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【没】  作者: 中毒のRemi


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3/7

第3話 ......私なんか死んじゃえ、ばーか

 いやいやいや……

 一瞬だけ取り乱したけど、普通に考えて本物なんて可能性は万に一つもありえない。

 

 あの天野シオン本人が、私なんかとL◯NEを――?

 ……そんな偶然が起きる世界なら、もう神様だってVTuberを推してるに違いない。

 

 これはきっと、なりきりチャットなる文化のソレだ。


 私はやった事ないけど、L◯NEでそう言うことを楽しんでいる人達が一定層いるのは理解している。

 月宮さんもその類の人なのだろう。

 

 とはいえ、やってる事はシオンちゃんの名を騙っているのと変わらないので、心境的にはだいぶ複雑だ。

 月宮さんは初めてまともに話す事ができた、数少ない……というか1人しかいない友達なのだ。

 これくらいは目を瞑るとしよう。


「着ぐるみショーが始まっちゃいますし、そろそろ行きますか〜」




 ---



 時は三日目が終わり、そして翌日の四日目。

 後夜祭の最後を飾るホールイベントも終了して、もうすっかり夜の風に溶けていた。


 スマホが指し示す時間は21時ちょうど。

 私はキャリケースの車輪を転がしながら、バスターミナルへと続く駅前の通りをゆっくり歩いていた。

 出発は22時半――それまでの小さな空白の時間を、どう埋めていいか分からないまま。


「今日も楽しかったし、ライブも凄く熱かったなぁ……」


 私はそんな事を呟きながら、無意識のうちにL◯NEを開いた。


「あっ、また私は……」


 自分自身に呆れ苦笑する。


 ……このスマホを立ち上げて、L◯NEを開くという作業。

 もう今日で何度やっているか本当に分からない。

 それもこれも、月宮さんからL◯NE交換を迫ってきたというのに、一度も私にメッセージを送ってくれないせいだ。


 なんというか……あれだけ話した後なのに、まるで忘れられたみたいで、とても寂しいというのが今の私の想いかもしれない。

 ……認めたくないけど。

 

 こんなアプリを立ち上げるだけの無駄な作業は止めて、自分からメッセージの一つでも送れば良いという話ではある。

 丁度ぶいフェスも終わった後だし、話題に尽きることは無いだろうから。

 ……それでも、自分からメッセージを送るなんて事は出来ないのだ。


「わっわぁ!?」


 そんな事を考えながらスマホを覗いていると、丁度電話が掛かってきた。

 相手は天野シオンと書いてあった。


 私は手に汗を滲ませそれを緊張しながら、電話に出るをタップした。


『あっ、もしもし? アカネちゃん聞こえてる?』

「は、はい。聞こえます!……その、どうかしましたか?」


 月宮さんは相変わらずミ◯キーのような高音の声であった。

 中々にふざけた声で喋ってる彼女だけど、不思議と私はその声を聞いて安心できる。

 昨日の2時間が、夢じゃなかったと確信できるからだ。

 

『いやさ、フェスも終わったし折角だから、近くのカフェにでも行かないかなって思って』

「カフェですか?! い、行きたいです!!」


 言葉では行きたいと言ったけど、本音は行きたくない。

 だってこの服装だし……


 でも、折角あっちから誘ってくれてるのに、それを断るなんて絶対にできない。

 

『ああ良かったよかった。昨日だけじゃまだ話し足りなかったし――っていうか、まだ電車とかバスに乗って帰ったりしてないよね?』

「私は22時30分の夜間バスに乗って帰るので、それまでなら付き合えます!」

『おっけ〜。私もあんまり時間取れないし、場所をメッセージで送るから、今すぐ来てねー!』


 その明るい声を最後に、通話がぷつりと途切れた。

 画面を見下ろすと、すぐに新着メッセージの通知が浮かぶ。

 そこには小さな地図のサムネイルと、**「カフェ・オルビス」**の文字。

 場所を開いてみると、駅から徒歩五分もかからない。

 

「これは……現実…………?」


 息を呑む。

 胸の奥が熱い。

 心臓が高鳴っているのを感じる。

 

 私はスマホをスリープ状態にして、画面を自分のおでこに押し当てた。


「今日は本当に……最高の日です」


 小さく、噛みしめるように呟いた。

 

