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あやかし専門コンサルタント・九十九さんの業務日誌  作者: 神楽坂 湊


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File34.あやかしの闇市場における通貨偽造と、あやかし社会における秩序の防衛について(中編・参)

「九十九さん、山ノ神から聞き出した『第三の楔』が持ち込まれる“市場”……その正体が判明しました」


事務所に戻るや否や、オサキが緊迫した声で報告を始めた。彼の妖狐としての情報網が、カガチの動きを寸でのところで掴んだらしい。


「それは三ヶ月に一度新月の夜にだけ開かれる、あやかしたちの秘密の取引所。通称『くらやみ市』です」


それはただの市場ではない。あやかし達が物理的な物品ではなく『縄張り』『運気』『情報』、時には『神格』の一部といった無形の資産を取引する、あやかし社会の根幹を成す高度な金融市場だった。


「そして今夜が、まさにその開催日。カガチの代理人があの『呪われた炭(=楔)』を新たな『通貨』として市場に持ち込み、ぬらりひょん様の管理下にある重要な『霊脈レイライン』の利権を買い占める計画とのことです」


「……霊脈、だと?」


私は事の重大さを即座に理解した。あやかし社会の秩序オーダーとはすなわち、霊脈というエネルギーの安定供給の上に成り立っている。カガチの狙いは秩序を乱すことではない。あやかし社会の『インフラ』そのものを掌握することだった。 そしてそのために使われるのが、わが師・安倍晴明が禁じたあの忌ましき呪術の産物。


「オサキ、飛ぶぞ。これはもはやコンサルティングではない。『市場介入』だ」




『くらやみ市』は物理的な場所には存在しなかった。それはとある古寺の開かずの間の掛け軸の中に、精神体となって入ることでアクセスできる異次元の空間だった。 そこは魑魅魍魎が静かに行き交う、静かな熱気に満ちた場所だった。市場の中央には巨大な天秤が鎮座し、取引される『価値』の均衡を厳格に保っている。


我々が到着すると、すでに市場の主である巨大な一つ目玉の鑑定人『目一めひとつ様』の前で、一つの取引が始まろうとしていた。 カガチの代理人が、あの禍々しい『炭』の入った箱を誇らしげに提示している。


「――この『凝縮された神気』をもって、多摩水系の霊脈の管理権を正式に要求する」


目一様は、その『炭』の放つ圧倒的なエネルギー量に思わず息を呑んでいる。天秤はその莫大な価値に大きく傾きかけていた。


「待った」 私はその取引に静かに介入した。


「これはこれは。九十九殿。どのようなご用件で?」


カガチの代理人は私を知っていた。奴らの計算通りというわけか。


「目一様。この取引、コンサルタントとして重大な欠陥を指摘させていただきます」


私は市場の主に向き直った。


「あなたの市場は『正当な価値』の交換によって成り立っているはず。しかし今、天秤に乗せられているそれは『資産』ではなく『負債』です」


「……なにを、馬鹿な」


「あなたは、この『炭』が凝縮された“神気”だと本気で思っているのですか?」


私は懐から、豆腐小僧から授かった『真味の紅葉』を取り出し、そっとその炭の上に置いた。


「すべての虚飾を剥ぎ、その『本質』を味わうがいい」


紅葉が触れた瞬間、その『炭』から凄まじい怨嗟えんさの声がほとばしった。それは神気などではない。山ノ神の森の何百年も生きてきた御神木たちが、無理やり妖気に変換されたその断末魔の叫び。その『痛み』そのものだった。 それは『価値』ではなく、あやかし社会全体で背負うべき巨大な『呪い』だったのだ。 市場全体がその禍々しさにどよめいた。目一様はその一つ目玉を恐怖に見開き、天秤から『炭』を叩き落とした。


「……取引不成立! このような呪われた『負債』を我が市場に持ち込むとは何事か!」


カガチの代理人は、憎々しげに私を睨みつけた。


「……九十九。さすがと言うべきか。だがこれもカガチ様の計算通り。この『楔』は所詮、陽動にすぎん。本命の『第四の楔』はすでに動き出している」


「……何だと?」


「あの男のやり方、忘れたとは言わせんぞ。最も神聖な場所に最も穢れたものを打ち込む。それが奴のやり口だっただろう? ……そしてそれを止めるために、お前が何を『犠牲』にしたのかも我々は知っている」


その言葉は私にしか分からない、鋭い刃となって胸に突き刺さった。 『犠牲』……。そうだ。あの時私は師の教えに背き、あやかしの力を使って禁忌を……。 代理人は混乱に乗じて闇市場から姿を消していた。




「……九十九殿。この御恩、何と返せばよいか」


市場の秩序を守った私に、目一様が深々と頭を下げた。


「九十九さん」 事務所への帰り道、オサキが私の尋常ではない様子を案じて声をかけてきた。


「……問題ない。オサキ、次の手を打つ。カガチの言う『最も神聖な場所』に心当たりがある」


あいつは私の過去を、私の弱点を知り尽くしている。 ならばこちらも遠慮はしない。


「オサキ、報酬の確認だ」


オサキは目一様から預かった一つの小さなそろばんを、私に差し出した。


「は。クライアントより『因果のそろばん』を頂戴しました」


「効果は?」


「はい。この算盤で相手の『名』を弾くことで、その相手が過去から現在までに積み上げた『貸し』と『借り』、すなわちカルマの負債総額を可視化できるとのことです」


「……面白い」


私はその冷たい算盤を握りしめた。 カガチ。お前の『負債』がどれほどのものか。この九十九経営コンサルティングが、きっちりと『査定』してやろう。


「オサキ、次のクライアントだ。いやこちらから出向く」


「どちらへ?」


「伊勢だ。カガチが狙う『最も神聖な場所』。そして奴が『第四の楔』を打ち込もうとしている場所。そこを守護する『天照』の眷属に、我々からコンタクトを取る」


あやかし社会の秩序を巡る戦いは、ついに神々の領域へとその戦火を広げようとしていた。

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