鬼牟田圭亮のコメント①
土曜日の朝、交替で休むことになり、吉田は朝寝坊を楽しんだ後、ベッドから起き出した。
吉田は独身、独身寮で生活している。自由気ままな一人暮らしだが、時に寂しさを感じてしまう時がある。だから、部屋にいる時はテレビをつけていることが多い。でないと一人暮らしの部屋はどこまでも静寂だ。
テレビを点けると「サタデー・ホットライン」と言うニュース番組が放送されていた。しかも、丁度、吉田が担当している増田暁子の殺人事件に関する報道を行っていた。
「匿名を条件に事件関係者から話を聞くことができました」とMCの宮崎が言った。誰か、テレビ局に情報を流したものがいるようだ。
(そう言えば・・・)
「サタデー・ホットライン」と言えば、鬼牟田圭亮というコメンテーターがいて、彼の推理が当たると評判の番組だ。吉田も圭亮とは面識があった。
吉田はテレビの前のソファーに座り込むと、ぼんやりとテレビを見ながら、頭が冴えるのを待った。
「東京アーバン銀行と言いますと、昔の鴻鵠銀行ですね。確か、鴻鵠銀行を中心に、幾つか銀行が合併して、今の東京アーバン銀行になったのだと思います」
事件の概要の説明が終わった後で、総合司会の宮崎からコメントを求められた圭亮は、開口一番、そう言った。
「鴻鵠と言っても、『燕雀いずくんぞ鴻鵠の志を知らんや』の鴻鵠で、宣伝広告の広告ではありません。難しい字を書きます」
中国史に精通している圭亮は、歴史の薀蓄を語り始めると止まらなくなる。
中国の秦末、中原を統一した史上初の皇帝、始皇帝が死去した後、苛烈な法治主義に根を上げた農民が反旗を翻した。その先駆けとなったのが、陳勝である。
陳勝は若い頃、日雇い農夫をしていた。常に大言壮語を吐き、仲間に馬鹿にされていたが、陳勝は、「嗟呼燕雀安知鴻鵠之志哉」(ああ、燕や雀のごとき小鳥にどうして鴻や鵠(白鳥)といった大きな鳥の志がわかろうか)と言って、意に介さなかった。
やがて陳勝は人夫を護送する役目を命じられる。始皇帝は万里の長城や兵馬俑など、在世当時から巨大な建造物を幾つも手掛けており、大量の人夫を必要としていた。陳勝は人夫引き連れて現場に向かっていたが、途中で大雨に遭い、期日に間に合わなくなってしまった。秦の法律では人夫が現場に一日でも遅れれば死刑である。追い詰められた陳勝は仲間の呉広と共に、反乱を起こす。
反乱軍は瞬く間に大軍に膨れ上がった。陳勝・呉広の反乱に呼応して、各地で反乱軍が雲霞の如く立ち上がった。秦の圧政に苦しんでいた民百姓が、それだけ多かったと言うことだろう。後に天下を争うことになる、項羽と劉邦もその中のひとつだった。
所詮は農民軍であり、反乱軍は統率を欠いた。やがて呉広が仲間割れから殺害されてしまい、陳勝も秦の征討軍の討伐を受けて敗死してしまったが、反乱の流れは項羽と劉邦に引き継がれ、秦王朝は僅か二代で滅び去る。
陳勝の名は「燕雀いずくんぞ鴻鵠の志を知らんや」と言う言葉と共に歴史に刻まれた。
サラリーマン生活が長かった圭亮は会社の情報に詳しい。圭亮の説明によると、東京アーバン銀行はかつて鴻鵠銀行と言い、名前の由来は陳勝の故事によると言うことだ。
「東京アーバン銀行の名前の由来はさておき、鬼牟田さん、事件をどう見ますか? やはり不倫の挙句、別れ話のもつれから、被害者は殺害されたと考えた方が良いのでしょうか?」
総合司会の宮崎が圭亮の薀蓄を遮って、無理矢理、話題を事件に戻した。吉田もそこを知りたかった。
被害者の部屋に出入りした人間として、会社の同僚と元彼の二人がいることをサクラ・テレビでは掴んでいた。会社の同僚は既婚者で、殺害現場がホテルであったことから、直ぐに不倫関係が想像された。
「どうですかね? 不倫が原因で被害者を殺害したとすれば、不倫相手は既に警察に身柄を拘束されていると思います。事件はそう単純ではないのかもしれません。それに――」
圭亮は言葉を切ると、「不倫があったのであれば、奥さんが何か知っているのではないでしょうか?女性の感は鋭いですからね」と言ってかかと笑った。
「なるほど、会社の同僚の奥様が怪しいと言うことですね?」
「いえ、そこまでは言っていません。ただ、何か知っているのでは無いかと思っただけです」
テレビを見ていた吉田は、(そうだ。まだ進藤の奥さんから話を聞いていなかったな)と思い当たった。進藤から、旅行中で不在だと言われていて、話を聞けていなかった。そろそろ旅行から戻って来ているかもしれない。
宮崎の質問が続く。
「不倫が原因で殺害されたのではないとなると、その後に部屋を訪れた元彼の犯行なのでしょうか? 被害者が会社の同僚とホテルの一室で逢引しているのを知って、嫉妬のあまり殺害してしまった。どうでしょうか?」
「元彼が部屋に被害者を尋ねた時、被害者は既に死んでいたと証言しているのですよね?」
圭亮が確認する。宮崎が「ええ」と答えると、圭亮が続けた。妙に詳しい。テレビ局に情報を流した人物は曉子の元彼、鈴木、或いは鈴木の近親者であることが知れた。
「仮に元彼が犯人だとして、夜中にいきなり元彼が訪ねて来て、部屋に入れたりするでしょうか? 自宅ならともかく、ホテルですよ?」
「確かに変ですね。では、元彼の証言通り、部屋に入った時に、被害者は既に殺害された後だった?」
「それも妙なのです。元彼が部屋を訪れた時、被害者が殺害されていたとすると、元彼はどうやって部屋に入ったのでしょうか? 部屋のドアが開いていたと言うことになります」
鈴木は暁子に呼び出され、部屋を訪れた時、ドア・ロックによりドアが半開きになっていたことは知らないようだ。
「では、やはり犯人は不倫を疑われている人物なのでしょうか?」
「そこまでは僕にも分かりません。ただ、元彼が被害者の部屋を訪れた時、ドアが開いていたとすると、僕はそこに作為的なものを感じてしまいます。一見すると、痴情のもつれによる、単純な事件のように見えますが、隠された動機があり、綿密に計画された殺人事件なのではないかと思うのです」
「ほう――!?」
宮崎が嬉しそうな悲鳴を上げた。事件は複雑怪奇である方が、視聴者の興味を引き、視聴率を稼ぐことができる。
番組はそこで一旦、コマーシャルを流し始めた。だが、テレビを見ていた吉田は、圭亮の言葉を頭の中で何度も反芻していた。