 私の人生において、これ以上の幸福が訪れることを考えられないくらい、月宮さんからの誘いはありがたい。

 一度会っただけの女の子に、ここまで依存してしまっているのは、絶対に自分でもおかしいと分かっているけど、それでもそれを差し置きたくなるくらいには嬉しかった。

 

 まさかこの私が友達と、カフェでお話する機会に恵まれると思っていなかった。

 もはや、今から彼女と会話を終えた後の事を考えてしまうレベルである。


 胸の奥をくすぐる幸福と同時に、ほんの少しの怖さが混ざる。

 ――もし、カフェでするのが最後の会話だったら。

 ――もう二度と会えなかったら。


 そんな想像をしただけで、胃の奥がひゅっと冷える。


「いやいやいや……」


 私は頭を何度も横に振った。

 心拍を整えようと、深く息を吸い、吐く。

 そして、できる限りの笑顔を鏡代わりのスマホに映してみせた。

 

「こんな気持ちで会いに行ったら、嫌われて本当に会ってくれなくなるかもしれません! 落ち着いてクールに行くんですよ、私!!」


 そしてスマホの光を頼りに、私は指定されたカフェへと歩き出した。


「なんなら、私の人間性に惚れさせるくらいの気持ちで行ってやりましょう!!」

 



 ---




 店の前には既に月宮さんが立っていた。

 街灯に照らされる青メッシュの髪が、夜風にふわりと揺れる。

 今日は少しラフな服装――黒のスウェットにデニムスカートだった。

 昨日とは多少服装が違うけど、少し髪の派手さがあるせいで見間違えたりしない。


 彼女はスマホを弄りながらも、私が近づく足音に気づくと顔を上げた。

 

「す、すみません! お待たせしてしまって……」

「ううん、いま来たとこだから気にしないで」

「それは良かったです……」


 そう安堵していると、彼女は顔を近づけてきて、微妙そうな顔で私の姿をジロジロと見始めた。


「ねぇ、昨日と姿変わってなくない? もしかしてお風呂入ってないの?」

「な?!――失礼な人ですね! ちゃんと毎日お風呂に入ってますから!!」


 思わず声が裏返った。

 すると彼女は口元を手で覆って、くすっと笑う。

 

「冗談冗談。アカネちゃんが緊張してるように見えたから、ちょっとそれを解そうと思っただけだよ」

「う、うぅ……んん…………」


 この人は初手で何かやらないと気が済まないのだろうか……とも思ったけど、私が無意識のレベルで距離を取っていたと、彼女に思われたのかもしれない。

 今のはそれを気遣っての発言なのだろう。


 こんな気遣いをさせてしまうなんて……

 ここへ来る前に、惚れさせるなんて意気込んでた自分が恥ずかしくなる。


 そんな事を考えていると、月宮さんが私の手に優しく触れてきて、手を引いてくれた。

 

「外で話すのもアレだからさ、中に入ろう?」

「……はい」




 ---




 カフェの中は、静かなジャズが流れていた。

 夜にしてはまだ客も多く、カップの触れ合う音や甘いクリームの香りが心を落ち着かせる。


 メニュー表を手に取ると、あれもこれも美味しそうで決められず、私は少しの時間、迷いに迷うこととなった。

 初めてきた人間特有のアレと言ってしまえばそうなんだけど、自分でやってて恥ずかしくなる。

 その様子を見ていた月宮さんが、ふと笑みを浮かべる。

 

「これ、美味しいらしいよ。せっかくだし、同じの食べよ?」


 そう言って指差したのは、ショーケースにも並んでいたフルーツショートケーキ。

 白いクリームの上に季節の果実が彩りよく乗っている。


「じゃあ……それで」


 私が頷くと彼女はウェイターを呼んで、手際よく注文を済ませた。

 その慣れた仕草が妙に眩しく見えた。

 

 やっぱり、彼女とは世界が違うんだな……――という思考が頭をよぎったけど、それは頑張って胸の内に仕舞う。

 こんな事は今考えて良いことではない。


 月宮さんはメニュー表を置いて私の方を見た。


「で、アカネちゃんはフェスを楽しんでくれた?」


 ――楽しんでくれた。

 まるで主催者のような言い方に一瞬違和感を覚えるが、その柔らかな笑顔に、そんなことはどうでもよくなる。

 

