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星渡りの約束  作者: 臥亜


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1/3

星の落ちた夜

帰るべき世界があること。

別れが避けられないこと。

星を越えなくても、世界が違っても、想いは確かに残る。

星の落ちた夜  その夜、空から星が落ちた。  


少なくとも、ユウマにはそう見えた。  


白い光が視界を満たし、耳鳴りがして、次の瞬間には地面に叩きつけられるような衝撃。


アスファルトの冷たさも、クラクションの音も、スマートフォンを握っていた感覚さえ、すべてが途中で途切れた。  


――あ、死んだな。  


妙に落ち着いた思考が浮かんだのを、ユウマはぼんやりと覚えている。  



次に目を開けたとき、そこは夜の森だった。  


湿った土の匂い。遠くで鳴く、聞いたことのない虫の声。頭上には、見慣れない星空が広がっている。


月は二つあった。


大小並んで、静かに光を落としている。


「……は?」  


間の抜けた声が、自分の喉から漏れた。  


体を起こそうとして、激しい眩暈に襲われる。


胃の奥がひっくり返るような感覚に、ユウマは思わず地面に手をついた。


「ちょ、待て……夢、だよな……」  


そう呟いてみても、現実感は消えない。


頬をつねると、しっかり痛い。  


異世界、という単語が頭をよぎったのは、その直後だった。  


漫画や小説で散々見た展開。現実で起こるわけがないと笑っていたはずの出来事が、今まさに自分の身に起きている。  


混乱と不安で胸がいっぱいになった、そのとき。


「……だれ?」  


小さく、怯えた声が聞こえた。  


ユウマが顔を上げると、木々の間からランタンの淡い光が揺れていた。


その光の中に、ひとりの少女が立っている。  


亜麻色の髪が肩口で揺れ、白と淡い青の服が月明かりを受けて浮かび上がる。細い体つき。


手には治癒師が使うものらしい薬籠。  


そして、こちらを見つめる瞳は――驚くほど澄んでいた。


「……怪我、してますか?」  


恐る恐る、といった様子で少女が一歩近づく。  


ユウマは言葉を失った。


あまりに現実離れした光景だったからではない。


彼女の声が、あまりにも優しかったからだ。


知らない世界。


知らない夜。


不安で押し潰されそうだった心に、その一言が静かに染み込んだ。


「……多分。頭、ちょっと……」


情けない声になったのを自覚しつつ、ユウマはそう答えた。


少女はほっとしたように息を吐き、すぐにしゃがみ込む。


「よかった……意識は、ちゃんとしてますね」


ランタンを地面に置き、慣れた手つきで薬籠を開く。


その動作は無駄がなく、それでいて丁寧だった。


「ここ、森の外れなんです。夜に一人でいるのは危ないから……」


「……ここ、どこ?」


問いかけると、少女の動きが一瞬だけ止まった。


そして、困ったように微笑む。


「えっと……アルセリア王国、ルーン地方です」


聞いたことのない名前。


やっぱり夢じゃない、と心のどこかで確信してしまう。


少女はユウマの額に手を伸ばした。


指先が触れた瞬間、ひやりとした感触が伝わる。


「少しだけ、治しますね」


そう言って、彼女は小さく呪文を紡いだ。


淡い光が指先から零れ、ユウマの視界が柔らかく霞む。


頭の重さが、嘘のように引いていくのがわかった。


「……すご……」


思わず呟くと、少女は少し照れたように視線を逸らした。


「見習いなので……これくらいしか、できませんけど」


「それでも、十分すぎる」


心からそう思った。


彼女は立ち上がり、ユウマに手を差し出す。


「歩けそうですか?」


一瞬だけ、躊躇った。


知らない人。


知らない世界。


それでも、その手を取らない理由は見つからなかった。


ユウマはそっと、その手を握った。


細くて、温かい。


生きている人間の体温。


「……私はリリアって言います」


歩き出しながら、彼女が名乗る。


「ユウマ」


それだけ答えると、リリアは少しだけ目を見開いてから、微笑んだ。


「変わった名前。でも……嫌いじゃないです」


その言葉に、胸の奥がかすかに揺れた。


 星が落ちた夜。


元の世界から切り離されたその瞬間に、ユウマはまだ知らない。


この出会いが、帰る場所よりも、守りたい未来になることを。


そして――


この手の温もりが、いつか、失うかもしれないものだということを。


夜の森を抜けながら、二つの月が静かに二人を照らしていた。

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