ワクワク☆新天地
みなとみらい駅。昼間はキラキラとした光沢を帯びた青い海が綺麗な駅。夕方は赤く姿を変えるし、夜は昏くて何か大きな物に飲み込まれそうな雰囲気がある。
僕はその駅が好きだ。彼女の居る街が。
みなとみらい駅を出て数分歩くと、海が見える。
炎天下の中で僕は浜辺に来た。この街の海は有名だから。
実際行ってみると、波が音を立てて打っていて、海水が宝石を飲み込んでるようにキラキラ光って、それがとても綺麗だった。数分くらい、僕はただ海と空の合間をぼーっと見ていた。
「うわっ」
一陣の風が吹いた。途端、声が聞こえた。女の子が麦わら帽子を風に奪われたみたいだ。
僕は駆け出して、潮風に乗る帽子を手に取った。
女の子が走ってくる。
「ごめんなさい」
「大丈夫、無事に取り返したから」
女の子は不思議そうに帽子を受け取った。
「だってほら、風に奪われたでしょ?」
「......それ、面白いですね」
桃色の髪が揺れ、女の子が笑った。なんか素敵な笑顔だ。
女の子はゴミ袋を持っている。
「ゴミ拾いしてるの?」
「はい! ボランティアです」
「なんかイメージと違う」
ピンク髪ってもっとだらしないイメージがあったな。
「これは当然の務めです」
フフンと鼻を鳴らし、胸に手を置いた。
「まだ学生くらいの年に見える......」
僕と同い年くらいに。
「学生でもあります。だけど、仕事もしています」
「アルバイト?」
女の子は少しむーっとした表情をした。
「アルバイトだけど、プロのつもりです」
女の子は声を小さく、少し恥ずかしそうに言った。
「......何の仕事だろう?」
「興味あります?」
「少しだけ」
女の子はリュックの中のクリアファイルから、無地にプリントしてある何かの紙を取り出した。
「なら! このチラシを受け取ってください」
そのチラシには、純喫茶のような建物の入り口と上品な文字で『cafe sea salt』と書かれている。
「『cafe sea salt』?」
「はい! 私は『cafe sea salt』で働いてます」
「商売魂、たくましいね」
「これも仕事なので」
女の子はにっこりと微笑んだ。
僕はチラシを持っていたことに驚きつつも、その純喫茶に興味が湧いた。
「その喫茶店、行ってみてもいい?」
女の子はとびきりの笑顔を見せた。
「是非いらしてください!」
燦々と照りつける日差しが眩しくて目を閉じた。
――十分前。
「『cafe sea salt』までご案内致します!」
女の子は喫茶店まで案内してくれるらしい。なんか最近のカフェはそこまでするのかって感じだ。
「到着しました!」
僕は建物を見る。写真と瓜二つの外観に僕は嬉しくなった。
「到着かあ」
「えへへ。お外は暑かったですよね......。それでは中へどうぞ!」
少し自分自身に緊張を感じながらも、僕は装飾された扉に手をかけた。
内装は清潔だった。ガレージ雰囲気の壁紙が貼られ、ローテーブルに長細いチェアがいくつもある。僕はその中の窓辺の席に座り、景色を眺める。ここからは海が見えて、さっきまで居た砂浜も見える。僕は素敵だな、と思った。
僕は水色と白のストライプ柄のメニュー表を見た。
オムライスにシーフードパスタ、ラムネ、コーヒー、シーソルトアイスとストロベリーサンデー。
......なんか騒がしいメニューだな。
ただ、統一感はなくとも海沿いのカフェらしいメニューだ。
メニュー表を吟味しているとドタバタと走ってくる、それなのになぜか柔らかい足音と共に、女の子の声が聞こえた。
「ご主人様! 長旅、ご苦労様です! 私は『cafe sea salt』に仕えるメイド、未来と申します」
僕は少し驚きを感じながらも、その場で1つの結論に至った。
その水色のリボン。
その白と黒のドレスに。
喫茶sea saltで働く女の子――未来さんはメイドであるということに。
「びっくりした」
「びっくりしますよね......」
未来さんはちょっとがっかりしたように肩を落とした。
それにしても、未来さんって、名前にみなとみらい駅の未来が入ってるんだ。
「びっくりしたけど、すごいよ! メイドさんって」
「え? そうですか......?」
「うん。友達の友達が米津玄師ってくらいすごい」
「全く伝わりません......」
未来さんは目を瞑って、うなだれた。
それはそう。突然言い出したから。自分でも何を言ってるかわからない......。
「それより、ご主人様! 今日は何か食べていきますか?」
「ああ。そうだった」
何を食べようか決めているところだったが、未来さんが可愛くてすべて真っ白になってしまった。
自分自身、まさか人助けしたのがメイドさんだったなんて思わなかった。驚いてる。
「よければ、一緒にメニューを確認しませんか?」
その一言にドキッとした。
「え? えへへ。よろしく」
すごいなメイドカフェって。素直にそう思った。
無論、鼻の下など伸びていない。本当だ。
「それじゃあメニュー紹介しますね。隣いいですか?」
ふーっと鼻息荒く未来さんは隣に移動した。
彼女は僕に寄り添う形でテーブルに寝かせたメニュー表を見ていた。
そう寄り添う形で。
僕はすぐ違和感の正体に気付く。
柔らかい1つの感触。それは女の子のおっぱいだった。
ふと思う。未来さんは気づいてないのか? それとも痴女なのか?