「はい!本当にとても楽しかったです!!」

「ちなみにどんなところが良かった?」

「それはやっぱり……シオンちゃんのステージです! 歌もダンスも圧倒的で、照明と演出も完璧で……っ」


 そしてここでまた私は言葉が止まらなくなった。

 オタクの早口語りで、フェス中の良かったことや、シオンちゃんの凄いところ、ライブ中にずっこけて可愛かったところ、ラストの曲を全ライバー達で歌いあげたことの熱さを、私が一方的に語った気がする。

 月宮さんはそれをとても笑顔で相槌を打ってくれたり、フルーツが届いてからはそれの話題に飛んで美味しいお店の話にもなったり、今度一緒に別の店にも行ってみようという話にもなったりした。


 ……なんというか、月宮さんのこういうところは尊敬するし羨ましいとも思うし狡いとも思う。



 ---



 時間は21時30分を回っていた。

 店内の照明が少しずつ落ち着いた色に変わり、窓の外の街が静かに眠り始める。


 私はフォークを皿に置き、ぽつりと呟いた。

 

「私ってどうしたら、シオンちゃんみたいなピカピカと光ってる側に行けるんでしょうね……」

「えぇ? 天野シオンって吸血鬼設定だから、眩しいところとか好きじゃないと思うんだけど……光ってる側?」

「そういう意味じゃなくて!」

「うんうん?」

「なんというか、こう……ざっくり言うと、人気者とか、陽キャとか、会話のセンスとか……そういう総合的な“眩しさ”です」


 月宮さんは一瞬考えるように目を細め、それから軽く笑った。

 

「別にシオンなんか目指さなくても、アカネちゃんは充分面白い子だと思うよ」

「……“なんか”って何ですか、“なんか”って。月宮さん、シオンちゃんのこと詳しいくせに、ところどころ辛辣というか――」


 続きを言いかけた瞬間、彼女が右手で制してきた。

 

「あっ、ちょっと待って。一回L◯NE確認させて」

「は、はい」


 その何気ない仕草に、胸の奥が少しだけざらついた。

 スマホを構える彼女の顔を見つめながら、私は小さく唇を噛む。

 

 ……別に会話をしながらでも、L◯NEくらい弄れるだろうに。

 わざわざそんなに力を入れて、連絡を取らなければならないほどの相手なのだろうか。

 

 なんて思ったけど、これは私に友達がいないから理解できない、優先度の違いというものなのかもしれない。

 月宮さんからすれば私は、昨日今日の付き合いでしか無いんだし。

 そう考えれば、納得がいく。


 ……それでも、胸の奥がちくりと痛んだ。


「ちょっと……う〜ん。これはまずいかもぉ……」


 眉間を指で押さえながら、月宮さんが小さく唸る。

 その声色には冗談めいた軽さと、かすかな焦りが混じっていた。

 

「ど、どうかしましたか?」

「いやね、たぶん喋ってられる時間が、あと10分くらいっぽくて」

「……そうですか」


 私は月宮さんのその言葉を聞いて、少しだけがっかりした。

 私はもっと話していたかったから。

 でも、彼女にも事情があるのだから仕方ない。


 私はフォークの先で皿の苺を転がしながら、小さく息を吐いた。


「じゃあ月宮さんは、もうここからいなくなっちゃうんですね」

「うん。本当は今すぐに行かなきゃなんだけど……」


 そう言いながら、彼女はまた私を見た。

 じっと。

 長く。


 その視線が痛いほどまっすぐで、息が詰まりそうになる。

 まるで何かを言いかけて、言葉を飲み込んでいるような――そんな迷いを帯びた眼差しだ。


 カフェの時計の針が静かにひとつ動いた。

 その小さな音がやけに耳に残る。

 

