File41.大百足(おおむかで)の物流網(ロジスティクス)の麻痺と、あやかし社会における秩序の防衛について(核心部・六)
霞が関で「法」の条文を、兜町で「経済」の相場をハッキングしたカガチ。奴が次に狙うのは社会の『血流』たる「物流」だ。 オサキの調査で判明した通り、カガチが兜町から不正に得た富を送り込んだ先は『大百足の一族』。人間の世界で言えば、日本中の運送トラックと貨物列車、果ては海底ケーブルまでもをあやかしの世界で一手に束ねる、巨大な物流ギルドだった。 彼らの本拠地は東京の地下深くに、人間の地下鉄網と複雑に絡み合いながら広がる広大な『蟲の道』。 そこを訪れた我々を待っていたのは、無数の脚を持つ甲冑武者のような姿をした一族の長老たちだった。
しかし、彼らの様子はおかしい。 本来、一分の隙もなく効率的に機能しているはずの『蟲の道』はあちこちで渋滞を起こし、運ばれる荷(=あやかし達の『運気』や『食料』)は滞り腐敗し始めていた。
「……九十九殿。来られるのは分かっておった」
長老の一人が、その無数の脚をいらだたしげにもぞつかせながら言った。
「見ての通りじゃ。我らが何百年もかけて最適化してきたこの完璧な『物流網』が、ここ数日、原因不明の大規模な『遅延』と『誤配』に見舞われておる」
「……原因不明、だと?」
「左様。我らはカガチ殿と新たな『運送契約』を結んだ。兜町で得た『富』を我らの『道』を通して日本各地に運ぶというだけの。それ自体は滞りなく行われておる。だが、その契約が始まってから、どういうわけか他の全ての荷が詰まり始めたのじゃ!」
「……九十九さん、これは」
オサキが、この異様な光景に息を呑む。
「ああ。霞が関、兜町と全く同じ手口だ」
私はその場で目を閉じ、懐から帳場様から授かった『富脈の古銭』を握りしめた。 カガチが流した『富』の流れを可視化する。 ……見えた。 奴が流したのは『富』などではなかった。
「長老。あなた方はカガチの『富』を運んでいるのではない」
私はその忌まわしきビジョンに吐き気をこらえながら言った。
「あなた方が今、この国の動脈に流してしまっているのは、霞が関で吸い上げた『ルールへの不満』、兜町で吸い上げた『強欲と恐怖』。それらを皇居の『楔』で増幅させ混ぜ合わせた『悪意のデータ・パケット』だ」
カガチは『富』という名目で、この大百足のシステムに『呪詛のウイルス』を流し込んだのだ。 そのウイルスが物流システムの『優先順位』をハッキングし、カガチの『悪意』の運送を最優先させ、他の全ての正常な『荷』を意図的に遅延・腐敗させている。
『……な、なんだと……!? 我らは奴の呪いそのものを、この手で日本中にばら撒いて……』
長老が愕然とする。
「そうだ。法と経済を乱し、最後に物流という『血流』を止め、この国全体を『壊死』させる。それが奴の狙いだ」
「……九十九殿。助けていただきたい……。このままでは我らは万死に値する……!」
「コンサルティング、開始だ」
私は大百足たちの前で、カガチが仕掛けたこの『呪詛のアルゴリズム』と対峙した。 それはあまりに合理的で冷徹な、完璧な『システム』だった。
「……オサキ。また俺の『過去』を使わねばならないらしい」
「九十九さん……」
「奴が完璧な『システム』で来たのなら、こちらはそのシステムが想定し得ない『たった一つのバグ』で全てをクラッシュさせてやる」 私は懐から、カガチの『混沌の断片』と一つ目小僧の『看破の義眼』を取り出した。 義眼をカガチのシステムの『核』に押し当てる。 『奴の、最も恐れていること』 ……見えた。 奴は完璧なシステムを信奉するあまり『たった一つの、完璧ではないアナログな、感情的なイレギュラー』を最も恐れている。
「……オサキ」
「はい」
「お前を信じる」
「……え?」
「この『混沌の断片』にお前の『狐火』を打ち込め。ただし焼き尽くすな。お前の『九十九さんを信じる』という『合理的ではない感情』だけを乗せろ」
それは師・安倍晴明が最も嫌った、陰陽の理に反する禁忌の術。 呪いに感情を乗せてぶつける。 かつて私が呉葉を生み出した、あの時の『術』の応用。
「……承知いたしましたッ!」
オサキは一瞬ためらった。だがすぐにその目に青白い炎を宿した。
「我が主の仰せのままに!」
オサキの狐火が『混沌の断片』を包み込む。 私はその『オサキの感情が乗った呪いの断片』を、大百足の物流システムの『核』に叩き込んだ。
「行けッ!!」
次の瞬間。 カガチの完璧だったはずの呪詛のアルゴリズムが絶叫を上げた。
『……ぎ……ぁ……ア……アアアアアア!!!?』
『合理的』なシステムの中にたった一つ投げ込まれた『合理的ではない、狐一匹の主への忠誠心』という熱量の塊。 その『バグ』はシステム全体を連鎖的に汚染し破壊し、ついには完全に機能停止させた。
「……ふう」
私はその場で膝をつきそうになる。 道満の術は、あまりに魂を消耗する。
『……お、おお……。荷が……荷が元通りに流れ始めた……!』
大百足の長老たちが歓喜の声を上げる。
「九十九さん! 大丈夫ですか!」
オサキが私を支える。
「……ああ。問題ない。だがカガチの『楔』はまだ皇居にある。奴は必ずまた次の手を……」
長老は感謝の印として、自らの無数の脚から一本の最も鋭い『爪』を折り、私に差し出した。
「九十九殿……。我ら一族の全てをお主のために。これは『地脈の鍵爪』。これを持つ者はこの東京の地下に広がるあらゆる『道』――地下鉄、下水道、そして我らの『蟲の道』さえも自在に通り抜けることができる」
私はその禍々しくも頼もしい『報酬』を受け取った。
「オサキ。帰るぞ。カガチの最後の『システム』を叩き潰しに行く」
「はい! ……ですが九十九さん、その前に……」
オサキがタブレットを私に見せる。
「……カガチとは全く別の『緊急案件』が入っております。……これは優先せざるを得ません」
「……何だ?」
「クライアントは『閻魔大王』。第一法廷、その御本人です」
「……閻魔、だと?」
「はい。なんでも『何者かのハッキングによって地獄の“裁判記録”と現世の“戸籍”のデータが紐づかなくなっている』と。……このままでは、死んだ人間が死ねなくなる」
カガチとの決戦を前に、この世の最大の『秩序』が崩壊の危機に瀕していた。
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