張が気分を高揚させていて、休む気にはならない。

 眠たいから部屋まで運べというナジャを部屋の寝台まで運んだ後、カラは当てもなく旅籠の中を歩き回っていた。

 中庭横の廊下を歩いていると、背後から突然呼びとめられた。 振り返ると、不機嫌な顔をしたアルフィナが睨むようにして立っている。


「――あ、アルも寝なかった……の?」


 遠慮がちに尋ねてみても、アルは強い眼差しでカラを見据えたままで、口を開こうとしない。

 どうしてよいか分からず、視線を足元に落としてまごついていると、視界に突然握り拳が飛び込んできた。 

 驚いて顔を上げると、眼の前にアルの黒の瞳があった。 その瞳はカラの金の瞳をひたと見つめている。


「――本当に見えるの?」


 アルが何を言っているのか分からず、困った様に首を傾げると、アルは少し下がってもう一度問うてきた。


「オスティルの瞳。 本当に暗闇でも昼と同じように見えるの?」


「――え? あ、ああ、うん」


 ようやく何の事を訊かれているのか分かり、カラはまごまごと答えた。 するとアルは再び近寄ってじっくりとカラの瞳を覗き込む。


「ふうん。 やっぱり本当なんだ」


「――気持ち……悪い?」


「何が?」


 おずと質問したカラの問いの真意を、今度はアルが把握しかねたらしく問い返して来た。


「この金の眼……」


 カラが少し上目遣いで答えると、アルは呆れた様な表情になる。


「ひょっとして嫌いなの、自分の眼のこと」


「――気味悪いって、不吉だってよく言われたから……化物の眼だって……」


 俯きながらぼそりと答えると、アルは大きく息を吐いた。


「そんなこと言う奴等は、言わせとけばいいのよ。 綺麗じゃない、満月の光みたいで。 あたし好きよ、あんたの瞳」


 アルの言葉に、弾かれるように顔を上げる。


「アル、ひょっとしてオレの事思い出したの?」


 期待を込めた声で訊くカラに、アルは複雑そうな顔を見せる。


「なんでそんなこと訊くのよ?」


「だって前にも同じようなこと言ってくれた。 オレの眼、満月みたいで好きだって――」


「――残念ながらそれは偶然。 あんたのことはイリスに訊いたのよ。 あんたとあたしが何をしたかも。 でも、聞いても思い出せないの、あんたとどんな話をしたのかは」


「そう、だよね……」


 改めて自分の受けた呪いの影響を感じさせられ、落ち込み俯くと、眼の前に再び拳が突き出された。


「――な、何?」


「これ、持って行って」


 言い終わると、アルは握りしめていた拳を開く。 繊細な銀の鎖に金の淡い光を放つ石を抱いたペンダントがゆらゆらと揺れた。


「これ、〈映月石(ユーシュ)〉――だっけ? 何? 持って行くってどういうこと?」


 首を傾げるカラに、アルは無理矢理映月石を握らせ、ツンと横を向いて頬を膨らませた。


「ダメって言われたのよ」


「何が?」


「私も地下へ行きたいって志願したの。 そうしたらイリスとナハが揃ってダメだって、足手まといになるだけだって言って」


 ああ、と思いカラは大人しくアルフィナの言葉の続きを待った。


「失礼しちゃうと思わない? 自分で言うのも何だけど、武芸の心得ならあんたよりよっぽど有ると思うの。 勘だって悪くないわ。 だのに足手まといだなんて」


「だって、アル、まだ身体が治りきって無いんだろ? 途中で具合が悪くなっても困るし……」


「そんなこと分かってるわよ。 だから不承不承だけど諦めたわ。 本当に足手まといになるなんて、そんな恥ずかしいことしたくないもの」


 言い終えると、アルは再びカラを睨み指を突き付けた。


「あんたこそ、本当に大丈夫なの?」


「大丈夫なの――って?」


「さっきは皆の前で強気なことを言っていたけど、本当に〈ウルド〉に挑む度胸があるのかってことよ」


 アルの疑う様な言いぶりにむっとすると、カラもアルを睨み返す様に視線に力を込める。


「あるに決まってるだろ! なんだよ、さっきは〝やってみなきゃわかんない〟ってアルも言ってくれたじゃないか!」


「あの場の雰囲気で勢い言っただけかもしれないじゃない? あんた、雰囲気に流されやすそうなんだもの」


