File7.名家の座敷童とサステナブルな幸福実現のための業務改善について
鎌倉の高級住宅街。その一角に、まるで時代劇のセットのような壮麗な武家屋敷が佇んでいた。名家として知られる、長谷部家の本邸。今回のクライアントが住まう場所だ。
「……お待ちしておりました」
通された広大な客間で、我々を迎えたのは、美しい友禅の着物をまとった少女だった。第一話で会った『おハナ坊』とは明らかに違う、気品と、そして深い疲労を漂わせた座敷童。名を、『千代』という。
「九十九様。単刀直入に申し上げます。わたくし、もう限界なのです」
彼女の悩みは、我々が通常扱う「経営不振」とは真逆のものだった。
「長谷部家は、わたくしの力もあって、代々栄華を極めてまいりました。しかし、現代当主の代になってから、その『願い』が……あまりに多すぎるのです」
彼女は、青白い顔で指を折り始めた。
「当主様は、今期の事業で過去最高益を。奥様は、ご自身のブランドをパリコレに出展することを。ご子息は、超難関の医学部に現役合格することを。お嬢様は、全国バレエコンクールで優勝することを……。その他、親戚一同からの細々とした願い事も合わせれば、枚挙に暇がございません」
「なるほど」
私は手元の資料と彼女の話を照らし合わせる。
「典型的な『サクセス・バーンアウト』ですね。成功体験が過剰な要求を生み、リソース供給が限界を超えている。あなたの『福をもたらす力』は、無限の魔法ではない。有限の、そして消耗する『経営資源』です」
「けいえい、しげん……」
「はい。そして今、その資源管理と、ステークホルダー、すなわちご家族との期待値調整が完全に破綻している。このままでは、あなたの霊力は枯渇し、最悪の場合、消滅の危機に瀕します」
千代は畳に視線を落とし、小さく震えた。彼女に必要なのは、精神論ではない。明確な、業務改善プランだ。
「ご提案します。これより、長谷部家に『幸福実現のためのリソース・マネジメント・システム』を導入します。あなたの『福』を可視化し、その配分を最適化するのです」
私のコンサルティングは、神聖な「祈り」の世界に、無慈悲なまでの「ビジネスフレームワーク」を持ち込むものだった。
一、霊力の可視化。
まず私は、長谷部家の当主夫妻の前で、千代の霊力を特殊な霊紙に投影して見せた。それは、まるでスマートフォンのバッテリー残量のようなゲージで表示されている。
「これが、千代様が一年間に生成できる『福』の総量です。ご覧の通り、残量はすでに15%。このままでは、年末を待たずして枯渇します」
「なっ……!?」
自分たちの幸運が、有限のエネルギーによって賄われていたという事実を突きつけられ、夫妻は絶句した。
二、願い事のプライオリティ付け。
次に、私は家族会議を開かせた。テーブルには、家族全員の「願い事」を書いたカードが並べられている。
「全ての願いを叶えることは不可能です。今期、長谷部家として達成すべき最重要目標(KGI)は何か。皆様で議論し、優先順位をつけていただきます」
最初は揉めていた家族も、「医学部合格は、我が家の将来にとって最重要だ」「パリコレ出展は、来期に回してもいいのでは?」と、次第に建設的な議論を始めた。これは、家族という名の『経営会議』だ。
三、SLA(サービスレベル合意書)の締結。
最終的に、私は長谷部家と千代との間で、霊的な契約書を交わした。
・年間の『福』の供給量の上限を定める。
・『事業成功』のような大規模案件には、年間予算の40%を消費する、といった形で、願い事ごとにコストを明記する。
・千代には、月に一度、霊力を回復させるための『休暇(何もしなくていい日)』を与える。
これは、あやかしの善意に一方的に甘える関係から、相互尊重に基づく、持続可能なパートナーシップへの転換だった。
数ヶ月後。
長谷部家から、医学部合格の報せが届いた。家族が一致団結してリソースを集中させた結果だ。他の目標は来期以降に持ち越されたが、不思議なことに、家族の雰囲気は以前よりずっと明るくなっていた。目標を共有し、協力する喜びを知ったからだろう。
事務所を再訪した千代の表情は、晴れやかそのものだった。
「九十九様。わたくし、自分のペースで、本当に価値のある『福』をもたらせるようになりました。家族の皆様も、わたくしの身を案じてくださるように……。本当に、ありがとうございます」
彼女は、深々と頭を下げた。
「さて、九十九さん。お待ちかねの報酬です」
オサキが差し出したのは、美しい錦の袋だった。中には、細く、しかし強靭な金の糸が一本、入っている。
「クライアントより、『一期一会の縁結びの糸』を頂戴しました」
「効果は?」
「はい。今後、我々がどうしても会う必要のある人物、交渉を成功させたい相手がいる場合、その相手を強く念じながらこの糸を結べば、いかなる障害があろうとも、必ず自然な形で、かつ、この上なく好意的な状況下で、相手との面会がセッティングされる、とのことです」
これは、ただのコネクションではない。運命そのものに介入する、究極の交渉権だ。これほどの報酬は、そうそうあるものではない。
私は、その神々しい糸を、丁重に懐にしまった。
「さて、オサキ、事務所に戻ろう」
「承知いたしました。」
「次のクライアントは?」
「はい。少し風変わりな案件です。クライアントは『べとべとさん』という者でして、夜道で人の後をついて歩く、足音だけのあやかしです」
「あの、有名なあやかしか。何ぁ困りごとが?」
「はい。最近、霊感が少しある人間にストーカーと勘違いされ、弁護士を立てて訴えられてしまったらしいとのことでして。『自身の存在証明と、ストーカー行為ではないことの法的正当性』を証明してほしい、と……」
どうやら次は、あやかし絡みの民事訴訟。法廷という、全く新しい戦場でコンサルティングを行うことになりそうだ。
私の知識と経験が、また一つ試される。
面白い。実に、面白い。




