星渡りの噂
村に、風向きというものがあるのだと、ユウマはこの日初めて知った。
前日までは「珍しい旅人」だった視線が、朝を境に「測るもの」へと変わっていた。
「……見たか? あの黒髪の男」
「森に落ちてたって話だろ」
「夜に、光が降ったらしいぞ」
囁き声は、隠しているつもりでも意外と届く。
ユウマは聞こえないふりをしながら、背中にじっとりとした感覚を覚えていた。
「……ごめんなさい」
小さな声で、リリアが言った。
二人で村の外れの井戸へ向かう途中だった。水汲みを手伝う、という名目だったが、実際には村の視線から距離を取るためでもあった。
「私が、ちゃんと説明できていれば……」
「いや」
ユウマは首を振る。
「俺が、変だからだろ」
リリアは立ち止まり、少し強い口調で言った。
「そんなこと、ありません」
はっとして、すぐに視線を落とす。
「……すみません。でも、本当に」
その必死さが、逆に気になった。
「この村、外の人を嫌うの?」
「嫌う、というより……怖がるんです」
井戸の縁に腰掛けながら、リリアは静かに続けた。
「昔、この辺りに“星渡り”が現れたことがあるそうです」
その言葉に、ユウマの心臓がわずかに跳ねた。
「星渡り?」
「空から落ちてきた、異邦の人。強い力を持っていて……でも、その力が争いを呼んだ、と」
語り口は淡々としているが、どこか距離を取っているようにも聞こえる。
「それ以来、村では“夜に落ちてきた人”を、あまり良く思わない人もいます」
「……なるほど」
納得はできた。
同時に、胸の奥が少し冷えた。
「俺、厄介者?」
「そんなこと、ありません!」
即答だった。
リリアは顔を上げ、まっすぐにユウマを見る。
「少なくとも、私は……」
言いかけて、言葉を飲み込む。
その沈黙が、妙に長く感じられた。
「……私は、助けたいと思いました」
選び直された言葉。
それでも、十分だった。
井戸の水を汲み終え、帰ろうとしたとき、村の入口で数人の男たちが話し込んでいるのが見えた。中央にいるのは、昨日声をかけてきた年配の男性――村長だった。
彼の視線が、はっきりとユウマを捉える。
逃げ場はなかった。
「……話がある」
村長の声は低く、感情が読めない。
リリアが一歩前に出ようとしたが、ユウマはそれを制した。
「大丈夫」
本当に大丈夫かどうかは、わからない。
それでも、彼女を前に出すわけにはいかなかった。
「君は、どこから来た?」
「……遠くから」
曖昧な答えに、村長は目を細める。
「空から落ちた、と聞いた」
沈黙。
肯定も否定もできない。
そのとき、リリアが静かに口を開いた。
「この人は、怪我をしていただけです。危険な力なんて……」
「リリア」
村長が彼女を制する。
「お前は、優しすぎる」
その言葉に、リリアの肩が小さく揺れた。
「だが――」
村長はユウマに向き直る。
「村に害をなさないと、証明できるか?」
証明。
そんなもの、あるはずがない。
ユウマが答えに詰まった、その瞬間。
胸の奥が、微かに熱を帯びた。
理由はわかっている。
隣に立つリリアが、ほんの少し震えていたからだ。
「……害は、ありません」
声は、意外なほど落ち着いていた。
「俺は、誰かを傷つけるためにここに来たわけじゃない」
強い言葉ではない。
ただの事実だった。
村長はしばらく黙り込み、やがて息を吐く。
「……様子を見る」
それだけ言って、背を向けた。
周囲の緊張が、少しだけ解ける。
リリアは深く息を吐き、ユウマの袖を掴んだ。
「……ごめんなさい。私のせいで」
「違う」
ユウマは、今度ははっきりと言った。
「リリアがいなかったら、もっと酷かった」
彼女は何か言おうとして、結局、黙って頷いた。
その横顔は、どこか影を落としている。
噂は消えない。
疑いも、完全には晴れない。
それでも。
この世界で、
たった一人でも、
自分を信じてくれる人がいる。
その事実が、ユウマの中で静かに力になり始めていた。




