罰ゲームで告白された鉄仮面女、告白してきたのが好きな男子だったので全力で付き合います
私の朝は、毎日同じだ。
六時半に起きて、顔を洗って、朝食を食べて、制服に着替える。髪は肩に触れない長さに切り揃えて、寝癖がないことを確認し、スカートの丈は膝が隠れるくらい、靴下は学校指定、鞄には余計な飾りをつけない。化粧なんてもってのほかで、爪も短く切っている。
校則に書いてあることは、だいたい全部守っている。
別に、真面目だからというわけじゃない。
怒られるのが面倒なだけだ。
そして学校へ着いたら、教室の自分の席に座る。
「おはよー」
「おはよう」
「昨日のテレビ見た?」
「見た見た」
周囲では、いつものようにクラスメイトたちが騒いでいる。
私はその輪に入らない。
いや……入れない、というほうが正しいかもしれない。
「……おはよう」
誰に言うでもなく小さく挨拶をして、鞄から教科書を出す。
「ねえ、今日の数学って宿題あったっけ?」
「あるよ。昨日言ってたじゃん」
「うそ、やば」
そんな会話を聞きながら、私は一時間目の教科書を机の上に置いた。
今日も平和だ。
今日も何もない。
それが一番楽だと思っている。
――少なくとも、表向きは。
「ねえ、あの子ってさ」
後ろのほうから、男子の声が聞こえた。
「誰?」
「ほら、あの鉄仮面」
「……ああ」
私は教科書を開いたまま、ページをめくる手を止めない。
鉄仮面。
最近、クラスで私についたあだ名だ。
理由は簡単。
私は、あまり笑わない……というより、笑うのが苦手だ。
面白いときは面白いと思うし、嬉しいときは嬉しいと思う。けれど、それがそのまま顔に出ることはあまりない。だから周囲からすると、何を考えているのか分からないらしい。
「いつも同じ顔してるよな」
「怒ってるのかな?」
「なんか……怖くね?」
「でも、別に性格悪いわけじゃないんだろ?知らんけど」
「さあ?」
聞こえている。
全部、聞こえている。こんな時、聴覚の良い自分が嫌になる。けれど私は何も言わない。だって、いちいち反応するのも面倒だから。
「……」
私は教科書に視線を落とした。
――ちなみに。
私は自分が地味なのも知っている。
髪は黒。
制服は校則通り。
スカートも校則通り。
靴下も校則通り。
髪型も校則通り。
装飾品はなし。
化粧もなし。
つまり、学校という場所が「目立つな」と言っているなら、私はそれを完璧に実践している。
目立たなくていい。
静かに学校生活を送って、授業を受けて、友達と少し話して、帰宅する。……三つ目は怪しいがなんとかなっている。
それで十分だ。
……そう思っていた。
「なあ」
男子の声が、遠くで聞こえる。
「おい、早く行けよ」
「お前だろ」
「マジ!?」
「負けたんだから諦めろ」
「マジか……」
私は聞き流していた。
罰ゲーム。
どうせくだらないことだろう。
こんな田舎の男子高校生の罰ゲームなんてジュースを奢るとか、先生の前で変なことを言うとか、その程度だ。
「じゃあさ」
別の男子が言った。
「早くあいつに告白してこいよ」
「……え?あいつって?」
「鉄仮面」
ページをめくる。
私は、何も聞いていないふりをする。
「無理無理無理!」
「なんでだよ」
「絶対振られるだろ!ってかマズイって」
「別にいいじゃん、罰ゲームなんだから」
「いや、それはダメだって!」
「顔見ろよ、絶対何言っても動じないぞ」
「そーゆー問題じゃねぇだろ!」
私は教科書を見つめたまま、心の中でため息を吐いた。
――いや。
聞こえてるから。
普通に全部聞こえてるから。
というか、私のことを本人がいる前で鉄仮面鉄仮面言うのやめてほしい。
傷つく。
ちょっとだけ……ほんのちょっとだけ。
だから、私は聞こえないふりをする。
それが一番楽だから。
「でも、お前はもう負けたんだろ?男らしく散ってこい」
「……分かったよ」
「お、行け行け!」
「今?」
「今!」
椅子を引く音がした。
私は教科書から目を離さない。
離さない。
絶対に離さない。
なぜなら。
――その男子の声を、私は知っているからだ。
「……」
足音が近づいてくる。
一歩。
二歩。
そして、私の机の横で止まった。
「……あ、あのさ」
「何」
顔を上げる。
そこに立っていたのは。
私がずっとずっと好きだった男子だった。
佐伯くん。
同じクラス。
席は少し離れている。
成績は普通。
運動はそこそこできる。
クラスでは友達が多くて、よく笑っていて、誰にでも気さくに話しかける。
そして……私が、去年の文化祭からずっと好きだった人。
――――。
――――。
――――。
待って。
いや。
待って待って待って。
なんで?
