ちゅきちゅきご褒美デート
海浜駅。いつも潮風の匂いがする。
駅の中には屋根があるから、日陰は涼しくてここで休憩したいと思った。
「あ! いたいた。海くん!」
未来さんだ。けれど今、僕のことを?
「今、海って呼んだ?」
つい、思ったことを口に出してしまう。嫌われないか心配だ。
「イヤだった? 未来さんっていつも呼んでくれるから。私だけ七瀬くんだと変だと思って......」
「全然! むしろ嬉しい」
でも、それじゃあ、未来さんと僕がカップルだと思われないかな。今日行く場所はいかにもデートの定番だし。
未来さんは素敵な女性だから。僕とは釣り合わないから。さすがに失礼じゃないか? 今日だって、私服が可愛い。服の明るい色が未来さんのピンク髪と似合っていた。
「未来さん服似合ってます」
「ありがとう! 海くん、じゃあ行こっか?」
電車の停車音が鳴っていた。僕達は電車の中に入る。
電車の中は程々に空いていた。それが結構意外だった。けれど窮屈は感じなくてこっちの方がいいかな。
「こっち~」
未来さんが小声で喋る。男なんだから、僕がリードしたい。僕が彼女の手を引く機会はこれから訪れるだろうか。
リードされてる自覚はありながらも、二人で座席に腰を置く。お互いに笑い合った。なんだろうこの気持ち。未来さんとは初対面な気がしない。
「私達ってカップルみたいだね」
「へ?」
「これから水族館行っちゃったら、人からそう見えてるんじゃないかな」
「......未来さんと僕じゃ釣り合わないと思うけど」
自虐交じりに言ったそれは、間違いなく本音だ。
「それ。本気で言ってます?」
そう言うと未来さんは顔を近づけた。
「海くん、頑張ってるもん」
未来さんの逆鱗に触れたような、そんなつもりはなかったけどそう思った。けれど続いた言葉には温もりがあった。
「距離、近くないですか......?」
僕はおずおずと声を出した。情けない声。
「ご、ごめんなさい!」
未来さんは離れる。その仕草すら可愛いと思ってしまう。
今日は波瀾万丈な一日になりそうだと僕は予感した。
海浜駅の隣はみらい駅だ。2分もあればすぐ停車する。今日はそこにある水族館に行く予定だから、隣にある駅で降りるのだ。
「未来さん、やっぱりいい天気ですね」
天気は調子が良く、日差しがやや強いが、未来さんは大丈夫だろうか?
「夏だねー。海くん」
「暑いですね。未来さん」
「うん。暑い」
そう言う未来さんの笑顔は可愛かった。その笑顔は桃色の髪の影になっていて青のコントラストに綺麗に映えてる。
僕は本当にそう思う。可愛いなと。
「何処か休憩する?」
「いいよ。海くん。気を遣わせてごめんね」
「大丈夫ならいいんだ」
ちょっとした気遣いだったけど、未来さんがそう言うなら仕方ないな。
「未来さん。それじゃあ水族館に行こう」
「はい!」
みなとみらい水族館は土日は混んでいる。海の近くにある水族館ってだけで色々な人が集まってくる。僕の所見はそんなところだ。
水族館につくなり、彼女は水族館のチケットを渡した。
「ええ? 未来さん?」
これはリードどころか、ダメ男の鏡じゃないか。
「私が誘ったから。それに海くんのこと好きだし」
「す、好き!?」
一体全体どういうことだ。
冷静になる。未来さんの好きは、僕を仕事仲間として好きという事だろう。
息を呑む。感情を排している。
「......そういう意味なら、僕も未来さんのこと好き、かも」
「......え?」と言って、その柔らかな頬が赤くなる。
......それはどうして?
