番外編 1-0
本編1-1の直前 昂汰視点
リーグ優勝が決まった夜やった。
ずっと決めていた。
優勝。
それを手にしたら彼女の事も。
沸き立つチームメイト、
スタッフを掻き分けて
やっと見つけた
別に急かすつもりはない。
(まぁ、すぐじゃなくてもええか)
そう思ってたのも事実だった。
変に構えさせるより、
ちゃんと落ち着いて返事くれた方がええ。
あの子はそういうとこ、ちゃんとしてる。
だから俺も、
いつも通りに戻った。
──もう決まってる前提で。
「オフなったら、ちゃんと話そか」
そう言った時の彼女の顔は、
いつも通りやった。
困ったように笑って、
少しだけ視線を逸らして。
照れてるだけ。
そう思ってた。
――なのに。
オフになっても連絡が来なかった。
最初は気にもしてへん。
忙しいんやろ、くらいで終わる話や。
(珍しいな)
その程度やった。
でも次の日も、その次の日も。
“既読にならない”じゃなくて
“返ってこないまま消えていく感じ”やった。
最初に湧いたのは不安やなくて、
違和感やった。
(…いや、ないやろ)
それはない。
だって、この前まで普通やった。
ちゃんと目も合ったし、
いつも通り笑ってたし、
俺の隣におった。
「詩ちゃん、今日おらんかったけど」
軽く聞いただけ。
それなのに、
返ってきた答えは、想定外やった。
「え?もう辞めてますよ」
一瞬、意味が分からんかった。
「……は?」
「今シーズンで辞めるって」
普通のトーン。
何でもない話みたいに言われて、
そこで初めて頭が追いつかんかった。
辞めた?
は?
――いや、待てや。
そんな話、一回も聞いてへん。
スマホを取り出して、
いつもの名前を開く。
メッセージ欄は、止まったまま。
最後のやり取りは、
いつも通りの仕事の確認。
その下に、
返事のないままの文字が並んでる。
(既読、ついてへん)
いや、そもそも送ってへん。
送る必要がないと思ってた。
「あとで返事くれるやろ」
そう思ってたからや。
気づいた瞬間、
一気に血の気が引いた。
(どこ行った?)
そこから先は、仕事どころじゃなかった。
最初に聞いたのは球団。
「栄養士の詩さん、今どこ?」
広報が一瞬止まる。
「えっと……契約終了で、退職扱いですけど」
「理由は?」
「一身上の都合、としか」
それ以上は出てこない。
それはそうやろな。
でも、納得はできへん。
次は現場。
一緒に仕事してたスタッフ、
トレーナー、
若手の栄養管理担当。
誰に聞いても同じや。
「急やったな」
「なんか体調悪そうやったな」
「詳しくは知らん」
体調。
その言葉だけが引っかかる。
(そんな悪かったんか?)
いや、たしかに。
前からちょっと、無理してる感じはあった。
顔色悪い日もあったし、
休憩長い日もあった。
でも――そこまでとは思ってへん。
“いなくなる”ほどやなんて。
気づいたら、
その日のオフ全部潰してた。
病院。
施設。
過去の帯同先。
名前出して回る。
「詩っていう栄養士、どこ行った?」
でも答えは薄い。
「さあ……最近は見てませんね」
それだけ。
どこにも“続き”がない。
途中で消えたみたいに。
夜になって、
車の中でようやく止まる。
ハンドル握ったまま、
初めて思う。
(返事、まだやぞ)
あの時のままや。
「付き合ってほしい」
言ったまま。
返事は、待つつもりやった。
急かす気もなかった。
でも――
それ以前に。
いなくなるなんて、聞いてへん。
スマホを握る。
画面は暗いまま。
名前を押しかけて、やめる。
(どこやねん)
怒りでもない。
苛立ちでもない。
一番近いのは、多分。
“怖い”やった。
その夜。
結局、もう一度球団に戻る。
遅い時間。
事務所の灯りだけが残ってる。
「もう一回だけ聞かせてくれ」
「ほんまに何も聞いてへん?」
広報の男が、困ったように息を吐いた。
「昂汰さん、……何も聞いてなかったんですか?」
その言い方が、
逆に胸に引っかかった。
「聞いてへん」
短く答える。
嘘でもなんでもなく、それしかない。
「詩さんの件は……現場の引き継ぎも、全部“通常退職”扱いで」
「通常?」
「はい。体調面も含めて、一身上の都合で」
体調。
その単語がまた出てくる。
「どのレベルの体調や」
「それは……こちらでは」
濁す声。
その時点で、だいたい察した。
“そこまで踏み込める話ちゃう”ってことや。
「いや、昂汰さんの方が知ってるのかと」