なんで佐伯くん?
いや、罰ゲームなのは分かってる。
さっき全部聞いた。
分かってる。
分かってるけど。
なんで。
なんでよりによって。
佐伯くん。
え。
ちょっと。
今日、何の日?
私の誕生日だっけ?
違う。
じゃあ何?
神様、私に何をくれようとしてるの?
いや待って。
もしかして……夢?
夢だ。
絶対夢。
だってありえない。
私が。
佐伯くんに。
告白される?
罰ゲームで?
……。
…………。
……いや。
それでもいい。
むしろいい。
罰ゲームでも何でもいい。
だって。
好き。
めちゃくちゃ好き。
この気持ちは止めらんない
もう。
好きーーーーーーーーー!!!
「……?」
佐伯くんが不思議そうに私を見る。
「どうした?」
「……え、な、何でもないけど?」
私は平静を装う。
声も普通。
顔も普通。
たぶん、いつも通りにいけてる……はず!
でも心の中では。
無理無理無理無理無理!!
近い!!
顔が近い!!
いや、いつも見てるけど!!
遠くから!!
教室の端から!!
休み時間にこっそり!!
体育のときとか!!
あ、今ちょっと髪が跳ねてる!!
かわいい!!
待って!!
好き!!
今日の私どうなってるの!?
落ち着け!!
落ち着け私!!
鉄仮面!!
鉄仮面になるのよ!!
「……その」
佐伯くんが、少しだけ目を逸らした。
耳が赤い。
――――。
――――。
――――。
耳、赤い。
かんわいいーーーーーー!!!
何それ。
何なのそれ。
反則じゃんそんなの。
そんな顔するの反則じゃない?
罰ゲームで私に告白するだけなのに、なんでそんな本気みたいな顔するの?
いや、本気じゃない。
分かってる。
分かってるけど。
私は今……人生で一番幸せかもしれない。
「俺……」
佐伯くんが口を開いた。
私は黙って見上げる。
心臓がうるさい。
死ぬほど速い。
今にも胸から飛び出しそう。
お願いだから落ち着いて。
私の心臓。
「俺と……」
その瞬間。
教室の後ろから、
「いけー!」
「振られろー!」
という声が飛んできた。
私は一瞬だけそちらを見る。
そして、すぐに佐伯くんへ視線を戻した。
――ああ。
やっぱり。
罰ゲームだ。
さっきの会話は、全部本当だった。
私に告白するのも。
ここに来たのも。
全部。
罰ゲーム。
普通なら。
傷つくところなんだろう。
たぶん。
ものすごく傷つく。
でも。
私は。
私は違う。
だって。
告白してくるのが。
佐伯くんなんだから!
むしろ。
ありがとうございます。
罰ゲームを考えてくれた皆さん。
本当に。
本当にありがとうございます。
「……付き合ってください」
言った。
とうとう。
言った。
佐伯くんが。
私に。
告白した。
嬉しい。
死ぬ。
いや死にたくない。
生きる。
めちゃくちゃ生きる。
そして付き合う。
絶対付き合う。
何があっても付き合う。
罰ゲーム?
知ってる。
知ってるけど。
それが何?
私は。
私はずっと。
あなたのことが好きだった。
だから。
――振る理由なんて、どこにもない。
「うん、いいよ」
私は答えた。
「……え?」
「よろしく」
それだけ。
佐伯くんが固まった。
後ろからも、ざわめきが起きる。
「え?」
「マジ?」
「鉄仮面が?」
「嘘だろ?」
うるさい。
私はそんなことどうでもいい。
だって。
私は今。
人生で初めて。
好きな人から。
告白された。
しかも。
彼氏になった。
……罰ゲームだけど。
そんなことは。
今はどうでもいい。
むしろ。
最高。
最高すぎる。
もう。
好きーーーーーーーーーーーー!!!
