第七話 恋心と爽やかなメロンクリームソーダ
夕方のセピアには、いつものように心地よいBGMが流れていた。光の加減でカウンターの木目が柔らかくきらめき、リヴィアスはそこで静かにグラスを磨いていた。
そこへ、ドアベルが軽やかに鳴る。
「こんにちはー!」
元気いっぱいに入ってきたのは、制服姿の女子高校生だった。ポニーテールを揺らしながら、リュックを背負ったままカウンター席に腰を下ろす。
「いらっしゃいませ。また来てくれたんですね」
葵が笑顔で迎えると、彼女もニカッと笑った。
「うん!あたし、このお店好きなんだー。静かで、ちょっとレトロで、お姉さんたち、なんか落ち着くし!」
「リヴィのこと、落ち着くって言ったのはあなたが初めてですよ」
「えっ?そうなの?口は悪いけど、いい人っぽいじゃん」
リヴィアスは無言のまま磨いていたグラスを置いた。
「……注文は?」
「メロンクリームソーダで!」
満面の笑みを浮かべながら、彼女はリュックを椅子の背もたれにかけ、制服のポケットからスマートフォンを取り出していじり始めた。が、彼女の指先がふと止まり、ふっと表情を曇らせ、画面をそっと伏せる。
そして、カウンター越しのリヴィアスを見上げた。
「……あのさ、お兄さん。ちょっと恋の相談、乗ってくれない?」
「今は手が離せん」
「ドリンク作り終えてからでいいから!」
「………」
「お兄さんが相談相手にすごくぴったりなんだよー!」
「……はあ。ちょっと待て」
リヴィアスは手早くメロンクリームソーダを仕上げる。バニラアイスとさくらんぼのシロップ漬けを添えて、女子高校生の前に差し出した。バニラアイスの甘い香りがふわりと漂い、ソーダの泡がグラスの縁で弾けている。
「それで?なんだって?」
「…あのね、同じクラスの男子が気になってるんだけど…その子、全然女子と話さなくてさ。無愛想ってわけじゃないけど、なんか距離を取ってる感じ?」
そう言って、彼女は指先でグラスの縁をなぞるように動かす。
「……お前はその男のどういうところに惹かれたのだ?」
「うーん…いつも静かで、誰かに流されたりしない感じのところかな。あと、動物にめっちゃ優しくてさ。野良猫が木に登って降りられなくなってたとき、助けてたんだよね」
「ならば急いで近づく必要もないだろう。そういう者は警戒心が強いが、時間をかければ信頼もする」
彼女はしばらく目を見開いてから、ふっと息を吐いた。
「そっかぁ。気になってるって気づいてから、焦ってたのかも。他の女子より一歩リードしたくて、どうしたら仲良くなれるかばっか考えて、話しかけなきゃ!って思ってた」
「必要なのは距離感と継続だ。目立つ必要はない。ただ、傍にいると気づかせることだ」
女子高校生はメロンクリームソーダを一口飲み、目を閉じた。
「……やっぱお兄さんに相談して正解だった。冷たそうに見えるけど、ほんとは優しいよね」
「…ふん。言葉は選んだつもりだ」
「あたしの担任より説得力あるかも!」
明るく笑う彼女に、葵は小声で呟いた。
「リヴィ、なんだか最近はカウンセラーみたいですね」
「違う。俺は店員として真面目に働いているだけだ」
いつの間にか彼は、自分がセピアで働くことを当たり前のように受け入れていた。
そしてメロンクリームソーダを飲み干した彼女は、立ち上がり、リュックを背負い直した。
「また来るね!次に来るまでには、ちょっと勇気出してみる。挨拶くらいはしてみよっかなって!」
「……それでいい」
女子高校生はぺこりとお辞儀をし、会計を済ませて、ポニーテールを揺らしながら笑顔で店を出て行った。
ドアが閉まったあと、葵はちらりとレヴィアスを見る。
「リヴィ、全然『貴様』って言わなくなりましたね。すごい進歩です」
「それは褒めているのか貶しているのかどっちだ」
「褒めてるんですよ、もちろん。今度は『君』とかどうですか?」
「……それは気持ち悪い感じがするな」
リヴィアスの心底嫌そうな声に、葵はくすくすと笑った。
夕方の光に包まれた店内で、メロンクリームソーダのグラスに残った氷が爽やかに音を立てた。




