File5.風神雷神のコンビ解散危機と組織再編に関するコンサルティング
浅草、仲見世通り。平日にもかかわらず、国内外からの観光客でごった返す喧騒の中心に、その門はそびえ立っていた。雷門。そして、その左右に鎮座する二柱の神こそが、今回の我々のクライアントだ。
「――もう我慢ならん! あの脳筋太鼓野郎とはやっていけん!」
門の右側、風神像の中から荒々しい声が響いた。クライアントの一人、風神様だ。彼の化身である緑色の風の塊が、私の周囲を不機嫌そうに渦巻いている。
「奴の轟音で、我の計算され尽くした風の芸術が台無しになるのだ! 繊細さというものがまるで分かっておらん!」
「んだとゴラァ! てめぇのそよ風なんざ、かったるくて人が寝ちまうだろうが!」
間髪入れず、左側の雷神像から怒声が返ってきた。赤い稲妻の化身、雷神様だ。
「今の時代、求められてんのはインパクトだ! ド派手なカミナリ一発で、信者も観光客も大喜びよ!」
事務所での事前ヒアリングの段階からこうだ。長年最強のコンビとして知られた二柱だが、その関係は完全に崩壊していた。原因は、現代における「セルフブランディングの方向性の違い」と、それに伴うコミュニケーション不全。典型的な、パートナーシップの崩壊事例だった。
「お二方。お気持ちは分かりますが、その状態では生産的な議論は不可能です」
私は冷静に告げ、一枚のスライドを宙に投影した。
「これは、SNS上でのお二方それぞれの言及数の推移です。雷神様は『派手』『迫力』といったワードで瞬間的なバズを起こしますが、風神様は『心地よい』『風情がある』といったワードで、長期的に安定した評価を得ています。本来、これらは競合するものではなく、相互補完的な価値のはずです」
しかし、二柱は「ふん」とそっぽを向くばかり。根は深い。
「承知いたしました。ならば、これよりお二方には『チームビルディングを目的とした経営合宿』に参加していただきます。場所は、ここ浅草の夜の境内。我々以外、誰もいません」
その夜。静まり返った浅草寺の境内で、私の少し変わったコンサルティングは始まった。
一、ミッション・ビジョンの再確認。
「お二方がこの門に立つ、本来の目的は何ですか? 個人の人気獲得ですか? 違いますね。お二方のミッションは、『この地を災いから守り、訪れる人々に神の威光を示すこと』。その原点に、まず立ち返っていただきます」
二、相互理解ワークショップ。
「風神様。あなたは、雷神様の太鼓の音が、ただの騒音ではなく、魔を祓う力強い祝詞であることを。雷神様。あなたは、風神様の風が、ただのそよ風ではなく、この地の空気を浄化する結界であることを、本当に理解していますか?」
私は、お互いの神としての能力、その本質的な価値を改めてプレゼンさせ、互いの仕事へのリスペクトを取り戻させた。
三、共同プロジェクトの立案。
そして、仕上げだ。
「お二人の力が合わされば、唯一無二の価値を創造できる。そこでご提案します。来月の隅田川花火大会にて、お二人の力で『天候の芸術』を披露していただくのです」
私のプランはこうだ。
花火が始まる直前、雷神様が勇壮な雷鳴を数発轟かせ、観客の期待を最大限に煽る。そして花火が打ち上がる瞬間、風神様が絶妙な風を送り、花火の煙を即座に吹き払って、常にクリアな視界を確保する。フィナーレでは、色とりどりの花火と、安全な高度で明滅する稲妻、そして夜空を心地よく撫でる涼風が一体となった、幻想的なスペクタクルを創り出すのだ。
「……我の風が、奴の雷鳴を、引き立たせる、だと?」
「……俺の雷が、てめぇの風の、演出になるってのか?」
二柱は互いの顔を、数百年ぶりに、まじまじと見つめていた。
そして、花火大会当日。
結果は、歴史的な大成功だった。
完璧にシンクロした風と雷の演出は、花火そのものを凌駕するほどの芸術として、多くの人々の心に刻まれた。「浅草の神コンビ、マジ卍」「史上最もエモい花火大会」と、SNSは称賛の嵐。二柱の人気は、単独ではなく「コンビ」として、かつてない高みへと達した。
後日。雷門で報告を終えた私に、二柱が口を揃えて言った。
「「九十九よ、見事であった」」
その声は、完璧にハモっていた。
「さて、九十九さん。お待ちかねの報酬ですが」
オサキが、小さな桐の箱を差し出した。中には、風と雷の紋様が刻まれた、二枚の小さな木札が入っている。
「これは『天候祈願札』。風神雷神様が、我々『九十九経営コンサルティング』のためだけに発行してくださったものです」
「ほう。効果は?」
「今後、我々が関わる重要な商談、屋外での調査、クライアントとの面談など、いかなる場合においても、この札を天に掲げれば、半径1km四方を半日の間、完璧な晴天、気温23度、湿度50%、風速2mの『絶対交渉成功空間』へと変えることができる、とのことです」
株や宝石よりも、遥かに価値がある。これぞ、神にしか提供できない最高の報酬だ。
私は満足して、その木札を懐にしまった。
「さあ、帰るぞ、オサキ。次のクライアントが待っている」
「はい。次は、とある地方の山奥。伝説のUMA『ツチノコ』を自称する方からです」
「ツチノコ?」
「ええ。なんでも、『目撃情報や懸賞金は数あれど、実物が捕まらない。このままではオワコンになってしまう。どうすれば自身の希少価値をマネタイズできるか』……という、ご相談です」
どうやら次は、未確認生物のブランディングと、その収益化戦略を手掛けることになりそうだ。
私の知的好奇心もまた、尽きることがない。