心の中で叫びながら、私はいつもの無表情のまま、佐伯くんを見上げていた。
その日の放課後。私は自分の机に座ったまま、鞄に教科書を詰めていた。
いつも通り。
何も変わらない。
……いや。
変わっている。
ものすごく変わっている。
だって。
私には今日、彼氏ができた。
佐伯くん。
私がずっと好きだった男子。
その人と。
私は。
付き合うことになった。
…………。
……付き合うことになった。
………………。
………………いや待って。
やっぱり無理。
何度考えても無理。
嬉しすぎる。
どうしよう。
彼氏。
私の彼氏。
佐伯くんが私の彼氏。
…………。
いや、違う。
正確には。
佐伯くんは罰ゲームで私に告白した。
だから。
本人としては、付き合うつもりなんてなかった。
なのに私は、
「うん、いいよ」
なんて答えてしまった。
しかも。
普通の顔で。
よろしく、とか言ってしまった。
…………。
私の馬鹿。
いや、馬鹿じゃない。
よくやった。
あの瞬間の私、最高。
よくぞ振らなかった。
というか振るわけがない。
あんな大好きな人に告白されて、どうして断れるというのか。
罰ゲームでも何でもいい。
期間限定でもいい。
一日だけでもいい。
いや。
できれば一生がいい。
……。
いけるところまで付き合ってやる。
そう。
私は決めた。
罰ゲームで始まった関係だろうが何だろうが、付き合ってしまえばこっちのもの。
私はこの機会を絶対に無駄にしない。
……ただし。
ひとつ問題がある。
付き合うって何すればいいのだろう。
彼氏と話せばいいのだろう。
恋愛点数赤点の私には分からない。
「……」
鞄のファスナーを閉める。
教室には、まだ何人か残っている。
その中に。
佐伯くんもいる。
「……」
ちら。
いかんいかん、
見たら駄目。
絶対に駄目。
今、私が佐伯くんを見ると、顔が勝手に緩む可能性がある。
鉄仮面として、それは許されない。
だから見ない。
絶対に。
……でも。
見たい。
めちゃくちゃ見たい。
今、何してる?
友達と話してる?
笑ってる?
今日も格好いい?
……いや、格好いいに決まってる。
だって佐伯くんだもの。
好き。
好き好き好き。
ものすごく好き。
ああ、もう。
我慢できない。
ちら。
……。
友達と話してる。
笑ってる。
かわいいと格好いいがせめぎ合ってる!
好き。
めちゃくちゃ好き。
私、今までよく耐えてたな。
毎日同じ教室にいて。
同じ授業を受けて。
普通の顔をして。
何でもないように過ごして。
私、偉すぎない?
誰か褒めて。
いや。
今はそんなことどうでもいい。
彼氏。
彼氏なんだ。
……罰ゲームだけど。
その言葉が、胸に少しだけ引っかかった。
私は、鞄を持った。
そのとき。
「……あの」
「……」
声がした。
振り向くと佐伯くんが立っていた。
「……もう帰る?」
「うん」
「じゃあ……一緒に帰らない?」
…………。
………………。
………………え?
一緒に帰る?
イッショニカエル?
私と?
二人で?
放課後。
男女。
付き合ったばかり。
つまり。
初デート?
いや、落ち着け私。
これはただ一緒に帰るだけ。
でも。
好きな人と一緒に帰る。
それってもう。
ほぼデートでは?
待って。
何を話す?
今日の授業?
天気?
宿題?
好きな食べ物?
好きな……。
――私?
いやいやいや。
それはない。
罰ゲームなんだから。
……でも。
付き合っているんだから。
聞いてもいいのでは?
いや駄目。
重い。
付き合った初日に「私のこと好き?」とか聞く女、重すぎる。
でも聞きたい。
ものすごく聞きたい。
「……いいよ」
私は答えた。
「じゃあ、行こう」
「うん」
教室を出る。
隣を歩く。
……。
近い。
近い近い近い。
いつも教室では数メートル離れている。
それが今。
肩が触れそうな距離。
何これ。
幸せすぎない?
どうしよう。
手を繋ぎたい。
いや、駄目。
初日。
早すぎる。
でも。
繋ぎたい。
……。
繋いでもいい?
