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01. かくれんぼ

(大陸暦926年 —— モナ地方 —— レイナー邸)


寝室の天井は高さ4メートル。淡いクリーム色に塗られ、金箔のつた模様がモールディングに沿って走っている。


2時の方向には、塗装職人の手抜きによる髪の毛ほどの細い亀裂。 9時の方向には、小さな蜘蛛が巣を張っている。


俺はこの天井の隅から隅までを知り尽くしている。それもそのはず、豪華な木のおりに一年以上も軟禁されれば、暇つぶしにできることといえば天井の模様を数えることくらいしかないのだ。


「はぁ……」


一年以上。 この世界で産声を上げてから、もう一年以上が経った。女神もいなければ、白い空間もなく、目の前に便利なRPGのステータス画面が現れることもない。俺にあるのは、このむっちりとした赤ん坊の体と、広大な屋敷に仕える美しいメイドたちだけだ。


そう、美しいメイドたち。


コツ……コツ……コツ……


ほら、噂をすればなんとやらだ。


俺は耳を澄ませる。大理石の廊下から足音が響く。 執事長エイリアの硬い靴音ではない。ドジな見習いメイドたちの慌ただしい足音でもない。 その足音は軽く、柔らかく、それでいて規則正しい。衣擦れの音が微かに聞こえる。


セルレーンだ。


俺は即座に姿勢を正し、手を下ろし、毛布を胸まで引き上げて枕に顔を埋める。顔の筋肉を緩め、目を細めてまどろんだ表情を作る。


開演の時間だ。


重厚なオークの扉が静かに押し開けられる。廊下の光が部屋に差し込み、慣れ親しんだドライラベンダーの香りが漂ってくる。


「リプス坊ちゃん? 起きてますか?」


蜂蜜のように甘い声が響く。 俺は身じろぎをし、目をこすり、ゆっくりと瞼を開ける。二度瞬きをして焦点を合わせ、ベビーベッドの横に立つ女性を見上げる。


セルレーン —— 29歳 —— 俺の専属メイド。


彼女が身をかがめる。淡い紫色の髪が肩に掛かり、端正な顔立ちを少し隠す。 仰向けに寝ている赤ん坊の「ローアングル」視点から見ると、目に入るのはその慈愛に満ちた顔だけではない。白いエプロンが引き締まったウエストを包み込み、自然と持ち上げられた豊かな胸が強調されている。一番上のボタンは今にも弾け飛びそうだ。


傑作だ。


脳内では青年が口笛を吹いて称賛しているが、表向きには「リプス」という名の3歳児がニッコリと笑い、抱っこを求めて両手を広げている。


「セ……レーン……」


俺は完璧な呂律ろれつの回らなさで、愛らしく彼女を呼ぶ。


「あら、坊ちゃん起きてらしたんですね。いい子だこと」


セルレーンが微笑むと、薄暗い部屋が一気に明るくなった気がした。彼女は俺の脇の下に手を入れ、軽々と抱き上げる。 宙に浮く浮遊感は不快だが、その直後に彼女の胸に顔を埋める心地よさがすべてを帳消しにする。


温かい。柔らかい。そして安全だ。 その柔らかさこそが、このクソみたいな世界で唯一意味のあるものだ。


「今日は何をしましょうか? お庭に出ますか?」


セルレーンはそう尋ねながら、手際よくパジャマを着替えさせてくれる。 俺は頷き、再び両手を広げる。


「いく……おそと、いく……」


セルレーンが俺を抱き上げる。俺は彼女の首筋に顔をうずめ、ラベンダーの香りを吸い込む。 安全で、心地よい。


だが今日、そこには俺たち二人以外の先客がいた。


綺麗に剪定され、迷路のように入り組んだ広大な庭園に出ると、一人の人物が待っていた。いや、正確には……オークの老木にだらしなく寄りかかっていた。


エルフだ。


ボサボサの金髪の間から長い耳が覗いている。彼女が着ているのは特注のメイド服だ。なぜなら、標準サイズではあきらかにそのエルフ族の規格外に「豊満」なボディを収めることは不可能だからだ。セルレーンが程よい豊満さだとすれば、このエルフは時限爆弾だ。シャツの第二ボタンは、今にも自由を求めて悲鳴を上げているように見える。


