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第9話 一時的な帰還/二人の時間

 クロハに抱きしめられ、ひとしきり泣きじゃくったハイルは、落ち着きを取り戻していた。

 落ち着いたハイルは、状況を把握する為にクロハに話を聞いた。


「そうでしたか……ご心配とご迷惑をおかけして、すみません……」

「そんな事、気にしないで……? むしろ、私こそごめんなさい……ハル君を守らなきゃいけないのに、危険な目に遭わせちゃって……」

「いえ、僕の方こそ……」


 二人の間に沈黙が流れる。


 お互いがお互いを思い合っているがゆえに、謝罪が重なり、少し気まずい空気となってしまった。

 だが、その沈黙をクロハの明るい声が破った。


「よし! お風呂に入ろう!」

「え?」

「重たい気持ちとか苦しい気持ちとか、汗と一緒に全部洗い流しちゃお♪」

「そう……ですね。それじゃあ先、クロハさん──」


 どうぞ、と言おうとした瞬間、クロハがその言葉を遮り──、


「一緒に入るよ♡」


 と、満面の笑みで言い出した。


 ☆ ♡ ☆


「うぅ……どうしてこうなった……」


 脱衣所にやって来た二人。


 今、ハイルの目の前ではクロハがなんの躊躇いもなく服を脱いでいた。


 明るい緑のブラジャーとパンツ。そして、黒タイツ。ガーターベルト。

 そんな扇情的な姿を、クロハは惜しげもなくさらけ出している。


「ん? ほら、ハル君も脱いで?」

「は、はい……」


 言われるがまま、ハイルは服を脱いでいく。

 一糸まとわぬ姿になったハイルを、クロハは下着姿のままジッと見つめてくる。


「これが男の子の……初めて見た……」

「っ!? ど、どこ見てるんですか〜〜!!」


 パンツを脱いだ瞬間を狙われたので、大事な所を隠す事ができていなかった。

 その為、クロハに男の大事な部分をガッツリ見られてしまった。


 ハイルは顔を真っ赤にして、股間を隠す。


「どこって、男の子のおち──」

「言わなくていいですからぁ! ほら、早く入りますよ!」

「は〜い」


 ハイルは先に浴室の中へと入った。

 後ろで着崩れの音を聞きながら。


 ☆ ♡ ☆


「それでクロハさん」

「な〜に?」

「なんで僕の目の前に座ってるんですか!?」


 浴室に入った二人。

 ハイルはバスチェアに座っているのだが、そのハイルの前に、クロハが膝立ちになっている。

 ハイルはタオルを下半身にかけているが、クロハは何も隠していない。

 丸見えの状態だ。


「なんでって、そんなの決まってるじゃない♪ ハル君の体を洗ってあげる為だよ〜♡」

「いや、いいですから! 子供じゃないんだから、体ぐらい自分で洗えます!」

「ハル君は子供でしょ?」

「うぐっ……まぁ、そ、それはそうなんですけど……」


 ハイルとしては、そこをツッコまれると何も言い返せなかった。

 本来は大人と言えど、今のハイルは完全に子供の姿。

 しかも、クロハはハルの正体がハイルだと知らない。

 よって尚の事、クロハに『ハル君は子供でしょ』と言われてしまうと、ハイルは何も言えなくなってしまう。


「よし、それじゃあお体洗いましょうね〜♪」

「はい……」


 結果、ハイルはクロハに体を洗われるのを黙って耐えるしかなかった。

 一部に熱が集まらないように集中しながら。


 ☆ ♡ ☆


「ふぅ〜……気持ちいいね〜……」

「は、はい……」


 体を洗われる羞恥の時間が終了し、二人は湯船に浸かっていた。


 クロハがハイルを抱きかかえる状態で湯船に浸かっている為、ハイルの背中にはクロハの大きな胸が当たっていた。

 いや、当たっていると言うより、押し付けられていると言った方がいいだろう。


「むむむ……」

「ん? どうしたのハル君?」

「なんでこの体勢なんですか……?」

「だって〜この方が一緒に入ってるって感じするでしょ〜♪」

「普通は向かい合って入るものでは……?」

「まぁ、うちのお風呂そんなに広くないし……」

「いや、でも……」

「あ。もしかしてハル君」

「ん?」

「おっぱい見たかった?」

「なっ!?」


 クロハの言葉に、ハイルは驚きクロハの方に顔を向ける。


「もう〜それなら言ってよ〜。さっきはずっと目を逸らしてたから見たくないのかと思ったじゃ〜ん」

「い、いや──」

「それじゃあ、向かい合おうか。おっぱい、見せてあげる♡」

「こ、このままでいいですーーーーー!!!」


 結局、背中に抱きつかれたままの体勢での入浴となった。


