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あやかし専門コンサルタント・九十九さんの業務日誌  作者: 神楽坂 湊


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File47.九十九経営コンサルティングの『事業報告』と、新秩序(ニュー・オーダー)の幕開けについて

皇居の、あの清しくも壮絶だった朝の光から数時間。 神保町の古びた事務所は、何事もなかったかのように静かな日常を取り戻していた。 私は深くソファに身を沈めていた。


蘆屋道満としての過去との『契約』を自ら破棄した反動は、想像以上に大きい。魂の一部を強引に引き剥がしたかのような、深い深い疲労。……だが、それと同時に信じられないほどの『解放感』があった。


「九十九さん。……お茶、入りました」


オサキがいつもと変わらぬ口調で湯呑を差し出す。 その銀色の毛並みはまだ少し虚数の牢獄の冷気を帯びているようだったが、その瞳はまっすぐに私を見ていた。 私が『道満』だった過去を知った上で。 彼は変わらず私を『九十九さん』と呼ぶ。


「……ああ。……礼を言う」


私が湯呑を受け取った、その時。 事務所の空間が、またあの『死』の気配に満ちた。 閻魔大王からの通信だ。 黒い木簡が今度は静かにテーブルの上に現れた。 そこにはただ二文字。『―――良し』 とだけ書かれていた。


輪廻のシステムは完全に復旧した。その業務完了報告だ。 木簡はそれだけを伝えると、すうっと灰になって消えた。


「ずいぶんと無愛想なクライアントだ」


「ですが九十九さん。最大の賛辞ですよ、あれは」


オサキがくすりと笑う。


その笑い声に重なるように。


「ふぉっふぉっふぉ。全くだ。あの閻魔の石頭が『良し』とは。お主、とんでもない仕事をしでかしたもんじゃわい」


声と同時に、ぬらりひょん様がいつの間にかソファの一番上座に座り、オサキが淹れた私の茶をすすっていた。


「御大。不法侵入は相変わらずですな」


「なに。お主が皇居の結界を無効にしたお陰で、この東京の警備は今ガバガバでのぅ。入りやすくて助かるわい」


ぬらりひょん様は湯呑を置くと、その掴みどころのない瞳で私をじっと見た。


「カガチは消えた」


「……ええ。私の絶望と共に」


「そうか」


ぬらりひょん様はそれ以上、私の過去には触れなかった。


管狐くだぎつねどもは主を失い途方に暮れておる。山ノ神は自らの山を元に戻すため必死に木を植えとる。お主がカガチから解放したあやかしたちは、皆『次の秩序』を待っておるわ」


「……」


「カガチが破壊した秩序は、もう元には戻らん。そしてわしが築いた古い『貸し借り』の秩序も、もはや時代遅れじゃ」


ぬらりひょん様はそこで、にやりと笑った。


「―――九十九殿」


その呼び方が変わった。


「あやかし社会は今『新たな秩序』を必要としておる。『合理的』で、『公正』で、そして何より『信頼』できる新しいルールをな」


「何が言いたいのです」


「ふぉっふぉ。お主の会社『九十九経営コンサルティング』に、その『新たなあやかし社会の秩序の設計』を正式に発注したい」


「……!」


私とオサキは息を呑んだ。 それは報酬ではない。 あやかしの総大将からのとてつもなく巨大で途方もない、『新規案件』の依頼だった。


「カガチはお主の『過去』だったかもしれん。だが、お主は今このあやかし社会の『未来』をコンサルティングする立場になったというわけじゃ」


ぬらりひょん様は満足げに立ち上がる。


「返事は急がん。だが、お主しかおらんことだけは、覚悟しておくことじゃな」


そう言い残し、総大将はまた煙のように消えていた。


「…………」


「……九十九さん」


オサキが興奮と不安の入り混じった目で、私を見ている。


「とんでもないことになりましたね」


「……ああ」


私は残された湯呑を見つめた。 カガチは消えた。 道満も消えた。 だが、『九十九』としての仕事は、どうやら今本当に、始まったばかりらしい。


「……オサキ」


「はい」


「まずは皇居の現場検証と、将門公への『業務完了報告』だ。休んでいる暇はないぞ」




面白い。面白くなってきたではないか。

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