「そ、そんなんじゃないよっ! それにさっきからあんたあんたって、オレには――カラって名前があるんだぞ」


 ペンダントの側面に彫られた名を確認しながら、強い口調で言ったカラに、アルはふんと鼻を鳴らす。


「自分でも確認しなきゃ忘れるくせに。 偉そうに言うのは《名》と《影》を取り戻してきてからにすることね」


「取り戻してやるさ、もちろん取り戻してくるんだからっ」


 アルはにっと笑うと、カラの鼻を指で弾いた。


「な、何するんだよっ、痛いじゃないかっ」


「その程度の痛みが何よ。 悔しいんならやり返しなさいよ、帰って来たら」


 悪戯っぽい顔を見せると、アルはくるりと背を向けて廊下をすたすた歩き始める。

 瞬間、ぽかんとしたカラは、手に握ったペンダントの事を思い出し、慌ててアルを呼びとめた。


「これ、アルのお母さんの大切な形見だって。 そんなの持っていけないよ」


「〝元いた場所へ帰る〟」


 顔だけで振り返り、アルは先程までとは違う極めて真面目な、僅かに強張った表情で言った。


「映月石の持つ力。 だから、それを持っていれば帰って来れる。 あんただけじゃないわよ、皆の為に、あんたが代表して持っていて」


「でも――……」


「お願い――カラ」


 先程までとは違う、懇願する様な黒の瞳でアルはカラを見つめている。 それ以上の反論はできない、切々とした思いを感じた。


「――うん、わかった」


 カラはぎゅっとペンダントを握りしめると、意識して明るい笑顔を作ってみせる。


「その代り覚悟しててよ。 帰って来たらさっきのお礼にアルの鼻を弾き返すンだから」


 カラの言葉に、アルもにっと笑って見せた。


「いいわよ。 でもあたしすばしっこいんだから。 そう簡単にはさせやしないわよ?」



     *



 腰のベルトに棍とオスティルの短剣を固定すると、カラは暗い部屋の中で深く息を吐いた。


――大丈夫。 やれる。


 幾度も心の中で同じ言葉を唱え、再び大きく呼吸をすると、カラは俯けていた顔を上げた。


「ナジャ、行こう」


『ふん、仕方ない、付き合ってやろうかの。 終わった後の報酬は高いぞ』


 いつも通りの憎まれ口をききながら、ナジャはするりとカラの肩へ上った。 相変わらず、そのでっぷりした見かけからは想像出来ない滑らかな動きである。

 ナジャが所定の場へ落ち着いたのを確認すると、カラは扉に向かい足を踏み出した。


 集合場所の中庭にはすっかり闇が降り、街灯の遠い明りが微かに庭に陰影を生んでいる。


「やあ、カラにナジャ」


 エアルースの手綱を引いたナハが、いつもと変わらぬ柔和な笑顔でカラを迎えた。 肩には白い鼠の姿になったカナルがいる。 横にはティダとイリス、そしてアルフィナが並んで立っている。 アルの表情はいつもより硬い。 その表情は恐らく今のカラそのものだろうと思った。


「準備は、いいね?」


 カラの顔を覗き込むようにして尋ねたナハの顔を見上げると、カラはこくんと頷く。 すると、横でやり取りを見ていたティダが身体をふわりと浮かせ、ナハと同じようにカラの顔を覗き込んだ。


『仕方があるまいが、まあまあそう緊張しなさんな』


 言いながら、ティダはカラよりも小さな手をカラの額に翳し、聞きとれない二三の単語を歌う様に唱えた。 その言葉の流れと共に、身体がふうわりと温かくなっていくのを感じる。


『気を付けて行ってくるんじゃよ。 自分一人でどうにかしようとせず、無理だと思ったら、アラスターでもナハでもカナルでも、そうそう、その蜥蜴でもどんどんお頼り。 お前さんは一人じゃないんじゃからな』


「――はい」


 まだ温もりの残る額に手を当てながら、カラは髭と眉毛に覆われたティダの顔を見て、今度は言葉に出して答えた。

 ティダとのやり取りが終わると、イリスがカラの手を取り微笑みかけた。


「ティダ様の仰られた通りよ。 自分一人で無理はしないで、皆と力を合わせて――頑張ってきなさい」


 優しく、けれども力強く励ますイリスの言葉に、カラは身体の芯が熱くなるのを感じる。 自分は一人ではない。 仲間がいるのだ。 かつて闇森で一人〈闇森の主〉と取引をした時とは違う。 それがとてつもなく嬉しい。

