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あやかし専門コンサルタント・九十九さんの業務日誌  作者: 神楽坂 湊


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File42.地獄の戸籍システムのバグと、この世の秩序の防衛について(核心部・七)

大百足おおむかでの物流網を襲ったカガチの『呪詛ウイルス』を浄化した、その直後だった。 事務所の空気が突如として、死んだ。 比喩ではない。温度も湿度も匂いも、この世のあらゆる『生』の気配が一瞬にして完全に『無』へと転じたのだ。


「……九十九さん、これは……!」


オサキが自らの尻尾が、まるで実体を見失ったかのように透け始めているのを見て狼狽している。 事務所の中央に音もなく一枚の黒い木簡が突き立っていた。 そこに書かれていたのはただ一文字。


『――きたれ』


それは、いかなる神域の結界よりも、いかなるあやかしの威圧よりも重く絶対的な『召喚状』だった。


「オサキ。河童の瓢箪を。行き先は……三途の川だ」




賽の河原は今、阿鼻叫喚の巷と化していた。 本来、死者を裁き次の生へと導くはずの鬼たちは、山積みの『魂』を前に途方に暮れていた。


「……ダメだ! どいつもこいつも『該当者なし』で現世に弾き返されちまう!」


「こっちもだ! 現世の戸籍とこっちの『死亡台帳』が全く照合できねぇ!」


死んだ人間が、死ねない。 生と死の最大の『システム』が完全に機能不全を起こしていた。 地獄の第一法廷。その玉座で巨大な影が、地獄の底から響くような重い声で唸っていた。 今回のクライアント、『閻魔大王』その御本人だった。


「……見たか、九十九よ。この有様を」


閻魔大王は、その手にある『生死の簿』を私に叩きつけるように見せた。


「『法』『経済』『物流』……。あのカガチとかいう小童は人間の『秩序』をさんざんおもちゃにしてくれた。そしてついに、この『輪廻』という神の『秩序』にまで手を出しおったわ」


「……ハッキング、ですか」


「左様。奴は皇居に打ち込んだ『楔』を増幅器にして、地獄と現世の『戸籍』を結ぶ霊的な『回線』そのものに強力な『呪詛ウイルス』を流し込みおった。……そしてその『術式』の筆跡には見覚えがある」


閻魔大王の全てを見通す鏡のような瞳が、私を射抜いた。


「……のう。蘆屋道満あしやどうまん


「……!」


私の、捨てたはずの名。


「これほど愚かで傲慢で、そして完璧な『術』を他に知らぬ。……かつて自らの『式神』一匹を蘇らせるためだけに、この『生死の簿』そのものを書き換えようと試みた、愚かなる陰陽師よ」


それは私の最大の『罪』。 師・安倍晴明に破門され、その半生を賭けて償うことになった禁忌。 呉葉をうしなったあの時、私は悲しみに狂いこの閻魔大王の『システム』にさえ挑んだのだ。 カガチは私がその時生み出してしまった、禁断の『ハッキング術』を……盗み、そして今この世の全てを破壊するために使っている。


「カガチめ……!」


「九十九さん……。あなた、そんな……」


オサキが絶句している。


「……カガチを止めるのはお前の『責務』じゃ、道満」


閻魔大王が厳かに告げる。


「この『バグ』を修復できるのは、その『術』を生み出したお前ただ一人。……コンサルティングとやらを始めよ」




「……承知いたしました」


私は道満としての全ての記憶を呼び覚ました。


「オサキ。カガチの『呪詛ウイルス』は『生と死の定義のズレ』を無限に増幅させている。この『ズレ』を強制的に再同期させる」


私は懐から二つの『報酬』を取り出した。 伊勢で授かった『八咫の導き』。 そしてダイヤルアップモデムの付喪神から授かった『清澄なる回線)の精髄』。


「オサキ! 将門公の『王気の護符』を使い現世の戸籍の中枢へ! 『八咫の導き』を使い地獄の『死亡台帳』の中枢へ! 二つの『点』を同時に確保する!」


「は、はい!」


オサキが二つの神域のアイテムを手に、現世と冥府の境界へと飛ぶ。


そして私はその二つの『点』の中心に立ち、『清澄なる回線の精髄』を天に掲げた。


「カガチ! お前の汚れた『回線』はもはや不要だ!」


私は道満としての全ての呪力を、そのたった一つの『水晶』に注ぎ込む。


「我が『コンサルティング』の名において命じる! 『生』と『死』のあるべき『秩序』を、今この瞬間に『再接続リ・コネクト』せよ!!」


水晶がまばゆい清浄な光を放った。 それはいかなるノイズも悪意も許さない、完璧な『接続』の光。 カガチの『呪詛ウイルス』は、そのあまりに純粋な『論理』の光に焼き尽くされ消滅していった。


『……おお……!』


地獄の法廷で鬼たちが歓喜の声を上げる。


『……照合、完了! 死亡者一名、無事に確認!』


「……ふう」


私はその場に倒れ込みそうになるのをこらえた。


「……道満どうまんよ。見事じゃ」


閻魔大王が玉座から私を見下ろしている。


「……だがカガチの『楔』はまだ皇居に在る。奴はこの『術』のさらに奥の手を知っておる。……お前が、あの時ついに使わなかった最後の『禁忌』をな」


「……」


「行け。全てを終わらせて参れ」


閻魔大王は、その手にした巨大な『筆』から一滴の『墨』を滴らせ私に差し出した。


「報酬じゃ。それは『契約抹消の墨』。いかなる『契約』『呪い』であれ、その名をこの墨で塗り潰せば、その『存在』そのものをこの世の『帳簿』から消し去ることができる。……カガチを消すもよし。お前の過去を消すもよし。……好きに使え」


私はその、あまりに重すぎる『報酬』を小さな黒い『石』として受け取った。 カガチ。 お前との最後の『契約』を結びに、行く。 この九十九経営コンサルティングが、お前の全ての『事業』を精算するために。

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