04. 言葉の代償
(大陸暦927年 —— モナ地方 —— レイナー邸)
十日。 エイリアが憤怒と共にマントを翻して去ってから、十日が過ぎた。
一般人にとっての十日は瞬きする間に過ぎるかもしれないが、俺にとっては至福の長期休暇だった。「看守長」の鋭い視線もなく、抜き打ちテストもない。レイナー邸は俺が切望していた怠惰な平穏に包まれていた。
俺は客間の中央、分厚い毛皮のラグの上に座り、完成したばかりの木製模型の城に囲まれていた。暖炉の火がパチパチと音を立てて心地よい暖かさを放ち、窓の外で猛威を振るう吹雪とは対照的な世界を作っている。
「坊ちゃん、すごいですね! 立派なお城です!」
近くのソファに座り、マフラーを編んでいたセルレーンが微笑みかける。
俺は見上げて、ニパッと笑い返した。 脳内では冷静に計算する。「この城、左翼の構造強度が足りないな。投石機で攻められたら一発で崩壊だ」。まあいい、見た目が良ければそれでよし。
テーブルの上のバタークッキーに手を伸ばし、サクサクと頬張る。濃厚なバターの風味が舌の上で溶ける。
この生活……あまりに完璧すぎる。俺の嘘は予想以上に円滑に機能した。 今頃エイリアは、実在しない「闇の魔術師」を求めて国境地帯をひっくり返しているだろう。誰も捕まるはずがない、犯人は架空の人物なのだから。せいぜい一ヶ月後に手ぶらで帰ってきて、「犯人を見つけられなかった」と俺の頭を撫でて謝り、またこの穏やかな日常が続くだけだ。
俺は自惚れていた。俺は天才だ。あの至高の魔導師さえも手玉に取ったのだから。
ギィィ……
重苦しい音が正面玄関の方から響き、俺の慢心を断ち切った。
客間の空気が一変した。暖炉の炎が弱まり、揺らめく影を壁に投射する。掃除をしていたメイドたちの手が止まり、不安げに玄関を見つめる。
ノックはない。来訪を告げる声もない。
重厚なオークの扉が、外から乱暴に押し開けられた。
ドォン!
極寒の風がホールに吹き荒れ、白い雪片と共に……むせ返るような生臭さを運んできた。鉄錆の臭い。血の臭いだ。
「エイリア様がお戻りになられた!」
マリーが叫ぶ。安堵と恐怖の入り混じった声だ。
俺はビクリと震え、クッキーを放り出した。
エイリアが予定より早く帰ってきた? 何も見つからずに戻ってきたのだろうか。
まあいい。俺は深呼吸をし、襟を正し、髪を整える。叔母の帰りを待ちわびていた「いい子」を演じる時間だ。
俺はペタペタと玄関ホールへ走り、満面の笑みを浮かべ、甘えるように両手を広げる準備をした。
「エイリアおばちゃん! おかえ……」
足が止まった。作り笑いが凍りつき、そして砕け散った。
エイリアがそこに立っていた。敷居のすぐ上に。 豪奢なマントはボロボロに裂け、雪と泥にまみれている。頬はこけ、目の下には深いクマが刻まれていたが、その瞳の奥には狂気じみた炎が燃え盛っていた。
だが、俺の血を凍らせたのはそれではない。
エイリアの左手は太いロープを握りしめていた。そのロープの先は、地面にひれ伏す見知らぬ女の手首に繋がれていた。
女は魔女特有のボロ布のような服を着ていた。顔は痣だらけで、唇はひび割れ、その目は恐怖で塗りつぶされていた。
エイリアは俺を見ない。彼女はロープを乱暴に引き、女を冷たい床に転がした。
「跪け!」
エイリアが怒鳴る。
「だから私は何も知らないって言ってるじゃないか! 頼む、許してくれ!」
女が叫ぶ。恐怖で声が裏返っている。
「術式を。解け。今すぐにだ」
エイリアが一言一句噛み締めるように告げる。足元から冷気が広がり、床石を凍てつかせていく。
「貴様が甥にかけた精神操作の呪いだ。この十日間、貴様の邪悪な魔力痕跡を追い続けてきたのだ。言い逃れなど通用せんぞ」
心臓が早鐘を打つ。全身の血が凍りつくようだ。
邪悪な魔力痕跡? あるわけがない。すべて俺の嘘だ! 間違いない、エイリアは強迫観念に駆られ、焦るあまり、たまたま怪しい魔力を持っていただけの、あるいは運悪くそこに居合わせただけの流しの魔術師を捕まえてきたんだ。
俺は一歩後ずさる。手足の震えが止まらない。
エイリアが俺を見た。眼差しは少し和らいだが、深刻さは消えていない。
「リプス、怖がることはない。こいつを捕らえた。お前の心にかかった呪いを解かせてやる」
「ちが……」俺の唇が震える。
やめろ。彼女じゃない。
だが、その言葉は喉に張り付いて出てこない。
エイリアは再び女に向き直る。ロープを握る手に力がこもる。氷が囚人の左腕を這い上がり始めた。
「私には忍耐というものがない。呪いを解け。さもなくば、貴様の体の一部を一つずつ奪っていく」
「ぎゃああああああ!」
氷が肉を締め上げ、ゆっくりと骨を砕いていく激痛に、女が絶叫する。
「やってない! 誓うよ! その子が誰かも知らないんだ! 確かに私は魔女だが、あんたたちとは何の関係もない! 信じてくれよぉ!」