いや。
無理。
そんな勇気ない。
告白したこともないし、告白なんてされたこともない。
でも今日。
(罰ゲームで)告白された。
……。
なんか改めて考えると、ものすごく特殊な人生初告白だな。
「……」
隣を歩く佐伯くんが、何か言いたそうにしている。
「……何?」
「え?」
「さっきから」
「ああ……」
佐伯くんは少し黙った。
「その……」
「うん」
「本当に、いいの?」
「……何が?」
「俺と付き合うの」
…………。
心臓が止まりかけた。
何を言ってるの。
付き合うに決まってる。
むしろ私からお願いしたい。
お願いします。
土下座でも何でもします。
あなたの彼女にしてください。
毎日でも好きって言います。
……心の中で。
実際には言えないけど。
「……いいよ」
「でも」
「何?」
「俺……」
佐伯くんが言葉を濁した。
私は少しだけ首を傾げる。
何?
何なの?
もしかして罰ゲームだったって言う?
そうだよね。
言うよね。
ここで。
言わなきゃ駄目だよね。
私も知ってる。だって全部聞いてたから。
だから。
大丈夫。
大丈夫だから。
……たぶん。
「……いや」
佐伯くんは、結局何も言わなかった。
「なんでもない」
「そう」
私は前を向く。
…………。
よかった。
いや。
よくない。
どっち。
今の何?
何を言おうとしたの?
気になる。
ものすごく気になる。
でも聞けない。
「罰ゲームだったの?」
って。
それを聞いてしまったら。
この関係が終わってしまう気がする。
だから。
知らないふりをする。
私は、何も知らない。
佐伯くんも。
私が何も知らないと思っている。
それでいい。
今は。
それでいい。
「……駅まで?」
「うん」
「送るよ」
「……ああ、うん」
ぶっきらぼうに答える。
でも心の中では。
送ってくれる!!
優しい!!
好き!!
大好き!!
何それ。
彼氏になった途端、彼氏力高すぎない?
これが彼氏。
これが恋人。
すごい。
世界が違って見える。
いつもの通学路なのに。
今日は特別な道に見える。
……。
あ。
コンビニ。
佐伯くん、そっち見た。
何か買うのかな。
……。
買わないの?
あ。
私を見た。
「……何?」
「いや」
「何?」
「……寄る?」
寄るーーーー!!!
「……別に、いいよ」
私は佐伯くんの後について、コンビニへ入った。
店内は涼しくて、少しだけ汗ばんでいた身体に心地いい。
佐伯くんは飲み物の棚を通り過ぎ、そのまま冷凍ケースの前で足を止めた。
アイス。
そういえば、私は佐伯くんの好きな食べ物をほとんど知らない。
そりゃそうだ。
今まで私は、遠くから見ていただけなのだから。
体育の授業で格好いいなとか。
休み時間に友達と笑っているのを見て、好きだなとか。
そんなことばかり考えていた。
でも。
彼氏になった今なら。
これから少しずつ知っていける。
……。
新しい発見!
うれぴー!!
いや待って。
落ち着け私。
顔に出すな。
鉄仮面。
鉄仮面でいろ。
絶対にニヤけるな。
ここでニヤけたら、今まで築き上げてきた鉄仮面の名が崩壊する。
私は冷静な顔をして、佐伯くんがアイスを選ぶのを見守った。
「……これにする」
佐伯くんが手に取ったのは。
チョコミント。
…………。
………………。
………………うぉーい。
それ。
私が一番嫌な――。
……いや。
待て。
違う。
今日から違う。
今日から……私が一番好きなアイスは。
チョコミントです!
はい。
決まりました。
今、決まりました。
チョコミント最高。
世界で一番美味しい。
毎日食べます。
朝昼晩チョコミント。
学校帰りもチョコミント。
誕生日もチョコミント。
クリスマスもチョコミント。
将来、結婚式のケーキもチョコミントにします。
……いや、そこまで好きになる必要ある?
ある。
だって。
佐伯くんが好きなんだから。
その佐伯くんが好きなものを、私も好きになる。
それが彼女というものでは?……知らんけど。
「……私も同じので」
「え?」
しまった。
声に出てた。
でも、もう遅い。
「……チョコミント」
私は平然とした顔で言った。
「好きなの?珍しいね、オレ以外でチョコミント好きなやつ初めて!」
「……うん。私も」
大嘘。
さっきまで一番嫌いな味だった。
でも。
今日から一番好き。
私の中で、歴史が変わった。
「そっか」
佐伯くんが、少し笑った。
「じゃあ、同じのにしよう」
…………。
………………。
………………。
何それ。
何それ何それ何それ。
同じのにしようって何!?