 少し痛くなった鼻をスンとすすると、カラは明るい笑顔を皆に見せる。


「オレ、行ってくる」


 既にエアルースに跨っていたナハに手を引かれ飛び乗る様に跨ると、もう一度皆の方を振り返った。 その瞬間、アルと眼が合った。

 何か言いたげに見上げるアルに、カラは首に下げた映月石を見せ、にっと笑った。 一拍置いて、アルも笑顔を見せた。


「では、行くよ。 エアルース、宜しく頼むよ」


 ナハの言葉を聴き終えると、エアルースはひとつ嘶き、ふわりと飛ぶ様に駆け始めた。

 街並みが流れる様に過ぎて行く。 蹄の規則的な音が聞こえるにも関わらず、不思議なほどに揺れを感じない。 正に、(そら)を駆る天馬に跨っている様だ。


「す……ごいや」


 思わず感嘆の言葉を漏らすと、背後のナハがくすくすと笑い、蹄の音に掻き消されない様にやや大きな声で語りかけてきた。


「馬は初めてかい?」


「うんっ。 世話はしたことあるけど乗ったのは初めて。 馬ってすごいや! まるで空を飛んでるみたいだ!」


「エアルースは特別だよ。 他の馬だったらそれ相応の振動があって、下手をすると舌を噛んだりしてね、慣れるまでは大変なんだよ。 それはそれで愉しいのだけれどね。 帰って時間があれば、イリスに馬を借りて乗ってみるといいよ」


「うんっ」


 カラの、先程までの緊張が解けている様子を見取り、ナハは手綱をやや短く持ち直した。


「さて、その調子ならもう少し速度を上げても大丈夫かい? ナジャは落ちたりしないかな?」


 ナハに促され、カラは自分の腹にしがみつくようにして座っているナジャを見た。


『馬鹿にするでないわ、と伝えてやれ』


 煙混じりの鼻息を吐くナジャは、言葉とは裏腹にしがみつく爪に更に力を入れる。 その様子がなんとなく可笑しくて、カラは片手でナジャの背中を押さえ落ちないようにしてやる。


「ナジャも大丈夫だって」


「そうかい? では、エアルース、もう一踏ん張り頼むよ」


 ナハの一声と身体がぐんと後方へ押し戻されそうになるのが同時。 背後にナハがいなければ、ナジャどころか自分が風に吹き飛ばされるところだった。 カラは軽く頭を振って気持ちを引き締め直す。


