File39.霞が関の法システムのハッキングと、あやかし社会における秩序の防衛について(核心部・四)
霞が関。日本のあらゆる「ルール」が生み出され管理される場所。平将門公の眷属が示した『混沌の綻び』の震源地だ。 我々は平将門公から授かった『王気の護符』の力を使い、厳重な物理セキュリティと幾重にも張られた神道系の結界を、まるで存在しないかのようにすり抜けていく。 目指すは中央省庁の地下深くに存在する巨大な古文書保管庫。この国の全ての『法』の原型が眠る場所。
「……九十九さん、空気が重い。まるでインクと紙の怨念で窒息しそうです」
オサキが鼻を押さえながら囁く。 その書庫の中央。数百年分の法典や古文書が積み上がった、まるで小山のような場所でそれは苦しみ喘いでいた。
今回のクライアント。それは人でもあやかしでもない。この国の『法』の条文そのものに宿り、その『正当性』と『秩序』を守護してきた概念的な存在。古硯の付喪神や法典の集合意識体とでも言うべき『お白洲様』だった。
『……助け……て……くれ……。九十九……殿……。我が、我で、なくなってしまう……』
お白洲様の周囲では物理的な異変が起きていた。古い法典の文字がまるでミミズのようにページの上を這い回り、新たな条文を勝手に紡ぎ出そうとしている。
『……ただし、強き者は、これを、守らずとも良い……』
『……富は、富める者にのみ、集まるべし……』
「ひどい……。法が自らその精神を否定している」
「カガチの『楔』の仕業だ」
私はその現象の本質を一瞬で見抜いた。
「皇居に打ち込まれた『楔』が、人間たちの『秩序への不満』『ルールへの怨嗟』を吸い上げ増幅させている。そしてその負のデータを『法』というシステムの脆弱性を突く『悪性の呪術コード』に変換し、この霞が関の中枢に流し込んでいるんだ」
これは物理的な破壊ではない。あやかし社会の秩序の根幹を成す、師・安倍晴明が築いた『秩序の呪術』そのものに対する高度な『ハッキング』だった。
『……もう、防ぎきれぬ……。奴の“論理”はあまりに強く、合理的だ……。我らの“正義”は脆すぎる……』
お白洲様の悲痛な声が響く。
「……合理的、だと?」
私はその言葉に抑えきれない怒りを覚えた。
「オサキ、手出しは無用だ。ここは俺の専門分野だ」
「九十九さん……?」
「奴がロジックで来たというのなら、こちらも『究極のロジック』で返礼してやるまでだ」
私は懐から『因果の算盤』を取り出した。 そしてオサキが初めて見るであろう『印』を片手で結ぶ。それはコンサルタント・九十九のものではない。陰陽師・蘆屋道満としての禁じられた『術』だった。
「カガチのコードが『不満』をトリガーにするなら、こちらはその『不満』を生み出す大元の『不条理』そのものを断ち切る!」
私は算盤を構え、カガチの『悪性コード』そのものに向かって宣言した。
「コンサルティング、開始だ。お前のその歪んだ『経営理念』を、俺が監査してやる!」
私は算盤を凄まじい速度で弾き始めた。 カチカチカチカチッ! それは単なる計算ではない。因果律の計算だ。
「カガチのコード、『富は、富める者に』……。そのロジックが最終的に導き出す『解』は、市場の崩壊と全員の共倒れだ! 『因果の算盤』がその『負債』の総額を叩き出している!」
算盤がこの世のものとは思えない甲高い悲鳴を上げた。
『……ぎ……ぃぃい……!?』
カガチの悪性コードが、私の『ロジック』によってその『矛盾』を強制的に認識させられ、混乱を始めた。
「お白洲様! 今だ! 奴のロジックが停止したこの瞬間に、我々の『新たな条文』を上書きするぞ!」
私はお白洲様の『核』に向かって、最強の『言霊』を打ち込んだ。
「『――故に、力とは、それを、持たざる者を、守るためにのみ、在るべし』と!!」
それは、かつて師・安倍晴明が私に説いた、秩序の根幹。 私の『言霊』は黄金の光となり、カガチの黒い呪詛コードを一瞬にして浄化し、上書きしていった。 這い回っていたミミズのような文字は、元の厳格で公正な条文へと戻っていく。
『……おお……。おお……!』
お白洲様の声に安堵の色が戻った。
『……九十九殿……。感謝、申し上げる……。貴殿のその『力』は、やはり秩序を守るための……』
「……礼は無用だ」
私は道満の術を解き、再び九十九の仮面を被り直す。
「だがお白洲様、これは一時しのぎに過ぎない。奴の『楔』はまだ皇居に在り続ける。そして奴は必ず、次の『システム』を狙ってくる」
お白洲様は静かに頷いた。
『……うむ。この『法』の秩序が人間の『経済』の秩序と密接に連動しておることを、奴は知っておる。……次は、おそらく日本橋・兜町。この国の『富』が集まる場所じゃ』
お白洲様は感謝の印として、浄化されずに残ったカガチの『悪性コード』の黒く焼け焦げた『断片』を私に差し出した。
「報酬、か」
「うむ。それは『混沌の断片』。奴のシステムの本質を解読する手がかりとなるやもしれぬ」
私はその不吉な『報酬』を、厳重に封印筒へと仕舞った。 カガチとの戦いは武力や妖術の戦いではない。 あやかしと人間、双方の『秩序』を巡る高度な呪術戦争だ。 そしてその戦場で、私は嫌でも自らの『過去』と向き合わねばならないらしい。
「オサキ、行くぞ。次なる『監査』の準備だ」
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