File9.人気VTuberがしゃどくろの正体バレ対策とペルソナ再構築について
「――というわけでして。このままでは、わたくしの『中の人』が、わたくし自身であることが特定されてしまいます……!」
事務所の床に置かれた巨大なスピーカーから、鈴を転がすような、しかし切羽詰まったソプラノボイスが響いた。今回のクライアントは、『がしゃどくろ』。戦場で無念の死を遂げた者たちの骸骨が集まって生まれた、巨大なあやかしだ。
そして彼は、現代においてもう一つの顔を持っていた。
「チャンネル登録者数200万人……超人気VTuberの『ほねみ・♡・キュルル』、か」
オサキがタブレットに表示したのは、ピンク色の髪にフリルのドレスをまとった、可憐な美少女アニメキャラクターだった。がしゃどくろは、この愛らしいアバターを使い、その巨体からは想像もつかないような愛らしい声で、ゲーム実況や歌配信を行い、絶大な人気を博していたのだ。
「しかし、最近アンチの活動が活発化し、『中の人の声紋分析』や『配信部屋の物音の特定』などを進められ、正体に迫られつつある、と」
「……はい。先日も、配信中に思わず『ガチリ』と骨の鳴る音をマイクが拾ってしまい、コメント欄が『今の音なに?』と騒然となりまして……。もう、精神的に限界です」
これは、極めて現代的な悩みだ。彼が守りたいのは、プライバシーだけではない。ファンが愛する『ほねみ・♡・キュルル』という、丹精込めて作り上げたペルソナ(人格)そのものだ。正体がバレれば、全てが崩壊する。
「承知しました。問題の根幹は、あなたの『リアル』と『バーチャル』の乖離が激しすぎること。そして、その『秘密』を、守るべきリスクとしてのみ捉えている点にあります」
私はスピーカーに向かって、静かに告げた。
「ご提案します。その秘密、『リスク』ではなく、『最高のエンターテイメント』として、こちらから能動的に公開していくのです。アンチの暴露を、我々の手のひらで踊る茶番へと変えてしまいましょう」
私のコンサルティングは、守りの姿勢から一転、超攻撃的なPR戦略へと舵を切るものだった。
一、ティザーコンテンツの投下。
まず、キュルルちゃんの配信で、意図的に「意味深な伏線」を散りばめる。「最近、身体が大きくなった気がする」「本当の私を見たら、みんな驚いちゃうかも」といった、ファンの考察を煽るような発言を繰り返させる。
二、技術的アップデートと『新形態』の準備。
次に、あやかし専門のCGクリエイターチームと連携。がしゃどくろの動きを完璧にトレースできる、最新のモーションキャプチャースーツを開発。そして、彼の巨大な骸骨の姿を、スタイリッシュかつ美麗に3Dモデル化した『覚醒形態』を極秘に制作する。
三、暴露イベントの企画と実行。
そして、チャンネル登録者数200万人記念の特別ライブ配信を企画。『ファンの皆へ、大事なご報告があります』と告知し、注目度を極限まで高める。
配信当日、アンチたちが「ついに正体を暴いてやる」と息巻く中、キュルルちゃんは涙ながらに語り始める。
「わたくし……みんなに隠していたことがあります……! わたくしの、本当の姿を……ご覧ください!」
その言葉と共に、画面は光に包まれ、愛らしい美少女の姿から、超絶クオリティで描かれた巨大で荘厳な骸骨のアバターへと変身を遂げるのだ。
「な……! わたくしの、この恐ろしい姿を、エンタメにしろ、と!?」
「恐ろしい、ではありません。『荘厳で、孤高で、そして最高にクール』なのです」
私は断言した。
「ファンは、あなたの秘密に幻滅などしない。むしろ、そのギャップに熱狂する。アンチの暴露は、この壮大な『新章開幕』の前座となり、完全に無力化されるのです」
運命のライブ配信。その同接数は、日本のVTuber史上最高記録を叩き出した。
計画は、完璧に成功した。
『覚醒形態』が披露された瞬間、コメント欄は「えぐい」「カッコよすぎ」「そういうことかよwww」といった驚きと称賛の嵐に包まれた。
『キュルルちゃん、実は巨大骸骨だった』という事実は、スキャンダルではなく、『最高にエモい公式設定』として、ファンに熱狂的に受け入れられたのだ。
アンチたちは梯子を外され、逆に「最高の演出をありがとう」と、手のひら返しで称賛する始末だった。
後日。事務所に、巨大な桐の箱が届けられた。中には、禍々しくも美しい、一本の巨大な肋骨が納められている。
「さて、九十九さん。お待ちかねの報酬です」
オサキが、少し興奮した面持ちで言った。
「クライアントより、『不退転の御骨』を頂戴しました」
「効果は?」
「はい。がしゃどくろの身体の一部であるこの御骨を、重要な会議や交渉の場に『置く』だけで、その場にいる全ての者に対し、見えざる圧倒的な威圧感と、有無を言わさぬ説得力を与える、とのことです。どのような無茶な要求も、相手は『なぜか分からないが、断ってはいけない』という気分になる、と」
これは、交渉術や論理を超越した、究極のプレッシャーツール。これ以上の切り札はないだろう。
私はその巨大な骨を、丁重に事務所の金庫へと仕舞った。
「さあ、次の準備だ」
「承知いたしました。次はUMA案件です。クライアントは『ネッシー』」
「あの、ネス湖のか。国際的な案件だな」
「はい。ですが、悩みは少々ローカルでして……」
オサキは、少し言いにくそうに続けた。
「『長年、ネス湖の主として地域経済に貢献してきたのに、最近、湖に現れた外来種の怪獣に人気を奪われ、立場がない。往年の人気を取り戻すためのコンサルをお願いしたい』……とのことです」
どうやら次は、スコットランドの湖を舞台にした、ローカルUMAの人気回復プロデュースを手掛けることになりそうだ。
私の仕事は、国境さえも越えていく。
面白い。実に、面白い。