「――ナハさん」


 先程までの、少し浮かれていた声から一転、神妙になったカラの呼びかけに、ナハは「うん?」とやや間延びした声を返した。


「オレ、頑張るよ」


「うん」


「〈闇森の主〉から《名》と《影》を必ず取り戻すよ」


「うん」


「それでね、皆で戻るんだ。 約束したんだ。 ラスターもナハさんもカナルさんも皆一緒に、あの旅籠に戻るって」


「そうだね」


「出来るよね……オレ……」


「カラ。 自分を信じることが大事だよ」


「自分――を?」


「そして、仲間の存在も忘れない事だ」


「――うん、ありがとう」


 カラが改めて決意を固めている間に、エアルースは旧宝物庫へ続く坂を素晴らしい速度で駆け上り、あっという間に目的地へ辿り着いた。

 ひらりとエアルースから降りたナハに続き、カラも飛び降りるように地面に足を着けた。

 旧宝物庫の大扉は、カラが開けた時のままの状態だった。

 ナジャを肩に乗せ、深呼吸をする。 心臓の拍動が痛いほどに強い。 だが、恐怖はなかった。

 ナハがエアルースに何かを囁きかけると、エアルースは馬首を返し、来た道を駆けて行った。

 特に言葉は無かった。 大扉をじっと見ていたカラの肩に軽く触れると、ナハは大扉へ向かい歩み始める。 カラも慌ててその後に続いた。


『ちょいとお待ち』


 大扉を潜って直ぐのことだった。

 いつの間にか人の姿に変わっていたカナルが、一同を制する。


「三――いや、五かな?」


 ナハがカラを背後に隠すように立ち位置を変える。 


『五だ』


 緋色のカナルの瞳が妖しく光を放ち、その紅唇は弓型に反った。 ナハは、気が進まないといった風に頭を掻きながら、空いた手でカラの肩をポンと叩いた。


「今回は、カラは少し後ろに下がっていてくれるかい?」


「? ――はい」


 カラが数歩後ろに退いたのを確認すると、ナハはいかにも面倒そうに再び頭を掻き、腰に手を当て、ため息をひとつ吐いた。


「お勤めご苦労なことだが、手間は省きたいんだ。 自分から出てきてもらえると助かるのだがね?」


 ナハはのんびりとした口調で大扉の奥に広がる闇へ向かい告げた。 物陰に隠れる敵がいるのだと、カラはその時点になってようやく気付いた。

 しばしの静寂。 闇に変化が現れない事に痺れを切らしたカナルの波打つ髪がざわりと蠢く。


「暗くて動けないというなら、灯りを準備して進ぜるよ」


 言いながら、ナハは右手を胸の高さに掲げ、聴きとれない程の小さな声で(ことば)を唱える。 僅かもしない内、ナハの掌の上に薄い光を放つ小さな渦が生まれ、次第に輝く珠に姿を変えていった。 それをナハは頭上に解き放つ様に押し上げた。 すると珠は宙高くに浮かび、月の明りの様な光を放ち始めた。


「さて、これで足元も良く見えるから、安心安全に出て来られるだろう?」


 ナハがやんわりと促しても、隠れている者達の動く気配はしない。 無音の時間が更に過ぎて行く。


『お前等が動かぬなら、こちらからいくよ』


 カナルの足元の影がゆらりと動いた。 影がしゅると旧宝物庫の奥へ走り伸びると、間もなく、奥から悲鳴とも呻きともつかない声がたて続けに起こる。


『さあ、自分の足で出て来るのと引きずり出されるのとどちらをお好みだい? 今ならまだ選ばせてやるよ』


 語りかけるカナルの表情は挑戦的で普段以上に華やいでいる。 好戦的だとナハが評していたのは偽りではないのだろう。


『自主的に出る気は、無いんだね――?』


 言葉も終わらぬ内に、奥から再び奇声に近い悲鳴が上がり、その声は次第にカラ達の立つ入り口に近付いて来る。 見ると、闇色のカナルの髪に身体の自由を奪われた男が五人、ずるずると引き寄せられて来るところだった。

 地に押し伏せられた男達は、想像外の出来事に言葉を失い、眼を見開いて、傲然と見下ろすカナルの顔を見上げている。 その青ざめた五つの顔を見て、カナルはより艶やかに笑う。


『なんて(ツラ)をしてんだい。 あたしがお前等を取って喰うとでもお思いかい?』


 一番手近にいた男の顎に手を添え上向かせると、カナルは顔を近付け、緋色の瞳を相手の瞳と合わせる。 男の身体が目に見えて震え出し、漏れ出る呻きは次第にはっきりとした悲鳴に変わった。


「ゆ、許してくれっ。 俺は命じられたままに聖獣を狩っただけだ。 地に埋めて回った物が呪いの為だなんて知らなかったんだっ。 本当だ、本当なんだっ」


 狂ったように喚き出した男の顎から後頭部へ、指を這うようにしなやかに移動させると、カナルは『黙れ』と短く吐き捨て、問答無用の勢いで男の頭を地面に打ち付けた。 男は沈黙し、残り四人の男達から悲鳴が漏れた。

 ゆらりと立ち上がったカナルの肩にナハの手がかけられる。 その後ろで、カラは息を呑んで成り行きを見守っている。


「――その男の人、し、死んじゃったの?」


 恐る恐る訊くカラを一瞥すると、カナルは残り四人を無理矢理立たせた。


「大丈夫だよ、カナルは乱暴だけれど加減も知っているから。 まあ、鼻の骨くらいは折れてるだろうけれどねぇ」


 一人のんびりとした調子のナハが、カナルの代わりに答えた。 カナルは、肩に置かれたナハの手を払い落すと、横目でナハへ視線を送る。


『で、残りのこいつ等はどうするんだい?』


 ナハは顎に手を当て「ふむ」と唸ると、一番手前にいた男の前に進み出る。


「君達、誰に命じられてここを見張っていたんだい?」


 男はナハの問いに答えず、顔を横へと向けた。 その様子を見て、ナハは「黙秘かね」と小さくため息を吐くと、仕方ないな、と言いながら、外套の内ポケットに手をやる。


「もう一度訊くよ。 誰に、命じられて来た?」


 それでも無言の男を、ナハはしばし見つめていた。 が、埒が明かないと踏ん切りをつけると、ふう、と大きくため息を吐くや、男の後頭部を掴み強制的に上を向かせ、男の眼球に鋭利な針様の暗器を突き付けた。 瞬く間の出来事だった。