「まぁでも、限界までいるつもりだから、もう少し話そうよ」

「……はい」


 自分でも声が少し掠れていたのがわかった。

 だけどそれはどうにもできなかった。


 彼女との時間がもう終わってしまう。

 それだけの事実が、胸の奥にぽっかりと穴を穿つ。

 誰かと過ごした“楽しい時間”が終わる瞬間――それがこんなに苦しいなんて、知らなかった。


 そして、きっとその揺らぎを彼女は見逃さなかったのだろう。

 私の表情の隙間を読み取ったように、月宮さんが少し真面目な声で口を開いた。


「…………残りの数分間で聞きたいことがあるんだけど、いい?」

「え?……あぁ、はい。なんでもどうぞ」


 その時、胸の奥に小さな警鐘が鳴った。

 月宮さんの口調には、さっきまでの軽さが微塵もない。


「一応、保険かけとくけど」

 

 彼女は指先でカップを弄びながら、目線を落とした。

 

「これは、アカネちゃんが本当は聞かれたくない話だと思う。でも、どうしても必要だと思ったから訊く。本当にいい?」


 まさかの念押し。

 それだけで喉がひゅっと細くなる。


 残り時間はあと数分。

 そんな限られた時間で、彼女は何を私から引き出そうというのだろう。

 胸がざわめいた。


「大丈夫です。……月宮さんとは暫く会えないと思いますし、私が口にできる事ならなんでも話しますよ」


 大丈夫。

 失うようなものなんて、もうない。


 けれど、次の言葉は――想像の遥か上を飛び越えてきた。


「じゃあ聞くけど」

 

 彼女は静かに私の目を見据える。

 

「アカネちゃんさ――学校に行くつもり、ないの?」


「う、うぇっ!?」


 まさかの予想の斜め上の言葉で驚いてしまった。

 

「私は勿体無いと思うんだよね。あんたがこの先、ずっと家で腐ってると思うと余計にね」

「…………」


 言葉を失う。

 でも彼女の話は一方的に続いた。

 

「行こうよ、学校に。もっとあんたが真剣に向き合えば、絶対に楽しめるところだと思うよ。私が保証する」

「…………」

「それにね、もしこのまま高校に通わなかったら、将来が――」

「――――――ッ!」


 ――私は我慢できなかった。

 

「い、行きません!! 絶対に!!!」


 言葉の勢いに、自分でも驚く。

 でももう止められなかった。

 胸の奥で何かが弾けて、堰を切ったように溢れ出す。

 

「アカネちゃん……」

「なんでお別れ前の最後に聞くことがそれなんですか……酷いですよ…………」


 月宮さんとの暫くの別れに対する憂鬱と、友達に一番指摘されたくなかった部分を言われてしまったからだろうか。

 私は自分でも分かるくらい顔から涙を溢れさせていた。

 頬からぽとぽとと粒が落ちていく。


 ……お別れの最後くらいもっと楽しい話をして終わりたかった。

 たぶん彼女が最初で最後の友達になるからという想いもあったから。


 それなのに、なんで。

 なんでこんな話を今するんだろう。


 月宮さんはそんな私の涙を、真正面から見つめていた。

 慰めるでもなく、焦るでもなく。

 ただまっすぐに。


「私は真剣だよ」


 その静かな声が、私に怒りの火を点けた。

 私は勢いよく立ち上がり、椅子の脚が床を鳴らす。

 

「真剣な人が何でそんなふざけた声で話すんですか!!!」

「…………」

「私のことを思うなら、ちゃんとした声でそれを口にして下さい!!!!!」


 彼女の声について指摘したからだろうか。

 月宮さんは、何も言わなかった。

 

 ただ唇をわずかに動かしかけて、でも言葉を飲み込み、視線を落とした。

 その長い睫毛が伏せられた瞬間、私の胸にまた小さな棘が刺さった。


「……私は、月宮さんにどれだけ何を言われようとも――」

 

 私は息を整え、喉を震わせる。

 

「というより親や家族、その他の誰に言われても。絶対に、学校に行くつもりはありません」

「……そっか」


 その月宮さんの一言が、どうしようもなく淡々としていた。

 まるで諦めのようでもあり、相槌を打っただけの拒絶のようでもある。

 たぶんどちらでもなくて――ただ、彼女らしい優しさの限界なのかもしれない。

 

「…………でも、そうですね……」


 彼女の言葉は私の心を大きく傷つけた。

 