いつから僕たちは出会っていたのだろう。
水族館の受付を済ませた。
受付を進むと広場になっていて、色々な出店が並んでる。
開けた空間だから陽光が当たる。いつもならその暑さに朽ち果てるかもしれないが、潮風が程良い涼しさを与えるのが少しの救い。でもやっぱり夏って感じ。
このデートの状況。僕のイメージを払拭するべき提案が思いつかない。
それは僕が弱いからだ。未来さんにリードされまくってる。
考える。この暑さ。
いや待てよ。これは利用できるかもしれないな。
「暑いですね。未来さん!」
二度同じ言葉を交わす。
「......はい」
未来さんに『つまらない男でごめんなさい』と、心の中で謝る。
「アイス、食べませんか?」
「めっちゃいいですね!」
未来さんはキラキラ目を輝かせた。
「未来さん食べたいアイスはありますか?」
「もう決まってます!」
「いらっしゃいませ」と、店員さんが微笑む。人と向き合う仕事の人は皆格好いい。
「綿菓子とシーソルトソーダのレギュラーダブル、ワッフルコーンでください!」
注文早! レギュラーダブル? ワッフルコーン? フレーバー自体は分かるけど、聞いたことない言葉だ。
「彼氏さんは何にします?」
「僕はバニラで......」
「カップとコーン。どっちにします?」
「カップでお願いします」
店員さんは慣れた手つきでレジを打った。
「お会計1210円になります」
財布を手に取り、お金を出す。金で解決するなんて思わないけど、これが未来さんへの少しの気持ちだ。
二人でベンチに座る。未来さんと僕はアイスを食べていた。
「彼氏なんて言われて、海くんやるね」
そう言ったのは未来さんだ。
「ハハ。言ったとおりになっちゃいましたね」
僕は少し嬉しかったけど、未来さんは少し嫌だったかもな。
「そ、れ、よ、り! アイス、シェアしませんか?」
「シェアですか?」
僕は変哲のないバニラだけど。共有するのか?
「嫌?」
彼女は上目遣いで問う。
「全然! いいですね」
僕を待ってたと言わんばかりに。そう聞くと嬉しそうに未来さんはスプーンをとって、『僕の口にアイスを向けた』。
「み、未来さん!?」
「はい! あーん」
僕は戸惑うまま口を開けてアイスを飲み込む。
体の中は熱いのに、口の中は冷たい。
「美味しい?」
「美味しい」
もう無茶振りには慣れた、といいたいけど少し恥ずかしい。
「じゃあ海くんも食べさせてくれますか?」
これはやるしかないな。腹を括る。そう決めた。
「どうぞ未来さん」
そう言って僕は未来さんにスプーンに乗ったアイスを差し出した。
パクッと未来さんはそれを食べた。
「水族館のアイス屋さん。よく来るけど、バニラは食べたことなかった! めっちゃ美味しい!」
僕たちは水族館で魚を見ていた。すごく大きかったり、小さかったり、単色の魚も居れば、極彩色で縞を重ねた魚も居て、海の生態系の偉大さがしっかりと伝わってくる。
「メンダコ、好きなんですよね」
彼女はそう言った。
「メンダコは確かに可愛いと思う」
未来さん。趣味が女の子なんだな。
「海くんも分かりますか? すごく嬉しいです!」
「深海の生き物って響きがいい」
「深海に降るマリンスノー。ロマンありますよね」
マリンスノーか。マリンスノー?
「水中の生き物の死骸が海に分解され、雪のように積もっていくんです」
それはまたロマンチックな話だな。
「みなとみらいに来てから、ずっと一人ぼっちにならなかったのは、海が近くに居たからなんですよ」
彼女は呟くように言った。
それにどうしてだろう。内心がチクリと痛んだ。
ペンギンを見た。餌やりの係の人かと思ったのか、近くに寄ってきたみたいだ。すごく可愛かった。
昼は二人でレストランに入った。またシェアしたけど、やっぱりちょっと恥ずかしかった。
イルカショーはずぶ濡れになって未来さん笑ってたっけ。
そんな風に楽しい時間は刻一刻と過ぎていった。
「海くん。ちょっとトイレ!」
「了解! おみやげコーナーに居ます!」
お土産コーナーに来ていた。小物がいっぱいあって、他にもぬいぐるみとか色々並んでる。
そうだ。未来さんに何かプレゼントしよう。
プレゼントっていうのは気持ちが大事だ。受け取った人が嬉しいと思う物で。
僕はどデカいあれにした。
「お待たせ! ってそれ......」
未来さんは驚く。未来さんには大きかったかな。
「メンダコのぬいぐるみです。要りませんか?」
誰かが息をのむ音。
「すっごく嬉しい!」
未来さんはメンダコを受け取った。
「未来さんに似合うかと思って」
......メンダコ可愛いしな。
「家に飾ります! ......ありがとう」
未来さんは普段見たこともないような、けれど優しく微笑んだ。
帰り道、夕日が眩しい電車の中で、未来さんと大事な話をした。
「未来さんってどこかで会ったような気がする」
知りたいことが口からすっと出た。その数秒の沈黙は電車に揺さぶられ、ガタゴトと消える。電車の中には僕たち以外、人は居なかった。
「私知ってるの。海くんって......」
それで知ってしまった。いや、思い出していた。
「昔遊んでた。幼馴染みだよね」




