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今日も魔王は珈琲を淹れる  作者: 秋乃 よなが


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第八話 昔日の友人と優しい紅茶


 昼前の喫茶セピアは、柔らかな陽光に包まれていた。窓辺の観葉植物がゆったりと揺れ、店内には落ち着いたジャズが流れている。カウンターの木目に差し込む光は暖かく、心地良い空気がゆっくりと流れていた。


 ドアベルが控えめに鳴り響く。音に気づいた葵が顔を上げると、杖をついた年配の女性がゆっくりと店内に入ってきた。淡いベージュのコートに薄紫のストールを優雅に巻き、どこか品の良さを感じさせる。彼女は柔らかな笑みを浮かべていた。


「こんにちは。温かい紅茶をストレートでいただけるかしら?」


「いらっしゃいませ。かしこまりました。どうぞゆっくりしていってください」


 葵が視線を送れば、リヴィアスがそれを受け取り無言で頷く。慣れた手つきで紅茶の準備に取りかかった。ポットとカップを温めている内に、茶葉の準備をする。お湯をポットに勢いよく注ぎ、しばらく茶葉を蒸らす。香り高いダージリンティーの蒸気がふわりと立ち昇った。


「わたくし、松永千鶴と申します。あなた、葵ちゃんよね?あなたのおばあさまと昔からの友人です」


 そう穏やかに告げた松永に、葵は少し驚き、その表情を柔らかくした。


「おばあちゃんのご友人、ですか?どうぞテーブル席におかけください」


 ゆっくりと杖をテーブルに立てかけ、椅子に腰を下ろす松永。葵は気遣うように、カウンターから出てきて彼女の着席をサポートした。


「昔、よくこのお店でお茶をしていました。夜遅くまで居座って、語り合ったことも何度もあったんですよ」


 千鶴は少し懐かしそうに目を細める。そこへリヴィアスが紅茶を運んできた。


「そうだったんですね。松永さんから見て、祖母はどんな人だったんですか?」


 葵の問いかけに、松永は優しく微笑みながら答える。


「彼女は本当に心優しく、誰かのために尽くすことを大切にしていました。困っている人がいれば自ら動く、そんな人だったわ。時には自分のことを後回しにしてまで、誰かのために奔走することも多かったんですよ」


 松永の言葉に、葵は静かに頷いた。幼い頃から葵を可愛がってくれた祖母の姿、そのままだったからだ。誰かのために尽くす、祖母。手書きのメッセージ付きの珈琲チケットからも、その人格は伺い知れた。


「そうそう、彼女には秘密主義なところもありましてね。なんでもこのお店に、不思議なお客さんが来ることもあると話していたわね。心を取り戻しに来てるんだって言っていたのを覚えているわ」


 『不思議な客』という言葉に、葵とリヴィアスは目を合わせた。かつて祖母も『情緒更生プログラム』――死後の世界とつながる不思議な制度――を手伝っていたと、初日に成仏案内人が言っていたのを思い出したのだ。


 ここで一口、松永は紅茶を飲む。


「まあ、おいしい。丁寧に淹れてくださったのが分かるわ。ありがとう」


「……ふん」


「こういうときは『恐れ入ります』って言うんだよ、リヴィ」


 真正面からお礼を言われて、リヴィアスは照れくさそうに鼻を鳴らす。そんな彼の様子に、葵はくすりと笑った。


「紅茶なんてね、当時はハイカラな飲み物だったんですよ。それを彼女は他の喫茶店よりも先に出すようになって、こうしてわたくしにも淹れてくれたの」


 そのときの優しい味にそっくり。松永は、そう淡く微笑んだ。


「この紅茶は祖母が好きだった茶葉なんです。私も祖母から淹れ方を教わりました」


「それをあなたが彼に教えたのね。彼女の意思が受け継がれているようで、うれしいわ」


 松永は紅茶の香りに目を細め、優しく口元をほころばせた。


「そういえば彼、どことなく彼女に似ているところがあるわ」


 リヴィアスが驚いたように眉をひそめる。


「口数は多い方じゃなかったけど、真っ直ぐで、優しいところとか、ね」


「俺は…そんなのではない」


「ふふ。そうやって否定するとこも似てる。――ありがとう、葵ちゃん。今日頑張ってここまで来てよかった。あなたと彼に会えて、本当によかったわ」


 松永はそっと葵の手を取り、心の中で葵の祖母との繋がりを感じているようだった。


 昼前の光がゆっくりと昇り、セピアの店内は温かな時間に包まれている。過去の思い出と今の温もりが穏やかに交差し、葵も、リヴィアスも、静かな余韻を噛みしめていた。


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