君に触れていい理由
その夜、村に雨が降った。
激しい雨音が、屋根を叩く。
ユウマはリリアの家の客間で、目を覚ました。
胸の奥が、ざわついていた。
理由ははっきりしている。
昼間の出来事――村長とのやり取り。
そして、震えるリリアの肩。
守れたのか、守れなかったのか。
考え始めると、答えは出なかった。
雨音に紛れて、かすかな咳が聞こえた。
……リリア?
気になって、ユウマはそっと部屋を出る。
廊下の先、灯りが漏れていた。
「……っ」
戸口から覗いた瞬間、胸が締めつけられる。
リリアは椅子に座り、片手で口元を押さえていた。
もう片方の手は、微かに震えている。
「リリア」
名を呼ぶと、彼女ははっと顔を上げた。
「ユウマさん……起こしてしまいましたか?」
「いや、それより……大丈夫?」
一瞬の逡巡。
それから、いつものように微笑もうとして、失敗した。
「……少しだけ」
嘘だ、と直感した。
ユウマは近づき、躊躇いながらも手を伸ばす。
「触るよ」
確認するように言うと、リリアは小さく頷いた。
額に触れた瞬間、熱が伝わってくる。
「……熱、あるじゃん」
「このくらい、よくあるんです」
よくある、で済ませるには、あまりに細い体だった。
ユウマは思わず拳を握る。
「……無理、しすぎだろ」
リリアは目を伏せたまま、ぽつりと言った。
「私が、しっかりしていないと……」
それ以上、続かなかった。
沈黙。
雨音だけが、二人を包む。
ユウマは深く息を吸い、意を決した。
「……肩、貸す」
「え?」
「立つの、つらいだろ」
返事を待たず、そっと腕を回す。
驚くほど軽かった。
リリアの体が、一瞬だけ強張り、すぐに力を抜く。
触れ合った部分から、互いの体温が伝わる。
近い。
近すぎる。
それでも、離すという選択肢は浮かばなかった。
「……ユウマさん」
「なに?」
「どうして、こんなに優しいんですか」
答えは、すぐに出た。
「……好きだから、かも」
言ってから、心臓が跳ねる。
しまった、と思ったときには遅かった。
リリアの体が、ぴくりと震える。
「……それは、困ります」
そう言いながら、彼女は離れようとしなかった。
「困る?」
「はい。……私は」
言葉が途切れる。
代わりに、額がユウマの胸に触れた。
鼓動が、伝わる。
「……恋をしていい立場じゃ、ないんです」
理由は聞かなかった。
聞いてしまったら、戻れなくなる気がした。
ユウマは、ただ静かに言った。
「それでも」
腕に、少しだけ力を込める。
「触れていたいって思う気持ちは……悪くないだろ」
長い沈黙のあと。
リリアは、ほんの小さく頷いた。
許された距離。
許されない未来。
その狭間で、二人は寄り添っていた。
雨は、まだ止まない。
けれどその夜、
ユウマははっきりと知ってしまった。
この世界で、
失いたくないものが、できてしまったことを。