 むぎゅ♡ むぎゅ♡ ぎゅ〜〜〜♡♡♡


「ん……んん……あ、あの〜」

「ん?」

「なんでそんなにくっついてくるんですか……?」

「ん〜……」


 クロハは、ハイルの肩に顎を乗せてくる。


「ちょ、ちょっと──」


 ふざけるのもいい加減に、と言いかけてハイルはとある事に気が付き、口を噤んだ。


「……………」


 ハイルを抱きしめるクロハの手が、震えていたから。


「クロハ、さん……?」


 ハイルは震える手に、そっと自身の手を重ね合わせ、前を向いたまま後ろのクロハの名前を呼ぶ。

 すると、クロハが弱々しい少し震えた声で話し始める。


「私ね、怖かった……すごく怖かったの……」


 ハイルは何も言わずに、クロハの言葉に耳を傾ける。


「自分の目の前に、ボロボロになったハル君が飛んで来た時、頭が一瞬にして真っ白になった……」


 クロハは、ハイルを強く抱き寄せる。


「ハル君が死んじゃう……ハル君が死んじゃうって……すごく、すごく……すごく怖かった……」

「すみません……」


 ハイルはクロハの手を握り、小さく呟く。


「ううん。ハル君は悪くない……。前にさ、私がハル君に言った事覚えてる……? 人には言いたくない事の一つや二つくらいあるって」


 ハイルはクロハの言葉を。初めて会った日の事を思い出した。


『もしかして……ダンジョンであった事、聞いちゃいけない感じ、だったかな……?

 あ、え、えと! 気にしないで! 誰にだって言いたくない事の一つや二つはあるから!』


「はい。覚えています」

「あれね……実は、私の事なんだ……」

「クロハさんの……?」

「うん……」


 ハイルを抱く力が強まる。


「私達の前にB級のモンスターが現れた時、本当はね、一瞬で倒せる方法があったの……。でも、私は使うかどうか迷ったの。みんながいたから……みんなの前で使いたくないって、思ったから……」


 クロハの手の震えが強くなり始めたので、ハイルは少しだけ強く握る。

 すると、安心したのか震えは徐々に収まっていく。


「私ね……みんなに言えない事が、いっぱいあるの……こんな人に命を預けるなんて、嫌だよね……」

「そんな事ありません」

「ハル君……」

「クロハさんが言ったじゃないですか。人には言いたくない事の一つや二つくらいあるって。別に、なんでもかんでも自分の事を話す必要はないと僕は思います。だって、その秘密を知らないからと言って、クロハさんを信用できない理由にはなりませんから」

「ありがとう……。でも、私のその秘密のせいで、みんなに怪我を負わせちゃった……」

「クロハさん……」


 ハイルの優しい言葉を受けても、クロハの心は晴れない。

 ハイルの優しさは十分過ぎるほど身に染みているのだが、後悔と自責の念が強すぎて、クロハは明るくなれなかった。


 そんなクロハの様子を受け、ハイルは思った。


 言わなきゃいけない。

 ここで、自分の事について少しでも。

 声が出なくても、言葉を紡げなくてもなんとかして伝えなきゃならない。


 秘密を抱える事は、悪い事ではないのだと言う事を。


「ぼ、僕!」

「っ?」


 突然大きな声を出したハイルに、クロハは驚きながらも優しく抱きしめ続きを待つ。


「だ、ダンジョンでこ──」


 殺されかけた、と言おうとするが、やはり声が出ない。

 だが、それは承知の上。

 ハイルはどうにかして伝えようと考える。そして、一つ思いついた。


「だ、ダンジョンで、し、死にされかけたんです……」

「死にされかけた……? もしかして、殺されかけたって言いたい?」

「っ! っ!」


 クロハの尋ねに、必死に首を縦に振り首肯するハイル。


 そう。ハイルが考えたのは、事実の部分の言葉を変え、存在しない言葉を紡ぐこと。

 そうすれば、察しがいい人であれば、意味合いが通じる。

 賭けだったが、問題なく言葉を紡ぐ事ができ、さらにはクロハはその言葉の意味を理解してくれた。

 今のハイルには、それが何より嬉しかった。


「つまり、ハル君はダンジョン遭民ではなくて、ダンジョンの中で誰かに殺されかけて、あそこに倒れてたって事……?」

「はい。その通りです。誰にやられたのか、どうしてそうなったのかについては、すみません……。まだ、話せません……」

「ううん。気にしないで。辛いこと、思い出させてごめんね……話してくれてありがとう」

「僕の事、信用できなくなりましたか?」

「え……?」

「ダンジョンで起った事は伝えました。ですが、それに至った経緯や相手が誰なのか、僕は秘密にしました。そんな秘密を抱える僕を、クロハさんは信用できなくなりましたか?」

