異世界の朝
朝は、思っていたよりも静かに訪れた。
鳥の鳴き声で目を覚ましたユウマは、しばらく天井を見つめたまま動けずにいた。木目の走る天板。見慣れない梁。カーテン代わりに掛けられた布が、微かに風に揺れている。
――夢じゃ、ないよな。
ゆっくりと体を起こす。頭の痛みはもうない。昨夜の出来事が、妙に鮮明に思い出された。
月が二つあった夜。
森。
そして――リリア。
扉の向こうから、控えめな物音がした。
「……起きて、ますか?」
聞き覚えのある声に、ユウマは思わず背筋を伸ばす。
「起きてる!」
少し大きくなった声に、向こうで小さな笑い声がした。
扉が開き、朝の光と一緒にリリアが顔を覗かせる。昨日と同じ服装だが、髪は軽く結われていて、印象が少し違った。
「よかった。具合はどうですか?」
「もう全然。助けてもらって、ほんとに……」
礼を言いながら部屋を見回す。
「ここ、どこ?」
「私の家です。正確には……父の家、ですけど」
少しだけ言い淀んだのが、気になった。
リリアは朝食の用意ができていると告げ、ユウマを居間へ案内する。質素だが、清潔な家だった。木製の机の上には、温かそうなスープと黒パンが並んでいる。
「……いただきます」
一口すすると、素朴で、優しい味がした。体の奥に、ゆっくり染みていく。
「……うまい」
正直な感想だった。
リリアは少し驚いた顔をしてから、照れたように笑う。
「よかった。あまり自信、なかったので」
沈黙が流れる。
気まずいわけではない。ただ、何を話せばいいのかわからなかった。
先に口を開いたのは、リリアだった。
「……ユウマさんは、遠いところから来たんですよね」
「まあ……かなり」
言葉を選ぶ。
「元いた場所とは、全然違う」
リリアはそれ以上、深く聞いてこなかった。ただ、静かに頷く。
「この村、外から来る人はあまりいません。でも……悪い人たちじゃないです」
その「でも」に、何か含みがある気がした。
食事を終えると、外に出る。小さな村だった。畑を耕す人々。走り回る子どもたち。ユウマを見ると、好奇の視線が集まる。
「……やっぱ、浮いてるな」
ぽつりと呟くと、リリアが首を振った。
「大丈夫です。すぐ慣れます」
そう言いながらも、その声はどこか弱かった。
村の中央広場に差し掛かったとき、年配の男性が声をかけてきた。
「おお、リリア。その人は?」
一瞬、空気が張りつめる。
「……昨夜、森で倒れていた方です。少し、休ませてもらっていて」
男性はユウマをじっと見つめ、何かを測るように目を細めた。
「……そうか」
それ以上は言わなかったが、視線が離れない。
そのとき、ユウマの袖を、誰かがそっと掴んだ。
リリアだった。
ほんの一瞬。
けれど、確かに――頼るような仕草。
ユウマは、何も考えずにその手をそのままにした。
握り返すことはしなかった。ただ、離さなかった。
その温もりが、昨日よりもはっきりと伝わってくる。
この世界での朝。
居場所はまだ、どこにもない。
それでも。
誰かの隣に立っている、という事実だけが、
ユウマの心を、不思議と落ち着かせていた。