恋人っぽい!!
めちゃくちゃ恋人っぽい!!
今、私たち付き合ってるんだ!!
しかも。
好きな人と。
コンビニで。
同じアイス買ってる!!
青春!!
青春すぎる!!
ありがとう神様!!
私、今日まで生きてきてよかった!!
チョコミント嫌いだった私を許して!!
今日から毎日食べるから!!
むしろ箱買いする!!
……冬でも食べる!!
チョコミント最高!!
私の人生最高!!
私は無表情のまま、レジへ向かった。
けれど。
心の中では。
もう。
完全に。
お祭り状態だった。
優しい。
好き。
もう全部好き。
顔も。
声も。
歩き方も。
たまに髪を触る癖も。
友達と話してるときの笑い方も。
体育のときに少し真剣になる顔も。
……。
あれ?
私。
ストーカーみたいじゃない?
いや。
違う違う。ノンノン。恋する乙女。
そう。
私は今、恋する乙女。
表情は鉄仮面だけど。
心は乙女なのよ。
「……じゃあ」
駅に着いた。
佐伯くんが立ち止まる。
「また明日」
「うん」
「……じゃあな」
「また明日ね」
佐伯くんが手を上げる。
私は小さく手を振る。
姿が見えなくなるまで。
私はその場に立っていた。
…………。
………………。
………………帰った。
帰っちゃった。
…………。
………………。
よし。
帰ろう。
今日は帰ろう。
帰って。
ご飯食べて。
お風呂入って。
寝よう。
……。
無理。
寝られない。
絶対寝られない。
今日のことを思い出してしまう。
…………。
彼氏。
…………。
佐伯くん。
…………。
私の彼氏。
…………。
いや。
ちょっと待って。
やっぱり無理。
嬉しすぎる。
嬉しすぎて死ぬ。
いや死なない。
明日も学校に行く。
絶対行く。
もう。ニヤけちゃうーーー!!!
…………。
彼氏。
…………。
彼氏ーーーーーーーーーー!!!
私は心の中で叫びながら、誰もいない道を歩いていた。
けれど。
その夜。
布団の中で今日の出来事を思い出していた私は、ふと気づいてしまった。
今日の告白。
あれは、罰ゲームだった。
それを私は知っている。
なのに。
佐伯くんは、私に聞いた。
――本当に、俺と付き合うの?
あのときの顔。
あの言い方。
あれは。
ただの罰ゲームを受けた男子の顔だったのだろうか。
それとも。
私はまだ知らない何かがあるのだろうか。
……。
まあ。
どっちでもいい。
今は。
私の隣を歩いてくれた。
それだけで。
十分幸せだから。この喜びを、噛み締めよう。
そう思いながら目を閉じた。
けれど翌朝。
教室に入った私は。
自分の机の上に置かれていた一枚の紙を見つけて、足を止めることになる。
そこには。
見覚えのある字で、短く一言だけ書かれていた。
――放課後、話したい。
…………。
…………何これ。
そして私は。
その紙を握りしめながら、人生で二度目の大混乱を迎えることになった。
朝からずっと、その一枚の紙が気になって仕方がなかった。
授業中も。
休み時間も。
昼休みも。
何度も鞄の中から取り出しては、意味もなく眺めてしまう。
別に難しい文章が書いてあるわけじゃない。
たった八文字。
なのに。
私の心臓を一日中、ものすごい勢いで叩き続けるには十分すぎる八文字だった。
……放課後。
話したい。
…………。
何の話?
昨日のこと?
付き合ったこと?
それとも。
罰ゲームのこと?
いや。
それなら昨日言えばいい。
わざわざ紙に書いて、放課後に話したいなんて。
もしかして……。
別れ話?
いやいやいやいや。
待って。
落ち着け。
何でいきなりそっちに行くの。
昨日、普通に一緒に帰ったじゃん。
同じアイス食べたじゃん。
しかも「じゃあ、同じのにしよう」って言ってくれたじゃん。
あれは何?