「乱暴なことは嫌いなんだ。 出来れば今度の問いで答えて欲しいな。 そうじゃないと、そうだな、右から、失うことになるよ」


 ナハの声音は相変わらずのんびりとしていて、笑顔のままだ。 男は「ひっ」と短い悲鳴を上げると身体を()じらせ、何とか逃れようとしたが、カナルの束縛はもちろん、ナハの手からも逃れることは出来なかった。 じわじわと近付く尖端に、男の沈黙は破られた。


「オナだ、オリ=オナが地下通路に繋がる出口全てを見張る様命じたんだっ」


「何のために?」


「詳しいことは知らん。 ただ、出入りする者がないか見張れと。 そ、そうだ、もし金の光る眼を持つ子供が現れたら、必ず捕らえて連れて来いと――」


 男の言葉にぎくりとしたカラは、慌てて外套のフードを目深に被った。


「何処へ?」


「東キソスの学舎の地下礼拝所だ。 明日の晩鐘が鳴ったら、そこに集合することになっているんだ」


「地下にも君達の仲間はいるのかい?」


「わからん。 俺達と別の組が送られているかもしれん」


「セナという操骸師(そうがいし)がいたろう? そいつはどうしたか知っているかい?」


「よ、よくは知らんが、操骸師はオリ=オナと共にいると他の者が言っていたのを聞いた」


 男の叫びに近い答えに、ナハは「ふむ」と相槌を打つと、手にしていた針様の得物を男の眼から僅かに遠ざけた。


「ちなみに君は、オリ=オナが何、を連れているか知っているかね?」


 再び無言になった男の眼に、ナハは再び尖端が触れそうな距離に近付けた。


「し、知らんのだ、本当だ、俺達は聖獣を狩ることと地下の警備を(もっぱ)らとして雇われただけだ。 あの男が何をしているのか詳しくは知らんのだ」


「詳しくは、ということは、多少は知っているんだろう?」


 ナハは男の頭を掴む手にぐっと力を入れ、更に反らせるように下方へと引く。 男は呼吸が抑制されるのか、息を荒くしている。


「ば、化物を、養っているんだと、仲間内では噂されてい……る。 聖獣の生き血を啜る、魔物の類、だと――……」


「その魔物の様子がどんな状態か、伝え聞いたことは?」


「〝一刻も早く、新しい〈器〉が必要だ〟と、神官共が言っていたのを、聞いたことが、ある」


 男は喘ぎながら言葉を絞り出した。 その回答を聞き、ナハはにこりと笑うと、ふっと男を掴んでいた手を離し、「カナル」と相方に声をかける。

 カナルはひとつ頷くと、しゅるっと男達の縛めを解いた。 束縛から解放された男達はほっと息を吐いたが、次の瞬間、ナハとカナルの拳が男達の腹に喰い込み、糸の切られた操り人形のように地面へ崩れ落ちた。


「さてと――」


 ナハは頭を一回掻くと、内ポケットから細い糸の様な紐を取り出し、のびている男達の手足を手慣れた様子で縛り上げ、続けて男達の口をこじ開けると、内ポケットから取り出した小瓶の液体を流し込んだ。

 作業を終えると、ナハはのっそりと立ち上がり、カラへ視線を移した。


「さて、お待たせしたね、カラ」


 呆然と見ていたカラは、名を呼ばれたことではっと我に返った。


「はは、ちょっと驚かせたかな? でも、こんなのは序の口だから、これくらいで驚いていては先には進めないよ? 次からはカラ自身も対処しなければいけなくなるからね」


 カラは被っていたフードを下ろしながら、いつもと変わらぬ柔和なナハの顔を見上げた。


「何を飲ませたの? ひょっとして、毒?」


「ああ、いやいや、単なる眠り薬だよ。 ちょっと強力で三日位は目を覚まさないだろうけれどね」


 心配顔のカラの頭をくしゃっと撫でると、ナハは宙高くに上げていた光珠を手元に戻し、今度は前方へ放つ様に押し出した。 再び放たれた光珠はゆっくりと回りながら、旧宝物庫の奥へゆるゆると進んで行く。


「さて、これからが本番だ。 敵の心配をしている暇は無くなるよ」


 言いながら、ナハは軽くカラの背中を押した。 カラの足は、光珠に導かれるように闇の先へ、歩を進め始めた。


挿絵(By みてみん)

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