「…え?」
“結婚でもするのかと思ってました”
その言葉で、ようやく分かる。
誰も“隠してる”わけじゃない。
ほんまに“知らんまま”終わってる。
帰り道。
車の中で、信号待ち。
窓の外、ただの夜景。
そこで初めて、
言葉が落ちる。
「……意味わからんやろ」
誰に言うでもなく。
返事もないまま、
人がいなくなるなんて。
その瞬間からや。
“探す”って決めたのは。
夜。
部屋は静かだった。
昂汰はソファにもたれたまま、
ぼんやり天井を見ていた。
探しても見つからない。
連絡も返ってこない。
居場所も分からない。
なのに。
あの日の会話。
表情。
間。
視線。
やたらとはっきり詩が浮かぶ。
――ちゃんと食べれてるんか。
最初に出てきたのが、
それだった。
思わず自分で苦笑する。
でも、
そこだった。
あの子はすぐ誤魔化す。
大丈夫って笑う。
平気そうに立つ。
だから余計に怖い。
今、
どうしてるんやろう…
熱出してへんか。
ちゃんと寝れてるんか。
1人で、泣いてるんやないか
ひとつ浮かぶたび、
胸の奥がざわつく。
あの日の顔が離れない。
笑ってたのに、
時々ふっと消えそうな顔してた。
しんどそうやった。
なのに俺、
“返事待ってる”とか言って、
浮かれてた。
「……アホや」
低く呟く。
今なら分かる。
彼女は、
自分のことで誰かを振り回すくらいなら、
自分が消える方を選ぶ。
そういう子や。
だから怖い。
ちゃんと、
一人で耐えてしまう。
助けを呼ばない。
限界まで、
黙ってしまう。
そこまで考えて、
急に息が詰まる。
「……まさか」
嫌な想像がよぎる。
昔、
自主トレ中に一回だけ、
本当にしんどそうな瞬間があった。
すぐ誤魔化された。
でも、
あれは。
「……身体、悪いんか」
初めて、
その可能性が形になる。
ただ体が弱い、
とかじゃない。
もっと、
長く抱えてる何か。
だから、
消えた?
だから、
俺から離れた?
考えた瞬間、
心臓が嫌な音を立てる。
「……やめろや」
否定したいのに、
全部繋がってしまう。
無理をする癖。
人に頼らない。
突然辞めた理由。
追い詰められたみたいな顔。
そして。
“終わらせようとしてた”空気。
昂汰は両手で顔を覆う。
怖かった。
見つからないことが、
こんなに怖いなんて思わなかった。
怒りでも、
執着でもない。
ただ。
今、
一人で苦しんでるかもしれない。
それが、
耐えられなかった。
「……頼むから」
掠れた声。
「無事でおってや……」
窓の外は、もう朝が近かった。
ほとんど眠れていない。
スマホを握ったまま、
昂汰はソファに深く沈んでいた。
ぼんやりとした思考の中
また、
思い出す。
あの時の顔。
嬉しそうなのに、
どこか怯えていた。
手を伸ばせば、
逃げるみたいに距離を取って。
でも、
離れきれなくて。
何回も、
振り返ってた。
「……怖かったんやな」
ぽつりと落ちる。
好きになるほど。
大事になるほど。
苦しくなってた。
俺の未来を潰すかもしれない。
重荷になるかもしれない。
邪魔になるかもしれない。
そんなこと、
一人で抱えて。
誰にも言わんまま、
消えた。
本当は、
ちゃんと捕まえなあかんかった。
“返事待つ”じゃなくて。
怖がってること、
ちゃんと聞かなあかんかった。
大丈夫やって、
もっと早く言わなあかんかった。
目を閉じる。
胸が痛い。
でも、
不思議と気持ちははっきりしていた。
もし。
もしもう一回会えるなら。
次は、
絶対間違えへん。
ちゃんと隣に立つ。
無理して笑ってたら止める。
抱え込ませへん。
“邪魔になるから消える”
なんて、
二度と思わせへん。
病気でも、
不安でも、
怖いもん全部。
半分、
こっちに寄越せばいい。
「……一人で決めんなや」
掠れた声で呟く。
怒っているようで、
泣きそうな声だった。
どれだけしんどくても、
どれだけ先が怖くても。
それでも、
一緒にいたい。
ようやく、
そこまで辿り着いた。
条件も、
未来も、
全部飛び越えて。
ただ、
彼女が生きて隣にいてくれたらいい。
そこまで考えて、
昂汰は小さく笑う。
「……ほんま、参った」
昔なら、
こんなふうに誰か一人で、
ここまでぐちゃぐちゃになることなんかなかった。
でも今は。
会いたかった。
ちゃんと、
抱きしめたかった。
“もう逃げんな”
って、
今度は優しく言いたかった。




