File6.ツチノコの自己資産化と地域共創による事業継承について
「――つまりだ。ワガハイは、ワガハイ自身の『存在』を、捕獲されずに現金化したいのだ」
草きれの匂いが立ち込める、とある山村の古びた社。その縁の下の暗がりから、低く、しかし妙に理知的な声がした。今回のクライアント、伝説の未確認生物(UMA)『ツチノコ』だ。ずんぐりとした蛇のような体躯に、大きな瞳が理性の光を宿している。
「目撃情報一件につき、地元自治体から非公式に支払われる報酬は雀の涙。かと言って、数億円とも噂される懸賞金は、ワガハイが捕獲されれば、という話。そんなものは、事業で言えば『倒産』を前提とした生命保険金のようなもの。全くもってナンセンスだ」
彼は、自身の置かれた状況を驚くほど的確に分析していた。
「おっしゃる通りです」
私は頷いた。
「あなたのビジネスモデルは、根本的な構造欠陥を抱えています。あなたの最大の資産は『希少性』と『神秘性』。しかし、現在のマネタイズ手法である『捕獲懸賞金』は、その資産価値を完全に破壊する行為、すなわちブランドの自殺をゴールに設定している。これでは持続可能な経営は不可能です」
「うむ……。やはり、そうか」
ツチノコは、ため息と共にゴロリと寝返りを打った。
「このままでは、ただのオカルト雑誌の片隅を賑わすだけの『オワコン』になってしまう。何か、手はないものか……」
この依頼、非常に面白い。クライアントは、自身の存在そのものを商品としながらも、その商品を市場に引き渡すことなく、利益を上げ続けたいと願っている。矛盾しているようで、本質を突いている。
「ご提案します。発想を転換しましょう。あなたが『商品』になるのではありません。あなた自身が『プラットフォーム』となり、地域経済を動かす『キラーコンテンツ』となるのです」
私の提案は、ツチノコという一個人の資産価値を、地域全体の共有資産へと昇華させる、壮大な地方創生プロジェクトだった。
一、地元自治体との公式パートナーシップ契約の締結。
まずは、過疎化に悩むこの村と、ツチノコ氏との間で公式な業務提携を結ぶ。彼を『公式マスコット兼・最高ブランド責任者(CBO)』として迎え入れ、村おこしに全面協力してもらう。
二、ライセンス事業の展開と観光資源化。
ツチノコ氏の肖像権を村が管理し、『元祖ツチノコ饅頭』や『ツチノコつむつむキーホルダー』といった公式グッズを開発・販売。その収益の一部が、彼の口座――社の賽銭箱に振り込まれる仕組みを構築する。
さらに、『ツチノコに会える(かもしれない)里』として村をブランディングし、観光客を誘致する。
三、Controlled Sighting(管理された目撃)の実行。
これが、今回の計画の肝だ。
「ツチノコ氏には、村と契約したガイドが案内する『公式探索ツアー』の最中にのみ、限定的にその姿を見せていただきます。沢の向こう岸を横切る、茂みの中から一瞬だけ顔を出す、など。決して捕まらず、しかし『本物だ!』と確信させる絶妙な距離感でのパフォーマンスです」
「なんと……! ワガハイが、アイドルのように……」
「違います。あなたはアイドルではなく、『体験』そのものになるのです。捕まえるスリルではなく、出会える感動を売る。これにより、あなたの希少価値を損なうことなく、観光客に最高の満足を提供し、リピーターを確保します」
計画は、すぐに実行に移された。
最初は半信半疑だった村も、ツチノコ氏本人が(もちろん正体を隠したまま)村長を説得したことで、一気に話が進んだ。
結果は、想像以上だった。
『ガチでツチノコ出る村』として、SNSやテレビで話題が沸騰。公式グッズは飛ぶように売れ、週末の探索ツアーは数ヶ月先まで予約で埋まった。
観光客が増えたことで、廃業寸前だった旅館や食堂も息を吹き返す。ツチノコ氏は、文字通り、村の救世主となったのだ。
古社の縁側で、私はオサキと『ツチノコ饅頭』を頬張っていた。
縁の下からは、満足げなツチノコ氏の声が聞こえる。
「うむ。ワガハイのブランド価値も上がり、村も潤い、ワガハイの賽銭箱も潤う。完璧な『三方よし』のビジネスモデルだ。九十九殿、感謝する」
「どういたしまして。ビジネスの基本は、関わる者全てが利益を得る仕組みを創ることですから」
「さて、九十九さん。お待ちかねの報酬です」
オサキが差し出したのは、蛇の抜け殻のような、不思議な模様が描かれた小さな笛だった。
「クライアントより、『隠形発見の笛』を頂戴しました」
「効果は?」
「はい。今後、我々が何か『失われたもの』――それが物であれ、人であれ、情報であれ――を探す必要が生じた際、山や森でこの笛を吹けば、ツチノコ氏の一族が総出で、その在処へと続く道筋を『足跡』や『物音』で示してくれる、とのことです」
これは、ただの探知機ではない。因果律にさえ干渉しかねない、超自然的なサーチエンジンだ。金銭では到底測れない、計り知れない価値がある。
私は、その滑らかな笛を恭しく受け取った。
「さて、事務所に戻るか。次のクライアントは?」
「次は、鎌倉の旧家です。クライアントは座敷童。以前の座敷童とは別人です」
「ほう。また座敷童か。悩みは?」
「それが……『住み着いた家が繁盛しすぎて、一族の願い事が多すぎる。福をもたらすプレッシャーで、もう燃え尽きそう(バーンアウト寸前)』とのことです。」
どうやら次は、成功者の家に住むエリートあやかしが抱える、贅沢な悩みに向き合うことになりそうだ。
幸福の先にある絶望。それもまた、現代が生んだ病理なのかもしれない。




