File43.皇居の最終決戦と、新秩序(ニュー・オーダー)の創造について(決戦・序)
地獄の法廷から事務所へと強引に帰還した我々に、疲労を癒やす時間など残されていなかった。 オサキが淹れた茶の湯気がまだ立ち昇る間に、私は立ち上がっていた。
「オサキ。全ての『報酬』を確認しろ。これより、九十九経営コンサルティングの最大にして最後の『案件』を開始する」
「……九十九さん。行き先は」
「皇居だ」
カガチが打ち込んだ『第五の楔』。 伊勢で呉葉を浄化した瞬間に開いた『穴』を通って、この国の『心臓』に打ち込まれた呪詛システム。 霞が関の『法』を、兜町の『経済』を、大百足の『物流』を、そして閻魔の『輪廻』までもをハッキングした全ての元凶。 奴は今、そこにいる。
「オサキ、行くぞ。クライアントは、日本そのものだ」
皇居。 それは東京という大都市の中心に、ぽっかりと空いた『聖域』。 だが、その夜の皇居は常の姿ではなかった。 平将門公の『王気の護符』をかざし結界の内部へと侵入した我々が見たものは、空間そのものが『バグ』を起こしているかのような悪夢的な光景だった。 空は紫色の『ノイズ』が走り、木々はありえない角度に捻じ曲がり、池の水面には兜町で見た『欲望』の数字が無数に浮かんで消えていた。 カガチの『楔』が、この聖域の秩序をリアルタイムで混沌へと書き換え続けているのだ。
「……ひどい。まるで土地そのものが高熱にうなされているようです」
オサキがその禍々しい気に息を呑む。
「ああ。だが中心はここではない」
私は伊勢で授かった『八咫の導き』の勾玉を握りしめた。 神域の、そのさらに奥。 人間はおろか、いかなるあやかしも神々さえもめったに立ち入ることのない、この国の真の『中心点』。 そこへと勾玉は我々を導いた。
そこは森の奥深くに静かに存在する、古い古い祭壇だった。 そして、その祭壇の上に奴はいた。 『カガチ』。 彼はもはや人間の姿を保ってはいなかった。 あの『第五の楔』――呉葉の無念を核にした『呪詛システム』と半ば融合し、その体からは霞が関の『条文』が鎖のように溢れ、兜町の『数字』が皮膚のように明滅していた。 彼は秩序を喰らい、混沌そのものへと変貌しようとしていた。
「――待ちかねたぞ、道満」
カガチが、複数の声が混じり合ったようなおぞましい声で言った。
「お前が必死に地獄の『バグ』を修復している間に、わたくしはついにこの『楔』と一体化することに成功した」
「カガチ……! 貴様、一体何者なのだ。なぜそこまでして秩序を憎む」
「憎む? 違うな」
カガチはゆっくりと、その人ならざる姿をこちらに向けた。
「わたくしは秩序を『更新』しているのだよ。お前と安倍晴明が創り上げた、あの古く矛盾だらけの『秩序』をな」
「……何だと?」
「わたくしは知っている。お前がなぜ呉葉を生み出したのか。……それは晴明の『秩序』があまりに完璧すぎて、たった一つの『例外』も許さなかったからだ。……愛する式神一匹救うことさえできない、欠陥システムだったからだ」
その言葉は私の心の最も柔らかい部分を抉った。 そうだ。 あの時私は師の完璧な『秩序』を憎んだ。 その『秩序』が呉葉の『死』を運命として決定づけたからだ。 だから私はその『秩序』に挑み……そして敗れた。
「わたくしは、お前の『絶望』から生まれたのだよ、道満」
カガチが衝撃の真実を告げる。
「わたくしは、お前があの時、閻魔の『生死の簿録』をハッキングしようとして失敗した、あの『禁忌の術』。その『残滓』そのものだ。お前の秩序への深い深い『呪い』が百年の時を経て意志を持った。……それこそがこのカガチよ!」
「……俺の……絶望、だと……?」
「左様! だからわたくしはお前の『術』の全てを知っている。お前が閻魔に使わなかった、あの最後の『禁忌』さえもな!」
カガチが両手を天に掲げた。
「そして今ここで、わたくしがその『術』を完成させる! 師を超えられなかったお前に代わって!」
カガチの体が皇居の『楔』と完全に融合を始めた。
「――見よ! これが最後の『禁忌』! 『森羅万象・概念上書き』!!」
「……!」
それは閻魔大王が危惧していた最後の『術』。 この世の『秩序』そのものを自らの『意志』で書き換えてしまう、神をも恐れぬ大呪術。
「カガチめ……! 止まれッ!」
「もう遅い。わたくしはこの国の『混沌』そのものとなる。……そしてお前は道満、ここで自らが生み出した『絶望』に喰われて死ぬのだ!」
カガチの高笑いと共に、皇居の、いや東京の空が、一瞬にして赤黒い『混沌』のデータに飲み込まれていく。
「オサキ!」
「はいッ!」
「これより、九十九経営コンサルティングの最終業務を開始する!」
私は懐から、これまでに集めてきた全ての『報酬』を取り出した。
「クライアントはカガチ! 案件は『お前のその肥大しすぎた負債事業の、完全なる清算』だ!!」
九十九とオサキ。 対するは、九十九の絶望が生み出した最強の敵、カガチ。 この国の秩序の全てを賭けた最終決戦の幕が、今、切って落とされた。
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