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あやかし専門コンサルタント・九十九さんの業務日誌  作者: 神楽坂 湊


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File4.ろくろ首のQOL向上とエルゴノミクスに基づいた枕の選定について

「――首が、首がもう限界で……。夜も眠れず、仕事にも集中できなくて……」


九十九経営コンサルティングの応接室。そこに置かれた特注のハイバックソファから、か細い声が聞こえた。声の主は、都内の大手IT企業でプログラマーとして働く、ろくろ首の『お菊』さんだ。


彼女は一見すると、どこにでもいるような快活なOLだが、その悩みは極めて深刻かつ特殊だった。


「ひどい時は、寝ている間に首が勝手に伸びて、隣の家のエアコンの室外機に絡まっていたりするんです。もう、本当にQOL(生活の質)が最悪で……」


そう言ってうなだれる彼女の首は、見るからに凝り固まっていた。長時間のデスクワークと、彼女自身の特異体質が、最悪の形で組み合わさってしまった典型例だ。


「お気持ちお察しします。慢性的な身体の不調は、生産性を著しく低下させる。これは個人だけの問題ではなく、企業にとっても大きな損失です」


私は頷き、オサキが準備した資料に目を通す。一般的なオフィスワーカーの肩こりに関する論文と、あやかしの身体構造に関する古文書が並んでいる。


「いくつか診断します。お菊さん、あなたのその症状は、主に二つの要因から成り立っています。第一に、労働環境の劣悪さ。第二に、あなたの身体的特徴、つまり『無限に伸長する頸椎』に対する、現代の生活用品のサポート不足です」


「は、はぁ……」


「簡単に言えば、あなたの使っているオフィスチェアも、ベッドの枕も、標準的な人間向けに設計されている。あなたのための製品ではない。これでは不調になって当然です」


今回の我々のミッションは、経営コンサルというより、フィジカル面のサポートに近い。だが、クライアントのパフォーマンスを最大化するという点において、本質は同じだ。


「ご提案します。今回は、あなたの生活環境を『エルゴノミクス(人間工学)』の観点から全面的に見直し、QOLを劇的に改善させましょう」



コンサルティングは、まず徹底的な環境調査から始まった。


一、オフィス環境のアセスメント。

オサキを伴って、お菊さんの勤務先へ向かった。彼女のデスクは、典型的な日本のオフィスだ。モニターは低すぎ、椅子は腰を全くサポートしていない。


「九十九さん、これは……。標準的な人間が見ても、肩こり工場と言うべき劣悪な環境です」


「うむ。まずはここからだ」


私はその場で、お菊さんの上司に「労働安全衛生法に基づく、従業員の健康維持義務」について淡々と説き、会社負担で最高級のオフィスチェアと、モニターアームを導入させた。もちろん、あやかしの特殊性については一切触れていない。あくまで一般論として押し通すのが、九十九流だ。


二、寝具のカスタマイズ選定。

問題は枕だ。夜間に無意識に伸びる彼女の首を、どうサポートするか。市販の枕では対応できない。

私は、知り合いのあやかし専門の家具職人、『一つ目』の工房を訪ねた。一つ目入道が営むその工房は、どんな無茶なオーダーにも応えてくれることで有名だ。


「なるほどのう。ろくろ首の嬢ちゃんの枕、か。こりゃあ、やりがいがあるわい」


一つ目は巨大な単眼をきらりと光らせ、私の設計図を食い入るように見つめた。

私が設計したのは、こうだ。

まず、ベースとなるのは低反発素材のオーダーメイド枕。そして最大の特徴は、枕に内蔵された『自動追尾式ネックサポートアーム』だ。


枕に搭載された小型センサーが、寝ている間のお菊さんの首の動きと長さをリアルタイムで検知。それに合わせて、アームが静かに、そして滑らかに伸長し、常に最適な角度で彼女の首を支え続ける。素材は、NASAが開発した形状記憶合金を応用した、特殊なものだ。


「……九十九さん、これ、ほぼロボットでは?」


「そうだ。テクノロジーで、古からの悩みを解決する。これこそが現代のコンサルティングだ」



数週間後。

すっかり目の下のクマが消え、生き生きとした表情で事務所を再訪したお菊さんは、開口一番こう言った。


「九十九さん! すごいです! ぐっすり眠れるようになりました! 朝起きたら、首が天井の照明に巻き付いてることもなくなって!」


彼女の首は、以前とは比べ物にならないほど滑らかに動いていた。仕事の効率も劇的に上がり、社内表彰されたという。


「会社の椅子も最高です! 同僚からは『お菊、最近なんか雰囲気変わったね。姿勢が良くなった』って言われて。もう、毎日が本当に快適で……」


彼女は深々と、しかし首に全く負担のかからない美しいフォームで、頭を下げた。

その姿を見届け、私は満足げに頷いた。


「さて、九十九さん。今回の報酬ですが」

オサキが耳元で報告する。


「お菊さんから、『彼女が勤める会社の未公開株を、ストックオプションとして譲渡したい』と。かなりの優良企業です」


「悪くない。インサイダー取引にならんよう、処理は任せる」


クライアントのQOL向上は、巡り巡って我々の利益ともなる。実に健全な関係だ。

私は窓の外、きらびやかな東京の夜景を見つめた。

この摩天楼のどこかにも、現代社会の規格に合わず、人知れず身体の不調に苦しむあやかしたちがいる。


「さて、オサキ。次のクライアントは?」


「はい。次は浅草。雷門の風神様と雷神様から、共同でご依頼が入っております」


「ほう。あの有名なコンビがか。内容は?」


「それが……『コンビ仲の悪化による、解散の危機』だ、そうでして……」


どうやら次は、企業や個人の問題ではなく、組織内の人間関係――いや、『神様関係』のトラブルにメスを入れることになりそうだ。

私のコンサルティングの領域は、どこまで広がっていくのだろうか。

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