「そんなの、なる訳ないじゃん……! 例えどんな秘密があったとしても、私はハル君を信じてる……!」

「はい。僕も、同じ気持ちです。そしてそれは、あの場にいたみんなもそうです」

「ハル君……」


 ハイルは、クロハの腕をぎゅっと握りしめ──、


「クロハさんにどんな秘密があっても、それが何個だろうと、みんなクロハさんを信じている。だって、僕達は仲間、なんですから」


 ハイルは伝えたかった。

 仲間とは、無条件に信じ合えるものなのだと。

 仲間だから隠し事はなしとか、そういう事ではなく、秘密を互いに抱えながらも背中を預け、共に戦う。

 それが、真の仲間なんだと。

 だから、そこまで思い詰めなくていいと。

 ハイルはそう伝えたかった。


 そして、その気持ちはクロハの心にしっかりと届いた事だろう。

 その証拠に、ハイルの耳元ではクロハの嗚咽が聞こえている。

 ハイルはクロハの腕を優しく握りしめ、優しく撫でてやった。

 クロハの嗚咽を、しっかりと受け止めながら。


 ☆ ♡ ☆


「ハル君、何飲む〜?」

「じゃ、じゃあお水で……」

「は〜い」


 お風呂から上がり、リビングに戻ってきた二人。

 ハイルはベッドの上に座っていて、クロハはキッチンにいた。


「く、クロハさん……」

「ん〜?」

「なぜ服を着ないんですか……?」

「ん? だってお風呂上がり暑いじゃん? だから、少しの間裸でいようと思って♪ あ、でも、パンツは穿いてるから全裸じゃないよね♪」

「そういう問題じゃない気が……」


 クロハは薄い緑のパンツを穿いただけの格好。

 その格好でうろついているので、ハイルは目のやりどころに困っていた。


「よいしょ。はい♪」

「あ、ありがとうございます……」


 ベッドに座るハイルの隣に座るクロハ。

 水を受け取り飲み始めるが、隣で大きな胸を揺らしながら水分補給をするクロハがどうしても気になり、ついついチラチラ見てしまう。


「ぷはぁ〜。よし。じゃあもう寝ようか。明日も早いからね」

「明日はダンジョンに?」

「ううん。ギルドにね。ハル君が目覚めた事の報告と、今後の対策会議があるから」

「なるほど……そう言えば、僕はどれほど眠っていたんですか?」

「二日間よ」

「そんなに……」

「うん……すっごく心配だった……」

「すみません……」

「ううん。ハル君が眠っている間、ギルドでも対策に動いていてね、今はS級モンスターの調査もハイルさんの捜索も、一時的に中止になってるの」

「そうなんですか?」

「うん。調査と捜索をするにしても、もう少し対策を練る必要があるから」

「なるほど……じゃあ、明日の会議で色々決定する感じですかね?」

「うん。そうだと思う。だから、今日は明日に備えて、早く寝よう?」

「はい」


 そう言って、クロハは明かりを消す。

 そして、ベッドに横になり、布団を捲る。


「おいで♡」

「っ……は、はい……」


 丸出しのおっぱいが見えたので、ハイルは目を逸らしながら、一緒に寝るしかないと諦め、素直に布団の中に横になる。


「んふふ♡ お休み、ハル君♡ チュッ♡」

「っ!? お、お休みなさい……!」


 布団をかけられ、お腹を優しく叩かれた後、クロハはハイルの額に軽くキスをした。

 突然のキスに驚いたハイルは、クロハに背を向けた。

 そして、照れた顔を見られないように手で覆い隠した。


「んふふ♡ (可愛いなぁ〜♡)」


 そんなハイルを見て、恋する乙女の表情を浮かべた後、クロハも眠りに就いた。


 しばらく、緊張で眠れなかったハイルだったが、隣でクロハの寝息が聞こえてくると安心したのか、心地よさそうに深い眠りに就いた。

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