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あやかし専門コンサルタント・九十九さんの業務日誌  作者: 神楽坂 湊


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File40.兜町の金融システムのハッキングと、あやかし社会における秩序の防衛について(核心部・伍)

霞が関での攻防を終え、我々が次に向かったのは日本橋・兜町。人間の「富」と「欲望」が剥き出しの数字となって渦巻く、日本経済の中枢だ。 お白洲様が危惧した通り、この場所の空気もまたカガチの『楔』の影響を受け異様に歪んでいた。株価の浮沈を映し出す巨大なモニターの裏には、数値化された人間の『熱狂』と『絶望』がまるで陽炎のようにゆらめいて見えた。


我々を東京証券取引所の、古く今は使われていない地下金庫室へと導いたのは、算盤の玉が高速で回転するような神経質な音だった。 そこにいたのは、明治時代の大福帳の付喪神と初代取引員のソロバンが一体化したような古風な姿のあやかし。『帳場様』。この兜町の無形の『信用』を守護する古き存在だった。


『……見て、ください。九十九殿。我が、千日かけて築き上げた『市場』が……壊れていく……!』


帳場様が指差す先、そこには物理的なモニターではない霊的な『相場盤』が浮かんでいた。そこでは信じられない光景が繰り広げられていた。 本来、人々の合理的な判断と経済のファンダメンタルズによって動くはずの『富』の流れが、完全に一つの意思に支配されていた。 カガチと裏で繋がっているであろう幾つかの新興企業にありえないほどの『買い』が集中し、逆に堅実な経営を続けてきた老舗企業の株価が理由なく『売り』一色に染まっている。


「霞が関と同じ手口だ」


私はその光景に即座に結論を下した。


「カガチの『楔』が皇居を通じて吸い上げた人々の『一攫千金への欲望』と『貧困への恐怖』。それを悪性の『呪術的アルゴリズム』としてこの市場システムに直接流し込んでいる。市場を合理的な判断の場から感情的な『博打場』へと変質させているんだ」


『その通りです……。このままでは日本経済の“信用”そのものが崩壊する……!』


帳場様は、その体を悔しげに震わせる。


「……九十九さん」


オサキが私を見つめる。


「ああ。奴が『合理的』に来るならこちらもロジックで返すと言ったな。だが奴が今回は『非合理的』で来た。ならば……」


私は懐から、ひび割れた一対の古いサイコロを取り出した。 貧乏神から授かった『幸運の天秤』。 必ず『より確率の低い、ありえない方』の未来を引き起こす、究極の運命操作ツール。


「……こちらも『究極の非合理』を、この市場に叩き込んでやる」


「九十九さん、それは……」


「カガチが悪意ある『欲望』で市場を操作するなら、こちらは善意ある『奇跡』でその流れを相殺する。コンサルティングとは時に劇薬も必要だ」


私は帳場様の『相場盤』の前に立ち、カガチのアルゴリズムが最も強く買い支えている真っ黒な『欲望』の奔流を睨み据えた。 そしてサイコロを振った。 念じるのはただ一つ。 『この歪みを打ち破る、ありえない確率の“善き報せ”を』


カラカラ……と、サイコロが転がる。 そして、ありえない『目』でぴたりと止まった。


次の瞬間。 『相場盤』が激しく明滅した。 カガチのアルゴリズムとは全く無関係の場所。市場の片隅で誰も見向きもしなかった、小さな小さな環境エネルギー関連のベンチャー企業の株価が突如として『買い』の光を放ち始めたのだ。


『……な、なんだ!?』


帳場様が驚愕する。


それと時を同じくして。 人間の世界では、とある無名の学者がネットの片隅で偶然、『常温核融合の基礎理論の決定的な証拠』を発表していた。 その情報が兜町に伝わるのに一秒もかからなかった。 市場は一瞬で狂乱した。 カガチがどれほど悪性コードを流し込もうとも、それを遥かに凌駕する『本物の、途方もない欲望』が市場全体を飲み込んだのだ。 カガチが買い支えていた銘柄は一瞬でその価値を失い大暴落。代わりに『善き報せ』の奔流が市場全体を浄化するように駆け巡った。


『……す、すごい……。市場が……息を吹き返した……』


帳場様は呆然とその光景を見つめている。


「……だがこれも一時しのぎだ」


私はサイコロを懐に戻した。


「オサキ。カガチがあの暴落の直前に富をどこへ『逃した』か追えるか」


「はい。霞が関で得た『混沌の断片』と今の『相場盤』の動きを照合します。……出ました。九十九さん、これは……」 オサキがタブレットに表示したのは、日本全国に張り巡らされた複雑な『物流網』のマップだった。 「カガチは集めた富を、あやかし社会の『物流』を一手に担う『大百足おおむかでの一族』の元へ送金しています。法、経済の次は……『物流』を掌握するつもりです」


「……面白い。社会の『血流』を止めるか」


スクロールするマップを見ながら、私はかつて師・安倍晴明がこの江戸の『龍脈』の流れをいかに重要視していたかを思い出していた。 カガチの狙いは常に合理的だ。


帳場様は感謝の印として、一枚の古い小判を私に差し出した。


「九十九殿……。この御恩は決して忘れませぬ。これは『富脈の古銭』。これを持つ者は人間の世界における『富』と『欲望』の目に見えない『流れ』を可視化できるようになりましょう」


私はその重い『報酬』を受け取った。 カガチ。お前の企みは全て、この九十九経営コンサルティングが白日の下に晒してやる。 次の『監査』はこの国の動脈だ。

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