横を、気づかれないようにそーっと見た。未来さんはにっこり笑っていた。それが可愛い。可愛いのだが、少し危ない雰囲気だと思った。
それで、そーっと原因の凶器をバレないように見た。柔らかい感触はあの豊満な巨乳の仕業か......。ほんとデカいな。
だから、本人も当たってる事に気付かないのだろう。
「オムライスは私が絵を描いちゃいます!」
ダメだ。話が頭に入って来ない。僕は焦燥と煩悩でカラカラの頭を必死に稼働させようとするが、うまくいかない。
そのまま、僕は未来さんに、講ずる手もなく、説明は淡々と進んでいった。
「以上で説明は終わりますね」
「あ、あの、み、未来さん......!」
言うか躊躇う。言ったら、今日会っただけ。それだけの関係になにかしら亀裂が入ると思った。
でも、言わなきゃ。
「どうしたんですか? ご主人様?」
いつの間にか渇いた口が開く。
「あ、あの、お、おっぱい」
緊張した口角が不思議と歪んでしまう。この先は予測すると修羅場だ。
「え? きゃっ!」
未来さんの顔が赤くなる。それは僕も同じだ。
「あ、あの! い、言おうとしてたんですけど、言うタイミングが思いつかなくて!」
「......はい」
「決して、『柔らかい感触を楽しんでいた』とかじゃなくて!」
「......え?」
まずい。未来さんの顔から笑顔は崩れない。たださっきとは似ても似つかぬ威圧感がある。きっと怒ってるんだ。どうしよう。
「私のおっぱい、そんな柔らかいですか?」
「え? いや......」
やっぱり痴女なんだろうか? いや、冗談。この雰囲気じゃそれすら言えない。
「ご注文は?」
「えっ、えーと」
これはなんて言ったらいいんだ? 未来さんって言えばいいのか? いやでもここは何か頼んでさっさと帰ろう。
「コーヒーを1つだけ」
「アイスですか? それとも、ホットですか?」
「ア、アイス」
未だに渇く喉。緊張で声が震えていた。
「かしこまりました。......それと」
未来さんがくるんと回って厨房に向かっていく。
「許したわけじゃないです。責任取ってください」
最後にそう言った。振り返った未来さんの顔は紅潮して、やけにいじらしくみえた。
メイド喫茶というものが、ここまで緊張するものだと思わなかった。辺りをブルーに染め上げる沈黙、それについて考えても、『ここはそういう場所なのか?』と疑問に思ってしまう。
楽しめないのは、おそらくはさっきの不可抗力のせいなんだと思うけど、それに対するアンサーが見つからない。
ふと考えが、頭の中を駆け巡った。
......いや素直に謝ればいいのか。僕はまず未来さんに謝らなくちゃいけない。それをするために、未来さんと話をしよう。
「ご主人様! 店......妖精さんにコーヒーをオーダーしてきました!」
僥倖≪ぎょうこう≫というやつか。彼女から話しかけてくれた。嬉々として笑い駆け寄ってくる彼女に自分は安堵した。いや、ここはメイド喫茶なのだから、きっと彼女から話しかけてくれるものなのだろう。
でも、このチャンスをものにしなきゃいけない。ひょんなことから仲良くなったこの少女、未来さんに謝るチャンスは一度きりかもしれないのだから。
「未来さん」
「はい。何でしょうか?」
「さっきはごめんなさい」
未来さんの笑顔は崩れない。それが未来さんの仕事だから。
さっきから、ずっと笑顔だ。こういう人を怒らせると怖いし、もう今、僕は未来さんを怒らせてるのかもしれない。
「ただの客とメイド、さらに言えば今日初めて会った関係だけど。未来さんとはもっと仲良くなりたいと思いました」