あれが最後の思い出作りだったとでもいうの?
嫌だ。
チョコミントまで好きになったのに。
いや。
そこは関係ない……か。
でもでも、昨日の告白は罰ゲームだった。
それは事実。
もしかしたら。
昨日は勢いで付き合ったけれど、やっぱり無理だった、と言われる可能性だってある。
やだ。
それは。
ものすごく。
やだ。
私は机の下で、ぎゅっと拳を握った。
顔には出さない。
絶対に出さない。
私は鉄仮面女。
何を言われても動じない。
何が起きても表情を変えない。
…………。
だから大丈夫。
たぶん。
きっと。
メイビィ。
…………。
いや。
全然大丈夫じゃない。
こんなの、朝からずっと胃が痛いんですけど。
そんな私の気持ちなど知らず、授業はいつも通り進んでいった。
「じゃあ、この問題を……佐伯」
「はい」
先生に当てられた佐伯くんが立ち上がる。
私は前を向いたまま、耳だけ全力で佐伯くんの声を拾っていた。
ちゃんと答えている。
さすが。
格好いい。
好き。
…………。
今はそれどころじゃない。
放課後。
放課後の話だ。
長すぎる。
早く来て。
でも来ないで。
話したい。
でも怖い。
会いたい。
でも怖い。
帰りたい。
でも帰りたくない。
何なの、この感情。
恋愛ってこんなに忙しいの?
今まで知らなかった。
私はもっと平和に生きていく予定だったのに。
校則を守って。
勉強して。
(まだいないけど)適当に友達と話して。
家に帰って。
ご飯を食べて。
寝る。
それでよかった。
なのに。
たった一人の男子が私に告白しただけで。
人生がものすごい勢いで騒がしくなっている。
…………。
まあ。
その男子が佐伯くんだから仕方ない。
好き。
やっぱり好き。
ああもう。
何回考えても好き。
そして。
そんなことを考えているうちに。
とうとう。
最後のチャイムが鳴った。
――キーンコーンカーンコーン。
教室が一気に騒がしくなる。
「部活行こうぜ!」
「待って、鞄!」
「今日どこ寄る?」
私はゆっくりと教科書を鞄に入れた。
佐伯くんはまだ席にいる。
友達が何人か話しかけている。
私はそれを横目で見ながら、心の中で何度も深呼吸した。
大丈夫。
普通にすればいい。
何を言われても。
普通に。
冷静に。
鉄仮面鉄仮面。
「……」
佐伯くんが立ち上がった。
そして、私のほうを見る。
目が合った。
「……」
「……」
私は小さく頷いた。
佐伯くんも頷く。
それだけで心臓が爆発しそうになる。
……もう。
放課後に呼び出されただけでこれ。
私、本当に恋愛向いてない。
教室を出て。
人の少ない校舎裏まで歩いた。
夕方の光が校舎の壁を赤く染めている。
風が少しだけ冷たい。
私は佐伯くんと向かい合った。
「……」
「……」
沈黙。
長い。
長すぎる。
何?
何なの?
早く言って。
でも怖い。
「あの、さ。昨日のことなんだけど」
「……うん」
来た。
昨日のこと。
やっぱり。
やっぱり別れ話?
私は心の中で身構えた。
大丈夫。
泣かない。
絶対に泣かない。
ここで泣いたら鉄仮面の名が泣く。
…………。
いや。
鉄仮面とかどうでもいい。
泣きたくない。
佐伯くんに振られたくない。
ああ、泣きそう。
「俺、ちゃんと言ってなかったから」
「……何を?」
「昨日の告白のこと」
「……」
私は黙って待った。
佐伯くんが少しだけ俯く。
「実はあれさ、最初は、罰ゲームだったんだ」
「……うん」
知ってる。
私は知っている。
「みんなに言われて」
「うん」
「お前に告白した」
「……うん」
佐伯くんが顔を上げる。
「俺、本当は……昨日、あのあとずっと考えてた」
「……何を?」
「ホントは断ろうと思えば断れたんだ。罰ゲーム」
「……うん」
「普通なら、罰ゲームだったとしても告白なんてするもんじゃないだろ?」
「……そうだね」
「でも俺、断らなかったんだ」
「……」
「オレさ、あの時、チャンスだ。ラッキーだ。って思っちゃったんだ」
佐伯くんが少し笑う。
「それでお前が『いいよ』って言った瞬間、嬉しかった」
「……」
え?
