鬼牟田圭亮のコメント②
進藤に連絡を取って確認したところ、妻の真由はまだ旅行から戻っていないと言うことだった。
「えっ!? まだお戻りではないのですか?」
電話をかけた竹村の声が大きくなる。
不承不承と言った様子で電話を切った竹村に、吉田が、「進藤の奥さん、まだ旅行中なのですか?」と尋ねた。朝のニュース番組で、あの鬼牟田圭亮が気になることを言っていたと、吉田は竹村に伝えた。竹村も圭亮と面識がある。確かにそうだということになり、早速、進藤に確認の電話を入れたのだ。
「しかも海外だそうで、アメリカに行っているらしい。昔、アメリカに留学したことがあって、あちらに知り合いが沢山、いるんだとさ。奥さんは、良家のお嬢様みたいだな」
「一人旅ですか?」
「進藤は仕事があるからな。奥さんは専業主婦で、最近、ご両親を事故で亡くされて、随分、気落ちしていた。そこで気晴らしに海外旅行を薦めたと言うことだ」
「へえ~気晴らしに海外旅行だなんて、確かに良家のお嬢様ですね」
「その事故と言うのを、ちょっと調べてみてくれないか?」
この何気なく言った竹村の一言が、事件を大きく動かして行く。
進藤の妻、真由の旧姓は黒田で、父親の孝之は「黒田商会」と言う貴金属を扱う会社を経営していた。年商は五億円を超える優良企業だった。
真由は一人娘として、両親の庇護のもと、何不自由なく育った。
半年前、結婚記念日を前に、両親は揃って熱海に旅行に出かけた。結婚した頃は、生活に余裕がなく、熱海に新婚旅行に行くのが精一杯だった。新婚旅行は楽しい思い出だったようで、当時、孝之は妻の由美に、
「来年も、いや、毎年、ここに連れて来てあげられるように、仕事を頑張るよ」と約束した。そして、孝之は約束を守り、毎年、結婚記念日に由美を連れて熱海に旅行に出かけた。やがて、行こうと思えば、海外にでも行くことが出来るくらいの余裕は出来たが、二人は熱海旅行に拘り続けた。
子供の頃は、真由も両親について熱海に出かけていた。その内、成長して学校が楽しくなると、両親の趣味に付き合いきれなくなった。大学生になると、家で留守番をすることが多くなった。
真由が参加しなくなっても、両親は、毎年、懲りずに熱海旅行を繰り返していた。何時も同じ旅館に部屋を取り、一泊か二泊、ゆっくり温泉に浸かって、美味しいものを食べて戻って来る。それだけのことだったが、楽しそうだった。
「仲の良いこと――」と真由は、そんな二人を微笑ましく見守っていた。
そして半年前、何時も通り熱海に出かけた二人を悲劇が襲う。
東名高速道路を走行中に、二人の乗った車がガードレールに激突して大破した。二人は即死だった。警察の捜査が行われ、監視カメラの映像と目撃者の証言から、一台の暴走車の存在が明らかになった。
孝之の運転する高速走行中の車を追い越し車線から追い抜き、前に出た途端に車線を変更して孝之の車の前に割り込み、急停車した車があったのだ。孝行は急停車した車を避けようとして、慌ててハンドルを切り、制御を失い、後続車に追突されてガードレールに突っ込んでしまった。
暴走車を運転していた谷岡牟礼という若者が逮捕された。
谷岡はパーキングエリアで道路を塞ぐように駐車していたことを孝之に注意され、恨みに思って孝之の車を追いかけた。逮捕後は素直に事件の経緯を自供している。
事故の経緯から谷岡は当然、危険運転致死傷罪で逮捕されると思われていた。だが、意外にも逮捕時の罪状が自動車運転過失運転致死傷罪であったことより、世間は蜂の巣をつついたような大騒ぎとなった。
事故の直接の原因が、後続車による追突であったことから、危険運転致死傷罪の適用が見送られたのだが、危険運転致死傷罪と自動車運転過失致死傷罪では刑罰に違いがある。危険運転致死傷罪は一年以上、十五年以下の懲役だが、自動車運転過失致死傷罪は七年以下の懲役か百万円以上の罰金で済むことになる。
谷岡の悪質な行為に対するパッシングの嵐が巻き起こった。
刑事罰とは別に事故の賠償金の請求が行われた。谷岡自身は無職であったが、実家が料亭を営む資産家であったことより、谷岡の両親は事件の早期沈静化を望み、多額の賠償金を一人娘の真由に支払ったという噂だった。谷岡の両親は、一刻も早く事故を過去のものにしたかった。
もともと資産家の一人娘であった真由は、いくら賠償金をもらっても、両親を失った悲しみが癒えることは無かっただろう。
再度、事情を聴取すべく、進藤の自宅を訪問した。
週末とあって銀行が休みだったので、趣味のキャンプに行く予定だと渋られたが、「お時間はとらせません」と強引に面会をねじ込んだ。
進藤の自宅は、北区西ヶ原にある日当たりの良い庭付きの一軒家だった。この辺りは江戸時代に将軍が日光にお参りする際の御成道の道筋に当たり、当時のお屋敷街の名残が残っている。
――家内の実家に住んでいます。
竹村と吉田を応接間に迎えた進藤は、弁解するように言った。真由との馴れ初めを聞かれると、「賠償金の他にも、ご両親の死亡保険金の受け取りなど色々、面倒な手続きがありました。黒田様はうちのお得意様の一人でしたので、事故で憔悴した真由さんに代わって、私の方で何かとお手伝いを致しました。何度もお会いしている内に、その、恋愛感情と言いますか、愛情が芽生えてしまったのです。それから、結婚まではあっという間でした」と進藤は語った。二か月前に籍を入れたばかりだった。進藤は真由の心の隙間を埋める存在になったようだ。籍は入れたが、華々しい華燭の式典は両親の喪が明けてからにしたいと真由が言うので、結婚式の予定は未定となっていた。
入籍後、多少、元気になったように見えた真由だったが、やはり両親を思って、暗い顔をする日が多く、思い切って学生時代に留学経験のあるアメリカに送り出したと言うことだった。
真由が何時、帰国するのか、時期は未定だと言う。
「新婚早々、花嫁が一人でアメリカ旅行? そりゃあ、旦那は浮気に走りますよね」
黒田家を辞すると、吉田が言った。
「確かにな――」
「花嫁の写真を見ましたか?」
「ああ、見たよ」
応接間の飾り暖炉の上に、真由が両親と写った写真が飾ってあった。お世辞にも美人とは言えず、進藤の結婚が資産目当てだったのではないかという印象を受けた。
「増田暁子は美人ですからね」
暁子は誰が見ても美しいと思う美貌を備えていた。
吉田の言葉に、
――真由の不在を良いことに、暁子との不倫に走った進藤だったが、離婚を迫られ、かっとして暁子を殺害した。
と言う筋立てを竹村は考えた。
真由は両親の事故により巨額の賠償金と豊かな資産を引き継いでいる。進藤にとって手放したくない相手のはずだ。




