File44.皇居の最終決戦と、新秩序(ニュー・オーダー)の創造について(決戦・中)
『――森羅万象・概念上書き』
カガチがその禁忌の術の名を宣言した瞬間。 皇居の聖域を満たしていた赤黒い『混沌』のデータ奔流は、光の速度で東京全域へと溢れ出した。 それは物理的な破壊ではない。 より恐ろしい『秩序』の崩壊。
「……九十九さんッ! あれを!」
オサキが空を指差す。 赤黒く染まった空に、幻影のように霞が関で見たあの『悪性コード』が浮かび上がっていた。
『――本日ヨリ、赤信号ハ、“進メ”ヲ、意味スル』
『――通貨ノ価値ハ、所有者ノ“声ノ大キサ”ニ比例スル』
「……馬鹿な……」
カガチは、この国の根幹を成す『法』と『経済』の定義そのものを、リアルタイムでハッキングし書き換え始めていた。 このままでは数時間も持たない。人間社会は自滅的な『混沌』に陥る。
「道満よ! これがわたくしの望んだ『新世界』だ!」
『楔』と融合したカガチが嘲笑う。
「お前が守ろうとした、あの脆く偽善的な『秩序』は、今この瞬間、死んだのだ!」
「……オサキ」
私はその絶望的な光景を睨み据え、静かに問うた。
「お前は、この九十九経営コンサルティングで何を学んだ?」
「……え?」
「コンサルティングの基本だ。『問題が複雑であればあるほど、その本質は単純だ』」
私は懐から『因果の算盤』と、閻魔大王から授かった『契約抹消の墨』を取り出した。
「カガチのこの仰々しい『禁忌の術』。その本質はたった一つだ。『契約の不正な上書き』。……それだけだ!」
「な……!」
「ならば俺の仕事も一つ!」
私は閻魔の『墨』を指先に付けた。
「その『不正な契約書』そのものを、この世の『帳簿』から抹消する!!」
私は道満としての全呪力を込め、虚空に走り書いた。 カガチが空に投影した、あの忌まわしき『悪性コード』。 その全てを塗り潰すかのように!
「――無駄だ、道満!!」
カガチが叫んだ。
「その『墨』は『契約』そのものを消す力! わたくしが生み出したこの『無限の上書き』という『現象』そのものを消すことはできん!」
カガチの言う通りだった。 私が消したそばから、新たな『悪性コード』が次々と生み出されていく。 まるで無限に湧き出る呪いの泉。
「どうした道満! お前のその古い『力』ではわたくしの『システム』には追いつけんぞ!」
カガチが勝利を確信した笑い声を上げる。
「……九十九さんッ!」
オサキが叫ぶ。
「私が奴の『核』への道を開きます!」
「……!」
オサキは懐から、大百足から授かった『地脈の鍵爪』と河童の『水脈転移の瓢箪』を取り出した。
「奴が皇居の『龍脈』と融合しているのなら! その『道』は繋がっているはず!」
オサキは『鍵爪』を地面に突き立て、地中を走る『道』をこじ開けた。 そして『瓢箪』の水を、その『穴』に注ぎ込む。
「九十九さん! この『水脈』を辿れば、奴の物理的な『楔の本体』に届くはずです!」
「……オサキ! 待て! それは罠だ!」
私の制止も聞かず、オサキはその開いた『穴』へと飛び込んだ。
「私は九十九経営コンサルティングの秘書ですから! ……道を創るのが仕事です!」
「オサキーーーッ!!」
オサキの姿が消えた直後。 カガチが哄笑した。
「――愚かな狐め! わたくしの本体がそんな物理的な場所にあると思ったか!」
カガチが、オサキが開けた『穴』に向かって手をかざす。
「そこは、お前の主……道満がかつて呉葉を封じるために使った『虚数の牢獄』! 秩序からも混沌からも切り離された、永遠の『無』の空間よ!」
「……しまった!」
オサキはカガチに誘導されたのだ。 私の過去の術を、利用されて!
『――九十九さん! ご無事で……!』 『穴』の向こうから、オサキの声がか細く聞こえる。 だがその『穴』は、カガチの呪詛によって急速に閉じ始めていた。
「オサキッ!」
「ははは! どうだ道満! また失う気分は! お前はいつだってそうだ! 何も守れはしない!」
カガチの言葉が私の心を刺す。 呉葉の時と同じ。 また私の術が因で……私の、大切な……。
「……」
私は目を閉じた。 そして、ゆっくりと開く。 その瞳に宿っていたのは絶望ではない。 コンサルタントとしての、冷徹な『分析』の光だった。
「……カガチ」
「……何だ?」
「お前の『システムの……致命的な欠陥』を……見つけたぞ」
「……なにを……戯言を……」
「お前は言ったな。お前は俺の『絶望』から生まれた、と」
「……」
「お前は俺の『過去』そのものだ。……だからお前は、俺の『過去』の術しか使えない」
「……!」
「だがな、カガチ。俺は、この『九十九』として……お前が知らない『現在』を……生きてきたんだ」
私は懐から、これまでに集めてきた『報酬』たちを――九十九として得てきた絆の証たちを――静かに構えた。
「お前の知らない『力』で。お前の『システム(かこ)』を……『監査』してやる」
九十九の『現在』が、道満の『過去』に挑む。 そして、異次元に囚われたオサキ。 決戦の第二幕が、今、始まる。
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