ゆっくりと訪れる。
朝は、ゆっくりと訪れる。
窓から差し込む光は柔らかく、白いカーテンを淡く染めていた。ユウマは先に目を覚まし、隣の寝台に視線を向ける。
リリアは、まだ眠っている。
呼吸は浅く、規則正しいとは言いがたい。それでも、確かに生きている証だった。
――今日も、朝が来た。
それだけで、十分だと思えた。
「……ユウマさん」
小さな声で呼ばれ、彼はすぐに振り向く。
「起こした?」
「ううん……あなたが、起きたのがわかっただけ」
リリアはそう言って、微笑んだ。昔より少し、痩せた気がする。それでも、その笑顔だけは変わらない。
「今日は、いい天気ですね」
「そうだな。畑も、ちょうど水が要らなさそうだ」
当たり前の会話。
特別なことは、何もない。
それが、二人の日常だった。
王都を離れ、二人は小さな町に住んでいる。目立たず、静かで、医者と薬師がいる場所。星渡りの噂は、もう届かない。
リリアの体は、少しずつ弱っている。
それは変えられない。
でも――
「無理、しないで」
そう言うユウマに、リリアは首を振る。
「今日は、ちゃんと元気です」
そう言って、彼の手を取る。
その手は、以前より冷たい。
それでも、離したいとは思わなかった。
昼、二人は並んで食事をする。
午後は、ユウマが働き、リリアは日向で本を読む。
夜は、同じ空を見上げる。
それだけの毎日。
誰かにとっては、短くて、儚くて、足りない時間。
けれど。
「……後悔、してませんか」
ある夜、リリアがぽつりと聞いた。
「帰らなかったこと」
ユウマは、少し考えてから答えた。
「一度も」
即答だった。
「迷うことは、ある。でも……後悔はない」
リリアは、ゆっくりと息を吐く。
「よかった」
そう言って、彼の肩に頭を預けた。
星が、瞬いている。
二つの月は、今日は雲に隠れていた。
限られた時間。
終わりが、見えている未来。
それでも。
誰かと生きると決めた日々は、
確かに「生きている」と言えるものだった。
ユウマは、そっとリリアの手を握る。
彼女は、少し力を込めて、握り返す。
それだけで、
言葉はいらなかった。
星の下で続く日々は、
長くはないかもしれない。
けれど――
その一日一日が、
選び取った答えの、確かな証だった。
これは――ユウマへ宛てた、リリアが残した手紙。
ユウマへ。
これを読んでいるということは、
たぶん私は、もうあなたの隣にはいませんね。
先に謝っておきます。
黙っていて、ごめんなさい。
泣くあなたの顔を、見たくなかったんです。
あなたと過ごした日々は、
私の人生の中で、いちばん静かで、いちばん温かい時間でした。
朝、あなたが先に起きる音。
不器用に作る料理。
星を見上げるとき、何も言わずに手を握ってくれること。
どれも、特別じゃないのに、
全部が宝物でした。
私は、自分の運命を知っていました。
長くは生きられないことも、
あなたがそれを知れば、きっと苦しむことも。
それでも――
あなたは「一緒にいる」と言ってくれましたね。
あの言葉で、
私はもう、十分すぎるほど救われました。
だから、お願いです。
どうか、自分を責めないで。
あなたは何も間違っていません。
私を選んだことも、
帰らなかったことも。
私にとって、
あなたと過ごした時間は
「短かった人生」ではなく、
「満たされた人生」でした。
もし、ふと思い出したら、
星を見上げてください。
私はきっと、
あなたが見ている空と同じ場所で、
笑っています。
ありがとう。
私を見つけてくれて。
一緒に生きてくれて。
あなたの選択を、
私は誇りに思います。
――リリア