どゆこと?
嬉しかった?
分からん分からん。
誰か教えてー!
「それで、帰ってからもずっとドキドキしてた」
「……うん」
「俺、お前のこと」
佐伯くんが一度言葉を止める。
そして。
「文化祭の頃から好きだったんだ」
――――。
――――。
――――。
――――。
…………。
………………。
………………。
………………。
………………。
………………。
………………。
………………。
………………。
………………。
………………。
………………。
――――――――――。
私の脳内が。
完全に。
停止した。
何も考えられない。
何も聞こえない。
ただ。
佐伯くんの声だけが。
頭の中で何度も繰り返されている。
文化祭の頃から好きだった。
好きだった。
私を?
佐伯くんが?
…………。
嬉しすぎるーーー!
どうしよう。
どうすればいい?
何て答える?
「私も好き」?
言える?
無理無理無理。
でも言いたい。
ものすごく言いたい。
私はずっと。
あなたのことが好きだった。
去年の文化祭の頃から。
ずっと。
毎日。
あなたを見てた。
あなたが笑うだけで嬉しかった。
話しかけられただけで一日幸せだった。
授業で同じチームになった日は、帰ってから何回も思い出した。
あなたが誰かと楽しそうに話しているだけで、ちょっと羨ましかった。
だから私も。
――好き。
大好き。
めちゃくちゃ好き。
世界で一番好き。
今すぐ叫びたい。
抱きつきたい。
手を握りたい。
毎日一緒に帰りたい。
毎日顔を見たい。
毎日話したい。
チョコミントだって毎日食べる。
あなたが好きなもの、もっと知りたい。
「……」
私が黙っていると。
佐伯くんの表情が少し不安そうになった。
「……ごめん」
「……何が?」
「急にこんなこと言って」
「……」
「困るよな」
「……」
違う。
違う違う違う。
私は。
こういうときに限って。
顔が動かない。
鉄仮面発動。
どうして今なの。
今だけは。
笑って。
嬉しいって。
伝えたいのに。
頑張れ私!
「……困ってない、よ?」
「え?」
「……嬉しい、です」
声が。
少し震えた。
佐伯くんが目を見開く。
「……本当?」
「うん」
「……じゃあ」
「……」
「俺と、ちゃんと付き合ってくれる?」
私は。
少しだけ顔を上げた。
そして。
「……うん」
頷いた。
たったそれだけ。
なのに。
佐伯くんが。
ものすごく嬉しそうに笑った。
「……よかった」
やべーーー!
その顔。
反則。
そんな顔で笑うの。
反則すぎる。
好き。
好き好き好き好き好き。
もう無理。
私、今、人生で一番幸せ。
鉄仮面でよかった。
たぶん。
今の顔を普通の人みたいに笑わせていたら。
絶対に変な顔になってる。
だって。
口元が勝手に緩みそう。
頬が熱い。
心臓がうるさい。
頭の中がぐちゃぐちゃ。
でも、ひとつだけ。
どうしても言いたい。
私は勇気を振り絞った。
「……私も」
「ん?」
「……前から、好きだったんだ」
言った。
言ってしまった。
人生で初めて。
好きな人に。
自分の気持ちを。
直接伝えた。
恥ずかしい。
死ぬほど恥ずかしい。
今すぐ穴があったら入りたい。
でも。
言えてよかった。
佐伯くんが目を丸くする。
それから。
「……マジ?」
「……うん」
「いつから?」
「……文化祭の時、一緒に作業してから」
「マジ?オレと一緒じゃん!」
佐伯くんが笑う。
「そっか」
「……うん」
そして。
少しだけ迷ったあと。
佐伯くんが手を差し出した。
「……手」
差し出された手を見つめる。
そして。
そっと自分の手を重ねた。
ぎゅっ。
少しだけ強く握られる。
私も少しだけ握り返す。
…………。
「……佐伯くん」
「ん?」
「……これから」
「うん」
「……よろしくね」
佐伯くんが笑う。
「こちらこそ」
私は小さく頷いた。
そして。
繋いだ手を見つめる。
私は誰にも聞こえないように。
心の中で思い切り叫んだ。
好きーーーーーーーーーーーーーーーー!!!
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