未来さんは笑みを浮かべる。それは不敵な笑顔だった。
どうしてだろう......。とても同い年には見えない。
「私が最後に言ったことは覚えていますか?」
「ええっと......」
記憶をさかのぼる。といっても、それは印象に残る発言だからすぐわかった。
「『責任』ですよね......?」
「ご主人様正解です!」
なんでだろう。今の未来さんは、すごい悪女っぽい。彼女に遊ばれてる気がするけど、さすがに僕の勘違いだよな。
本題に戻ると、一体その『責任』という言葉に何の意味があるんだろう。
なんで今その言葉を覚えているのか聞くのだろう。
というか、責任ってなんだっけ?
僕はとうとう渦巻、羅列される責任のゲシュタルトに対して意味が分からなくなってしまった。
「私はご主人様に『責任取ってください』と言いました」
だから今、僕は責任の答えを探している。
「その言葉の真意。気になりませんか?」
「気になります」
僕は考えるよりも先に口を開いた。
黄昏に染まる海、夕闇はとうに時刻を示していた。
ふと考え込んでいた。空っぽになったコーヒーの器を見て。
それより少し前、未来さんは、僕が頼んでいたコーヒーを運んでくれた。
コーヒーの味が分からない僕でも、そのアイスコーヒーは美味しいと思った。
それを飲んだ後、未来さんが「ちょっと待ってくださいね」と言って厨房に向かった。すると、厨房から一人の綺麗な女性が出て来た。
おそらく、これが今日最後の修羅場なのだろう。
「未来がお世話になりました。それで君は面接希望ということでいい?」
容姿端麗という言葉がよく似合う、黒髪の女性、年は僕より、2歳上くらいに見える。未来さんとの決定的な違いはメイド服じゃないことだ。
この女性がアイスコーヒーを作っていたのか。
「はい.......」
未来さんが言った責任とは、それは『cafe sea salt』で働いて欲しいということだった。
未来さんと働くのは楽しそうとは思うけれど。
ただ、「何で僕なんだろう?」と、ふと疑問に思った。
「ちょっと遅いけど面接を始めようか」
灯さんはそう言った。
『cafe sea salt』の奥にある部屋で数分、その女性と話をした。
「私の名前は星奈灯。よろしくお願いします」
話と言っても、会話内容は灯さんの質問に僕が答える、というものだった。
「自己紹介をお願いします」
「七瀬海と言います。17歳です。学校は海浜高校に転校するつもりです」
「海浜高校は未来も通ってるよ? あの子と同い年なんだあ」
「やっぱり......」
他愛のない話も少しした。
「それで疑問なんだけど、なんで入りたいと思ったの?」
自分にはその動機がないと思っていた。でも今なら分かる気がする。
「このカフェ、最初は純喫茶かと思って入って、実はメイドカフェだったけれど、それでも素敵な所だと分かって、この店で働きたいと思いました」
「ふーん」
灯さんは感情が要らないと言うように、興味がなさそうに相槌を打った。
そしてかれこれ数分。
「君、採用」
至ってシンプルな返事が来た。
「特に問題起こしたりしなさそうだし、未来の紹介だからね」
灯さんがそう言った時、未来さんは笑っていた。
「それに今、人手不足でさ。さっきは『素敵なところ』なんて言ったけど、ウチは過酷だよ?」
「頑張ります!」
僕はこうして海沿いの喫茶店で働くことになった。
この作品はフィクションです。実在の人物や団体とは関係ありません。




