表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あやかし専門コンサルタント・九十九さんの業務日誌  作者: 神楽坂 湊


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

37/50

File37.伊勢神宮の神域防衛と、過去の因縁(カルマ)の清算について(核心部・結)

禁足地とされた古い社の跡地。そこはカガチが放つ禍々しい妖気と、あの『呪いの炭』が燃える異臭で、伊勢の清浄な神気は見る影もなくなっていた。 その中央、呪いの炎の祭壇にそれは横たわっていた。 『呉葉』。 かつて私がこの手で生み出し、そしてこの手で封印した最強の式神。その亡骸は呪いの力によって、今再びこの世に引き戻されようとしていた。 そして、その祭壇の奥。闇よりも深い影の中から一人の男がゆっくりと姿を現した。 初めて見る顔。しかしその声は、私の脳内に直接響いていたあの不快な声。 宿敵、『カガチ』本人だった。


「――ついに来たか、道満」


カガチはまるで旧友を迎えるかのように両手を広げた。


「お前がその罪を犯したこの“始まりの場所”へ。おかえり、裏切り者」


「九十九さん……?」


オサキが私の横で、信じられないものを見るような目で私とカガチを交互に見ている。


「……カガチ。貴様の真の目的は何だ。この伊勢の神域を汚し、あやかし社会の秩序を崩壊させ、貴様は一体何を得ようとしている」


「目的? 決まっているだろう」


カガチは心底愉快そうに喉を鳴らした。


「『革命』だよ。ぬらりひょんや天照の眷属どもが支配する、あの古臭い『秩序』の完全なる破壊。そして力こそが全てという、混沌とした真に自由な世界の創造だ」


その言葉は、あまりにかつての『あの男』の思想と酷似していた。


「……お前は奴の後継者か」


「後継者? 違うな」


カガチは祭壇の呉葉の亡骸を愛おしそうに撫でた。


「わたくしは、あの偉大なる破壊者の『意志』そのものだ。そしてお前が捨てたこの哀れな式神こそ、我らが新世界の最初の『楔』となるのだ」


カガチが手をかざすと『呪いの炭』の炎が一際強く燃え上がった。呉葉の亡骸がギシリと軋む音を立て、その指先が微かに動く。


「目覚めよ、呉葉! お前を裏切り見捨てた元のあるじが目の前にいるぞ!」


『……う……ぁ……』 亡骸から、怨嗟とも悲しみともつかぬ声が漏れ始めた。


「やめろッ!!」


私は叫んだ。


「お前の革命ごっこに呉葉を巻き込むな!!」


「これはごっこではない、道満。お前には選択肢をやろう」


カガチは冷たく笑う。


「ここで再びこの呉葉をお前の手で『破壊』するか。それともこの式神にお前自身が『破壊』されるか。どちらを選んでもお前の心は永遠に過去の罪に縛られ続ける。……どうだ? 素晴らしいコンサルティングだろう?」


これが奴の狙い。私に二度同じ罪を犯させること。私の心を完全に折ること。 呉葉の亡骸がゆっくりとその呪われた体を起こし始めた。その瞳は憎悪と、そして深い深い悲しみの色をたたえて私を見つめていた。


『……あるじさま……なぜ……なぜわたくしを……』


「……九十九さんッ!!」


オサキが私の前に立ちはだかろうとする。


「来るな、オサキ! これは俺の『案件』だ」


そうだ。 これは私が引き受けなければならない、たった一つのコンサルティングだ。 クライアントは、『呉葉』。 悩みは、『魂の解放』。 報酬は、『過去の清算』。


私は呉葉に向かってゆっくりと歩みを進めた。 カガチの嘲笑もオサキの制止の声も、もう聞こえない。


「……呉葉」


私は呪いに身をよじる、かつての式神の前に立ち尽くした。


「……お前の言う通りだ。俺は道満としてお前を裏切り犠牲にした。その罪は永遠に消えない」


『……ゆるさない……!』

呉葉の腕が私に向かって振り上げられる。


「ああ。許されなくていい」


私は懐から、これまで集めてきた『報酬』たちを取り出した。 けらけら女の『喝采の涙』。 ミニマリストの座敷わらしの『心の静寂』。 そして、豆腐小僧の『真味の紅葉』。


「だがな、カガチ。俺はもう、道満ではない」


私は『真味の紅葉』を、呪いの炎に燃え盛る『呪いの炭』へと投げ入れた。


「お前の使うその穢れた『呪い』の本質を、今ここで『無』に返す!」


紅葉が触れた瞬間、あれほど燃え盛っていた呪いの炎がその『本質』――ただの木々の悲鳴――へと還元され、力を失っていく。


「なにっ!?」


カガチの顔が初めて焦りで歪んだ。


「そして呉葉。お前のその長すぎた苦しみを、今終わらせる」


私は『心の静寂』と『喝采の涙』を呉葉の胸にそっと押し当てた。


「……お前の苦しみはもうおしまいだ。安らかに笑って、眠れ」


宝玉が触れた瞬間、呉葉の体から全ての憎悪がすうっと抜け落ちていった。 呪いの傀儡ではなく、かつての私の式神としての穏やかな顔に戻っていく。 そしてその口元に微かな笑みを浮かべ……。


『……ああ……あるじさま……やっと……』

呉葉の体は、伊勢の清浄な光の粒子となって空へと静かに消滅していった。


「……馬鹿な……! わたくしの最強の『楔』が……!」 カガチが激昂した。 「九十九……! いや道満ッ! よくも……!」


「お前の負けだ、カガチ。お前のやり方はあやかしの『本質』を何も理解していない。ただ利用し破壊するだけだ。そんなものに秩序は創れない」


「……」


カガチは私を殺すような目で睨みつけた。 だが次の瞬間、彼は不気味に笑った。


「……いいや。わたくしの勝ちだ」


「……何だと?」


「お前が呉葉の呪いを浄化したその瞬間に。呉葉がこの聖域で完全に『無』に還ったその瞬間に……この伊勢の神域の結界に完璧な『穴』が開いた。……わたくしの『真の第五の楔』はすでにその穴を通って、この国の『心臓』へと打ち込まれたぞ」


「……!?」


八咫烏が叫んだ。


「……いかん! 皇居みかどの方角じゃ!!」


カガチは高笑いと共に闇の中へと姿を消した。


「さらばだ、道満。お前の過去の清算ごっこは、この国の『終わり』の序曲となったわ!」




「……九十九さん……」


オサキが呆然と私に寄り添う。 私は呉葉が消えた空間をただ見つめていた。 過去は清算できた。だがその代償として、カガチは最終目的の第一段階を達成してしまった。


「九十九殿」


八咫烏が傷ついた翼を引きずりながら、私の前に一つの小さな勾玉を差し出した。


「これは天照大神様からの報酬じゃ」


「……報酬?」


「うむ。『八咫やたの導き』。これを持つ限り、お主は日本のいかなる神域、いかなる結界も通行を許可される。……カガチを追え。奴の企みを阻止できるのは、もはやお主しかおらん」


私はその重すぎる報酬を握りしめた。 「オサキ。東京に戻るぞ。あやかし社会の秩序の防衛はまだ終わっていない。 ――いや、今まさに始まったところだ」


私の本当の戦いが、今始まる。

宜しければ、評価、ブックマーク!宜しくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