File48.平将門公への『業務完了報告』と、秩序再編(オーダー・リビルド)の監査について
ぬらりひょん様が残していった「新秩序の設計」という途方もない依頼の余韻が、まだ事務所の空気に残っていた。 カガチとの決戦から一夜明け、私の魂を縛っていた「道満」としての重い枷は確かに消え去っていた。だがその代償として得たものは、かつてないほどの疲労と、それ以上に巨大な『責任』だった。
「九十九さん、お体の具合は」
オサキが私の顔色をうかがいながら熱い茶を淹れ直す。彼の声には虚数の牢獄から生還したとは思えない、いつも通りの冷静さが戻っていた。
「問題ない。だがこの『第一部』を本当の意味で終わらせるには、まだ『報告書』の提出が残っている」
「将門公、ですね」
「ああ。あの御仁はぬらりひょん様とは違う。あやかし社会の秩序ではなく『この東京という土地』そのものの秩序を守護する存在。彼への報告と我々の立ち位置の明確化こそが、今回の戦いの本当の『締め』だ」
私は懐から、あの『王気の護符』を取り出した。かつては私を監視し、道を誤れば滅ぼすという呪いの刃でもあった護符だ。
「オサキ、行くぞ。最後の『監査』を受けに」
高層ビルの谷間に佇む首塚。 そこだけがカガチが撒き散らした『混沌』の影響を、七福神の『浄化』さえも拒絶し、自らの力だけでねじ伏せているかのような圧倒的な静寂に包まれていた。 あの厳めしい武者の亡霊が、我々の到着を知っていたかのように塚の前で待っていた。 その目はもはや私を「道満」とは呼んでいない。九十九という得体の知れないコンサルタントを『査定』する目だった。
「カガチは消えた。だが貴様が清算したのは貴様の『過去』に過ぎぬ」
武者は皇居の森を顎で示しながら重々しく言った。
「あの男が打ち込んだ『楔』は、この東京の秩序に消えぬ『穴』を開けた。……この『負債』を貴様はどう『清算』するつもりだ?」
それはコンサルタントとしての、九十九の『経営理念』を問う最終試験だった。 私は皇居の森を見据え、静かに、しかしきっぱりと答えた。
「『清算』などしない。ましてやカガチが壊す以前の古い『秩序』に元通りに戻す気もありません」
「何だと?」
武者の纏う空気が一瞬、鋭い剣のように殺気を帯びた。
「あの男のやり方は間違っていた。だが彼が指摘した『問題』――古い秩序が現代のあやかしや人間の『歪み』に対応しきれなくなっていたという事実は真実だ」
私は武者の目をまっすぐに見返した。
「俺の仕事は古いシステムを修理することではない。この『穴』が開き一度は混沌に触れた、この『東京』というクライアントに『新たな秩序のビジネスモデル』を構築すること。それこそがあの男への唯一の『手向け』だ」
「……」
「ぬらりひょん様はあやかし社会の『未来』を俺に『発注』した。だが将門公、あなた方『土地神』が承認しなければ、その事業は砂上の楼閣に過ぎない」
私は武者に向かって、一枚の『契約書』を取り出すかのように手を差し出した。
「俺たち『九十九経営コンサルティング』を、この東京の『新秩序』を構築するための『外部監査役』として正式に『雇用』していただきたい」
武者は長く、長く沈黙していた。 だがその口元に、ふと千年の時を経て初めて見せるかのような微かな『笑み』が浮かんだ。
「面白い。道満を捨てた貴様は、師である晴明よりも……あるいはあのカガチよりも、遥かに傲慢で……危険な男よ」
「買い被りだ」
「よかろう」
武者は私が持っていた『王気の護符』に、その鎧に覆われた指先で触れた。
「我が主、将門公の名においてその『契約』承認する。その護符はもはや貴様を縛る『呪い』ではない。この東京の『秩序の監査役』として、その『力』を正式に信託する『信任状』だ」
護符に込められていた冷たい『殺気』がすうっと消え……代わりにこの『土地』そのものの重い『脈動』が私の手に伝わってきた。
「ただし」
武者は釘を刺す。
「我が主は監視をやめぬ。貴様がカガチと同じ道を選ぶなら……その時こそ我が貴様を討つ」
「結構。その時はきっちりコンサルティング料を請求させてもらう」
「九十九さん。……本当に……とんでもない契約を結んでしまいましたね」
事務所への帰路、オサキがどこか呆れたように、そしてどこか嬉しそうに言った。
「ああ。だがその前に片付けるべき『雑務』が山積みだ」
「雑務、ですか?」
「ぬらりひょん様との本契約を詰める前に。今回のカガチとの戦いで我らが知らず知らずのうちに『迷惑』をかけた、かつてのクライアント達への『御礼参り』が必要だろう」
私は事務所の顧客リストを思い浮かべた。 座敷わらし、天狗、河童……。 カガチとの戦いに巻き込んでしまった彼らの『その後』を、この目で確認し第一部の本当の『幕』を引かねばならない。
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