進藤の供述③
――文化祭で歌った歌、良かったです。
鈴木は嬉しそうに笑顔を向けた。後に鈴木は、「ずっと話しかけたかったんだけど、なかなかきっかけが掴めなかった」と暁子に告白している。
二人は急速に接近して行く。そして、二人が付き合いを始めた頃、鈴木は卒業を迎えた。鈴木は都内の私大に進み、大学にはほとんど顔を出さずに、バンドを組んで人前で歌うことに熱中した。
二人はずるずると付き合いを続けた。
暁子は鈴木を追って、都内の短大へ進学を決めた。暁子が一人暮らしを始めると、それを待っていたかのように二人の同棲が始まった。
「高校の頃は、ハンサムで恰好良くて、憧れの人でした。私が短大を出て働き始めましたが、あの人は定職に就かずに夢ばかり追っていました。毎日、働きもせずに、ヒモの様に私に縋って生きている、そんな存在になってしまいました。それでも、私は彼が歌手として成功することを夢見て、支え続けました」
鈴木が三十を迎える年になると、暁子は鈴木の才能に疑問を感じるようになってしまった。周りの同級生は一人、また一人と結婚して行く。バンドは解散してしまっていたし、鈴木は夢を語るだけで、ただ漠然と家で燻る日々を繰り返していた。
暁子は鈴木との将来を描くことができなくなった。
暁子は鈴木に別れを切り出した。
「もうあなたの面倒を見ることができないと家から追い出すと、彼はストーカーのように私に付き纏い始めました」
困った暁子は進藤に相談を持ちかけた。石田の証言にあった「性質の悪い男」とは鈴木のことであったようだ。
「ストーカーの相談をする為に、わざわざホテルに部屋を取ったと言うのですか?」
竹村が疑問を差し挟む。
「誤解しないで下さい。僕と増田さんの間には、本当に何も無かったのですから」
「彼をホテルに呼んであります」と暁子は進藤に伝えた。そして、進藤に「恋人の振りをして欲しい」と頼んだ。鈴木をホテルに呼びつけ、一緒に部屋にいる進藤を見せつけて、暁子のことを諦めさせようと言う魂胆らしかった。
「それで、どうしたのです?」
「どうしたも、こうしたも――増田さんは、僕の部下で仕事のことでは色々と相談に乗っていました。ですが、テレビ・ドラマじゃあるまいし、恋人の振りをするなんて、僕には出来ません。結婚したばかりで妻がいます。厄介ごとに巻き込まれるのは嫌でした。増田さんには申し訳なかったのですが、断って家に帰りました」
そして、進藤はテーブルの上の広げられた二枚の画像を指差しながら、「ほら、見て下さい。ここ、時間を。部屋に居たのは、三十分くらいだったと思います。増田さんと話をして、途中で噂の彼が来ると嫌だったので、直ぐに帰りました。不倫なんてしている時間はありませんでした」と主張した。
疑わしい点はあったが、一応、筋は通っていた。
「あなたが殺したのではないと言うことですね?」
「刑事さん、信じて下さい。私がホテルの部屋を出た時、増田さんは生きていました。私は彼女を殺してなどいない。後から、元彼が尋ねて行ったはずです。増田さんが殺されたのなら、元彼の仕業でしょう? 彼に話を聞いてみて下さい」
進藤は縋り付くような目で竹村に訴えた。
「どう見ます? 竹村さん」
取調室を出て行く進藤を見送ってから、吉田が尋ねた。
「う~ん。筋が通っているような、いないような・・・」
「ですね。なんか微妙な感じでしたね」
「おやっ⁉ お前に人情の機微が分かるのか?」
「分かりますよ。僕が日頃、どれだけ気を使っているのか、先輩の方こそ、分かっています?」
「あれれ~全然、分からなかった」
「先輩は機微より吉備団子ですからね」
「ほれっ!グチグチ言っていないで、キビキビ動きなさい」
進藤の証言に基づいて、鈴木の行方が追われた。かつてのバンド仲間に尋ねたところ、
「最近、見ないね。彼女の家に居るんじゃない」と暁子と別れ、家から追い出されたことを知らない様子だった。
鈴木がよく出演していたと言うライブハウスを当たってみたが、「ここ半年は姿を見ていない」と言う返事だった。
鈴木の行方が掴めなかったが、捜査に進展が見られた。
先ず、暁子の部屋を捜索し、鈴木と二人で撮った写真を押収した。鈴木の人相が分かった。そこで、ホテルの防犯カメラの映像を再度、チェックしたところ、進藤が暁子の部屋を出た後に、鈴木らしき人物が七階のエレベーターを降りる姿が録画されていた。
二十三時十四分に鈴木はエレベーターを降り、暁子が宿泊していた七○六号室の方向へ向かって歩いている。その後、二十三時三十三分に七階でエレベーターに乗り込む姿が映っていた。取り乱した様子で、鈴木はエレベーター・ホールできょろきょろと周囲を見回しながら、エレベーターが来るのを待っていた。
死亡推定時刻にも合致していた。
――やつが犯人なのか!
別れ話のもつれから、鈴木が暁子を殺害し、逃亡したと考えられた。
捜査方針は一気に鈴木犯人説に傾いて行った。だが、竹村は慎重だった。
「先輩。鈴木が犯人ではないと思っているのですか?」と吉田に聞かれた竹村は、「別に鈴木が犯人じゃないと思っている訳じゃない。鈴木が犯人だと決めつけるには、まだ早いと思っているだけだ」としたり顔で答えた。
「何故、そう思うのです?」
「先ずは時間だな」
「時間ですか?」
「ああ、そうだ。鈴木がエレベーターを降りたのが二十三時二十二分、その後、エレベーター・ホールに戻って来たのが二十三時四十三分だ。その間、約二十分、部屋に行って増田暁子を殺害し、戻って来るには少し短すぎないか? 進藤が部屋にいた時間より、更に短い」
「そうですね」と吉田が頷く。
「部屋に行って、別れ話を蒸し返され、腹が立って殺したとなると、時間的に無理があるような気がする」
「確かに、別れ話のもつれから殺害したと考えると、そうかもしれません。ですが、もし、鈴木が増田暁子を殺害する意図を持って部屋を訪れたとしたら、時間的に無理があるとは思えません」と吉田。
鈴木が暁子を殺害する為に、ホテルを訪れたのだとすると、二十分の空白は、部屋に押し入り暁子を殺害するのに十分な時間だったと言える。
「確かに――」と竹村は頷きながら、話を続けた。「だがな。まだあるぞ。増田暁子からの頼みを進藤が断った時点で、彼女は何故、ホテルを離れなかったのだろう? 鈴木と二人で、ホテルで会って、危険だとは思わなかったのだろうか?」
「なるほど、そうですね。でも、週末に高いお金を払ってホテルを予約した訳ですから、勿体なかっただけじゃないですかね?」
「だったら、部屋に入れずに門前払いを食らわせば良い」
「まあ、男女のことなど、結局のところ、部外者には分かりませんからね。嫌だ、嫌だと言っても、やっぱり少しは未練があったのかもしれませんね。まさか、自分が殺されるなんて、思ってもみなかったのではないでしょうか」
「そうだな・・・しかし、随分、経験豊富な言い方をするな」
「一般論ですよ」
「あらあら。一般常識があったのね」
「それはもう、ふんだんに」
「口の減らない子だね~」と竹村が呆れる。