彼女はそこに立ち、半開きの目で大きなあくびをし、ほうきを杖のようにして体を支えている。


「ベル、また居眠りしてたの?」


セルレーンが注意する。 ベルは気だるげに目を開け、電池切れのおもちゃのように抑揚のない声で答えた。


「ちが……私は……自然と、瞑想を……」


ベル —— 庭師メイド —— そのあまりの怠け者ぶりに、セルレーンからは「じっとしていすぎて体に苔が生えるんじゃないか」と冗談を言われるほどのエルフだ。


だが俺の直感が告げている。このナマケモノは、ただ者ではない。


「今日はかくれんぼをしましょう!」


セルレーンが楽しそうに手を叩く。


「ベルも一緒に遊んで、坊ちゃんを見守ってね」


「えぇ……めんどくさ……」


ベルはボソリと呟き、長い耳を垂れ下げた。


「じゃあ、私とリプス様が隠れるから、セルレーンが探して。百万まで数えてていいよ?」


「ダメよ! 坊ちゃんが遊びたがってるんだから。さあリプス、隠れてきて。私とベルで探すから」


セルレーンが俺を芝生に降ろす。俺は目の前の二人の女性を見上げる。 一人は純真で優しい。もう一人は無気力で怠惰。


最高だ。これは遊びじゃない。これは俺への「ご褒美」になる。


「五……十……十五……」


セルレーンが木に顔を伏せて数を数え始める。 俺は即座にモードを切り替える。『かくれんぼ戦術』発動。


闇雲には走らない。一歳の体で長距離走など自殺行為だ。俺はこの低い身長を活かし、足元の覚束ない体で全力を振り絞り、刺のある薔薇の茂みをすり抜ける。かすり傷一つ負わないよう慎重に進み、石造りの長いベンチの下へ潜り込んだ。そこは鬱蒼としたつたに覆われている。


この位置からは庭全体が見渡せるが、外からは葉の緑色しか見えないはずだ。


「リプスー? どこですかー?」


セルレーンが探し始めた。彼女の探し方は、大人が子供と遊ぶ時のそれだ。見えやすい場所を探し、大声で呼びかけ、追跡のスキルなど皆無。


ターゲットA:予測可能。


俺はニヤリと笑い、目の前を通り過ぎるセルレーンを観察する。ベンチの下からの視点は、長いスカートの下の彼女のスラリとした美脚を拝む絶好のチャンスだ。 素晴らしい。「かくれんぼ」は人類の偉大な発明だ。


だが、ターゲットBは? 俺は視線を巡らせてベルを探す。


あのエルフ……消えた?


さっきまであの木の根元で愚痴をこぼしていたはずだ。セルレーンが数え終わった瞬間、彼女も蒸発したかのようにいなくなった。足音もしない。姿も見えない。


妙だ。 背筋に冷たいものが走る。幽霊への恐怖ではない。自分が孤独ではなくなったと気づいた獲物の感覚だ。


「坊ちゃん……」


耳元で、囁くような声がした。 俺は飛び上がりそうになったが、とっさに自分の口を塞いで悲鳴を殺した。


左を向く。 狭いベンチの下、俺のすぐ隣にベルが寝転がっていた。彼女は横向きになり、手で頭を支え、トロンとした目で俺をじっと見つめている。


なんだと!? 俺は極めて慎重にここに潜り込んだはずだ。音も立てずに。どうやってこの巨体のエルフは、俺に気づかれることなく入り込んだんだ?


「ここ、涼しいねぇ……」


ベルがあくびをする。ねっとりとした声だ。


「坊ちゃん、場所選びのセンスあるぅ……」


俺の体は硬直したまま動かない。このエルフ……空気を揺らさずに移動したのか? それは達人級の暗殺者か、神業を持つ狩人のスキルだぞ?