 ……だけど、こんな事で月宮さんとの関係を終わらせたくない。

 学校に行かないのは私自身が悪くて、彼女の指摘はもっともなモノであるからだ。


 月宮さんとはこれからも友達でいたい。

 ――だから私は、涙でまだ熱い頬を手の甲で拭いながら、苦し紛れの一つの冗談を言うことにした。


「…………絶対に――ぜっっっったいにそんな事は起こらないと思いますが、一つだけ私が学校に行く道というか、条件もあったりします」

「……うん、それを聞かせてよ」

「それは――シオンちゃんが私に名指しで『学校に行こう?』と誘ってくれたら、頑張って学校に行きます……たぶん」


 言ってから、自分でも馬鹿みたいだと思った。

 現実逃避にも程がある。

 でも、泣いてばかりのまま終わりたくなかった。

 

「え?」


 彼女の顔が一瞬だけ驚きに染まり、それから――

 くすり、と小さく笑った。


「なら、アカネちゃんは学校に行かないとだね」

「は?」

「私のもう一つの名前が――天野シオンだから」

「まだふざけるつもりですか? ……正直私はL◯NEの名前をシオンちゃんにして、なりチャするのはどうかと思いますよ」

「へー、L◯NE交換した時に何のアクションもないから信じられてないとは思ったけど、なりチャって解釈してt――」


 月宮さんが続きを言おうとしたその時――


 カフェの扉が、爆ぜるような音を立てて開いた。

 

 そこに立っていたのは、20代後半くらいに見える金髪の女性で、表情は相当お怒りな形相のソレだった。

 

「つぅぅぅきぃぃぃみぃぃぃやぁぁぁ!!!!!」

「うーわ、出た……」


 金髪の彼女は迷いなく歩み寄り、私達のテーブルの脇まで来ると、怒りを押し殺した低い声で一言。


「見つけた」


 次の瞬間、月宮さんの頭に拳骨が落ちた。

 ごつん、と鈍い音が鳴る。

 反射的に私は目を瞬かせた。


「えぇ???」


 反射的に私は目を瞬かせる。


 頭上から降ってきた一撃に、月宮さんが両手で頭を押さえた。


 全く状況が理解できない。

 ただ知り合いっぽいので、私はそれを見守ることにした。

 

「痛ッッッた!!」

「あなたって子は、また突然いなくなったと思ったら、こんな場所でほっつき歩いて! もし何かあったら私の首が飛ぶのよ?!」

「金原さん、そんな怒らないでよぉ。友達とちょっとお茶してただけじゃん〜」

「……聞きたいんだけど、何その声?」


 その疑問には、月宮さんが指をくるくると周りに回転させながら、どこか芝居がかった調子で返した。


「それは察して欲しいかも」

「あっそ……あなたは自覚ないようだから一応言っておくけど、普通にこんなこと続けてたら絶対にあなたの首も飛ぶわよ? いいの?」

「待って待って!ガチ説教は後にして!!」

「それもそうね。()()の方も待たせてるし、じゃあ行くわよ」


 金原は静かな声音でそう言うと、迷いの欠片もない手つきで私の前に一万円札を置いた。

 ひらりと舞う紙幣の端が、エアコンの風に揺れる。

 そして次の瞬間、月宮さんの首根っこを掴み、容赦なく引っ張り始めた。


「え、ちょま――」

「いいえ、待たない」


 抵抗の余地も与えず、月宮さんの身体が軽々と引きずられていく。

 カフェの床を擦る靴音が、やけに遠く感じた。


 そのまま扉の向こうに二人の背中が消えていく。

 鈴の音が一度だけ鳴り、静寂が残る。


「あぁ……行っちゃった」


 私はそれをただ、呆然と見送ることしかできなかった。

 冷めたコーヒーの香りが胸を刺す。

 

 …………もう本当に、自分が嫌で嫌で仕方なかった。

 どうして、最後まで素直になれなかったんだろう。

 どうして、あんな言い方をしてしまったんだろう。


「……はぁ、なんでこうなっちゃうんだろ」


 自分の愚かさの重みに耐えきれず、私は机に突っ伏した。

 熱い何かが込み上げてきて視界が滲む。

 

 ……必死に堪えようとしたのに、我慢しようと思ったのに……

 視界が滲んで、数えきれないほどの涙が、テーブルに落ちていく。


 もう限界だった。


「…………私なんか死んじゃえ、ばーか……」

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