女は泣き叫び、床に頭を打ち付けて懇願する。額から血が流れ出し、石畳を赤く染める。
俺は立ち尽くしていた。
頭の中で声が叫ぶ。『リプス! 何か言え! エイリアを止めろ! その女は無実だ! 全部お前の作り話だって言え!』
俺は口を開きかける。一歩踏み出そうとする。
だが、別の声が —— 冷酷で利己的な声が響く。
『もし真実を話せば、エイリアはどう思う? お前を嘘つきだと知るだろう。お前が子供の皮を被った怪物だと知るだろう。軽蔑の眼差しでお前を見るだろう。お前はすべてを失う。信頼も、庇護も。最悪の場合……転生者だとバレて殺されるかもしれないぞ』
恐怖が俺を支配する。 俺はこの楽園を失うのが怖い。正体がバレるのが怖い。見知らぬ女の苦痛よりも、エイリアの軽蔑の眼差しの方が遥かに恐ろしい。
俺は、卑怯者だ。
「まだ強情を張るか」
エイリアが冷たく言い放つ。
バキッ。
乾いた破砕音。女の左腕が、完全に青白い氷の塊へと変わった。
「あ、あぁぁ……ヒュー……ヒュー……」
絶叫は消え、極限の苦痛に喘ぐ音だけが残る。女は白目をむき、口の端から涎を垂らしている。
俺は口を押さえ、こみ上げる吐き気を堪える。 その氷の塊を見つめる。あれは俺の作品だ。俺の嘘が凶器に変わり、無実の人間を拷問している。
「次は足がいいか?」
エイリアが手をかざす。
「やめて! 言う! 言うからぁ!!」
女が泣き叫んだ。肉体の限界が、最後の抵抗を打ち砕いたのだ。
「私だ! 私がやった!」
彼女は泣きながら、糸の切れた人形のように何度も頷く。
「あの子に呪いをかけた! 操作したんだ! だから頼む……もう凍らせないでくれ……お願いだ……」
エイリアが手を下ろす。
「いいだろう。解除しろ。今すぐに」
女は震えながら這いつくばる。彼女は何をすればいいのか分かっていない。呪いなど実在しないのだから。彼女は虚ろな目で周囲を見回し、その絶望的な視線が俺の目と合った。
一瞬、彼女の目に哀願の色が見えた。そして、軽蔑の色も。 気づいたのかもしれないし、そうでないかもしれない。だがその視線は俺の心を刺し貫いた。
彼女は大げさな身振りを始め、意味のない呪文を呟き、血で空中に魔法円を描くふりをする。 彼女は知っている。俺も知っている。これは茶番だ。あまりに拙い、悲劇的な喜劇だ。
だが、エイリアはそれを信じる。甥が救われたと信じたいからだ。
「終わっ……た……」
女が力尽きて床に突っ伏す。
「呪いは……解けた……」
エイリアが長く息を吐き出す。重い荷物を下ろしたかのように肩の力が抜けた。 彼女は俺を振り返り、微笑んだ —— あの冷たい顔で、今まで見たことがないほど晴れやかな笑顔を向けた。
「リプス、気分はどうだ? 頭の痛みは消えたか?」
俺はエイリアの笑顔を見る。そして、床で廃人になった腕を抱える女を見る。
「うん……かるく、なった……」
俺は蚊の鳴くような声で答えた。 声が震えていたのは演技ではない。自分自身の卑劣さへの、底知れぬ戦慄だった。
「よかった」
エイリアが歩み寄り、俺を抱きしめる。 彼女の温もりが、今の俺には氷のように冷たく感じられた。
「セラ!」
エイリアが大声で呼ぶ。 医務室の扉が開いた。セラが滑るように出てくる。いつもの不気味な笑みは、眼前の惨状を見て消え失せていた。
「治療しろ。命だけは助けてやれ」
エイリアは冷酷に命じ、俺を抱き上げて階段を登り始める。
「その後、こいつをレイナー領から叩き出せ。二度と私の前に顔を見せたら —— 心臓ごと凍らせてやるとな」
俺はエイリアの腕の中から、後ろを振り返る。
セラが女のそばにかがみ込み、呆れたように首を振っていた。セラの燃えるような赤い瞳が上がり、俺の視線と絡み合う。 彼女はもう、「ヒヒヒキ」とは笑わなかった。全てを見透かしたような、深淵のような瞳でただ俺を見ていた。
寝室の扉が閉まる。
エイリアは俺をベッドに寝かせ、毛布を掛けてくれた。
「もう終わったことだ。ゆっくり休みなさい。邪術は体に障る……たとえそれが、邪術を破るための邪術であったとしてもな」
彼女は明かりを消し、部屋を出て行った。
闇の中、俺はカッと目を見開き、天井を見つめ続ける。
もう終わった? いいや。 まだ何も始まってすらいない。
何も起きてなどいない。 呪いなんて、最初からなかった。
嘘だ。すべてはただの嘘だ。
俺のせいだ。俺が無実の人間を陥れた。
あの女の叫び声、骨の砕ける音、そしてあの偽りの自白が、壊れたテープのように脳内で何度も何度も再生される。
計画は成功したんじゃないのか? 秘密は守り抜けたんじゃないのか? 俺は依然として、愛される「小さな坊ちゃん」のままじゃないか?
小さな坊ちゃん? 皮肉なもんだ。
反吐が出る。 自分が粘ついて、ひどく汚れているように感じる。
俺はゴミだ。前世も、今世も…… ……相変わらず、どうしようもないクズ野郎だ。