「べ、べる……みつかっちゃった……」


俺はどもりながら、無邪気な子供の演技を維持しようとする。


「うん……」


ベルはこくりと頷き、また瞼を落とす。


「でもぉ……外に出ると日差しが強いし、セルレーンうるさいし。このまま……二人でここで寝てようか?」


そう言うと、彼女は俺の方へとにじり寄ってきた。そして、ここで問題が発生する。 ベンチの下は非常に狭い。ベルの「規格外」のボディが空間のほとんどを占拠してしまうのだ。彼女が身を寄せた瞬間、その巨大な胸部が俺の体に押し付けられた。


柔らかい。とてつもなく柔らかい。だが、息苦しい。


俺の顔は彼女のシャツの張り詰めた布地に埋もれる。草木の匂いと、日向のような匂いがベルから漂ってくる。


「しーっ……静かにね……」


ベルが囁き、目を閉じる。 こいつ……マジで寝やがった!


俺は蔦の壁と、ベルという名の「肉の壁」に挟まれ、身動きが取れなくなった。遠くではまだセルレーンが俺の名前を呼んでいる。


状況:対象ベルによる拘束。状態:行動不能。感想:息苦しいが……至福。


俺は寝息を立て始めたベルの顔を見上げる。無防備で、間抜けな猫のようだ。だが俺は知っている。音もなくここに潜り込むには、怪物レベルの身体制御が必要だということを。


怠惰な怪物。


「ベル?」


小さく呼んでみる。


「すー……」


返事は寝息だけだ。 俺は溜息をつく。いいだろう、もし君が「沈黙」ゲームをしたいなら付き合ってやる。それに、ここで彼女の「財産」を枕にするのも悪くない。


俺は役得とばかりに、その「粘土」を少しだけこねくり回してみる。 本当に柔らかい。こんな重いものを毎日ぶら下げていて疲れないのだろうか?


ベルは死んだように眠り続けている。 しかし、セルレーンが半泣きで俺たちの前を通り過ぎるのはもう三度目だ。


「リプス! ベル! 二人ともどこなの! 怖がらせないでください!」


セルレーンが本気で泣き出しそうだったので、俺はゲームの終了を悟った。俺は指でベルの頬をつつく。


「ベルしゃん……おきて……」


ベルが眉を寄せ、片目だけを開ける。


「んぅ? もう終わり?」


「セレーン、ないてる」


「あー……めんどくさいなぁ」


ベルは気だるげに起き上がり、頭をベンチの裏に「ゴツン」とぶつけたが、痛がる様子もない。彼女は俺の首根っこを子猫のように掴むと、瞬時に茂みの外へと姿を現した。


「ここだよー」


ベルは俺をぶら下げたまま、間の抜けた声で言った。 一体どうなってるんだ? 彼女が茂みから出る瞬間が見えなかったぞ? まさか……縮地か? テレポートか?


セルレーンが竜巻のような勢いで飛んできた。


「ああもう! 坊ちゃん!!」


彼女はベルの手から俺を奪い取り、強く抱きしめた。


「心配で死ぬかと思いました! どうしてそんなに隠れるのが上手なんですか!」


俺はセルレーンの胸に顔をうずめ、反省した表情を作る。


「ごめんね……ねちゃってた……」


俺はチラリとベルを見る。 エルフのメイドは服についた葉っぱを払い、また木の幹に寄りかかって大あくびをしている。自分には関係ないと言わんばかりだ。


だが、俺たちの視線が交差したその瞬間。 ベルの口元がわずかに吊り上がり、ニヤリと笑った。一瞬の、意味深な笑み。それはすぐにまた眠そうな顔へと戻った。


彼女は知っている。俺が何をしていたか。 彼女は寝てなどいなかった。彼女は俺の共犯者になったのだ。


俺は背筋が震えるのを感じた。


この家は……セルレーンは操りやすい慈母だ。だがベルは……冬眠を装った捕食者だ。


「もう、今日の罰として、坊ちゃんはカボチャのスープを一杯追加です!」


セルレーンは涙を拭いながらそう宣言し、俺を抱いて屋敷へと戻る。 俺は素直に頷く。カボチャのスープなら悪くない。


だが今日の収穫はそれ以上のものだ。 俺は庭の地形を把握した。セルレーンの純真さを確認した。そして、ベルという名の「味方」(あるいは危険因子)を発見した。


そして何より……エルフの胸は、噂に違わぬ逸品だった。


俺は目を閉じ、セルレーンの歩調に揺られながら考える。この世界は想像以上に面白い。 エクリプス・レイナーの征服劇は……まだ始まったばかりだ。

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