File32.山ノ神の資源乱開発と、あやかし社会における秩序の防衛について(中編・弐)
管狐一族との契約を「再締結」しカガチのシステムを破壊した後、我々は休む間もなく、ぬらりひょん様が挙げた第二の裏切り者の元へと飛んだ。 奥秩父のある霊山。そこを統べる古き『山ノ神』だ。 しかし我々がたどり着いたその山は、想像していた神聖な気配とはほど遠いものだった。 山道には重機が通るための真新しい道が切り開かれ、森の奥からは無機質なチェーンソーの音が響き渡っている。
「……ひどい。これはもはや『伐採』ではない。ただの『略奪』です」
オサキが、無残に切り倒された御神木を見上げ顔を歪めた。妖気は乱れ、山の小さな精霊たちの悲痛な声が聞こえてくるようだ。
山頂の社で我々を待っていた山ノ神は、しかし悪びれる様子もなかった。むしろその顔は、新たな事業を成功させた経営者のように自信に満ち溢れていた。
「おお、九十九殿。ぬらりひょんの爺の差し金か。ご苦労なことだ。だが無駄足というものだぞ」
「……御身ともあろう方が、なぜこのような乱暴な開発を。ぬらりひょん様との古くからの『盟約』を、お忘れか」
私の問いに、山ノ神はあからさまに鼻で笑った。
「盟約、だと? あれはただの古い『しがらみ』だ。わしはカガチ殿に、本当の『価値』というものを教えていただいたのだよ」
彼は誇らしげに、伐採された木材が並ぶ貯木場を指差した。
「カガチ殿は、わしのこの『資産』に適正な『価格』をつけてくださった。ぬらりひょんが何百年も『不干渉』という名のタダ働きで利用してきた、この森にな。わしは、この森の木をカガチ殿のルートで人間の富裕層に売っておる。わしには莫大な富が入り、人間はわしの神聖な木で家を建てる。完璧なWin-Winではないか」
管狐と同じだ。カガチはあやかし達の『誇り』や『伝統』といった数値化できないものを、『合理的』な『金銭的利益』という甘言で巧みにすり替えている。
「……山ノ神よ。あなたは、その木材がどこで何に使われているか、ご存知か」
「知るか。わしの手を離れた後のことだ。高級家具か、豪邸の柱か。人間のやることなぞ興味はない」
「ならばお見せしよう。あなたの言う『完璧なWin-Win』の正体を」
私は懐から、ツチノコから授かった『隠形発見の笛』を取り出し短く吹いた。 笛の音は、あやかしの道筋を照らし出す。それは伐採された木材が辿る妖気のルート。 目の前の空間に、その道筋が、おぼろげな光の線となって浮かび上がった。その線は人間の富裕層が住む街ではない。それは東京湾のある立ち入り禁止の埠頭へと、まっすぐに続いていた。
「……なんだ、これは……?」 山ノ神の顔から自信の色が消える。
「オサキ、飛ぶぞ」
河童から授かった『水脈転移の瓢箪』を使い、我々は一瞬にしてその埠頭の暗い水路へと跳んだ。 そこには巨大な倉庫が立ち並び、カガチの紋様が刻まれたコンテナが山と積まれている。そして倉庫の中には、あの山から切り出された神聖な木材が、無数に運び込まれていた。 だが、そこで行われていたのは製材ではなかった。
「……これは……!」
オサキが息を呑んだ。 木材は特殊な術式が刻まれた窯で焼かれ、その神聖な気を失い、代わりに禍々しい妖気を帯びた『炭』へと作り替えられていた。
「神気を妖気に、強制的に変換している……」 私はその光景に戦慄を覚えた。そしてその『炭』が何に使われるのか、瞬時に理解してしまった。
「……九十九さん。まさか、これは……あの男の……」
「ああ。間違いない」
私の脳裏に、あの忌まわしい記憶が蘇る。秩序を憎み全てを破壊しようとした、かつての仲間。彼がその力の源としていた、呪われた触媒。
「カガチめ。奴の『遺産』を、現代に蘇らせるつもりか……!」
カガチは山ノ神を騙していたのだ。木材を人間に売るなど真っ赤な嘘だ。彼は神聖な山々を、自らの野望のための『燃料』へと作り替える『工場』として利用していたのだ。 私は『聞き耳の柱』で、倉庫の奥の事務所の会話を探った。
『……計画は順調だ。間もなく、第三の“楔”が、完成する……』
『九十九が狐どもの所に行ったようだが、構うな。どうせ、あの男には何も止められん……』
カガチの声だ。そして、『楔』……? 私は、山ノ神の元へと即座に取って返した。
「――というわけだ、山ノ神。あなたは富を得ていたのではない。あなたの魂そのものを敵に売り渡し、その野望の『燃料』にされていたに過ぎない」
真実を突きつけられた山ノ神は、その巨体を屈辱と怒りにわななかせていた。
「……カガチめ……! わしを……わしを、騙したな……ッ!!」
「どちらにつくか、もうお分かりのはずだ」
「九十九殿……。この御恩は決して忘れぬ。わしの一族は再び、ぬらりひょん様の秩序に戻ろう。そしてカガチを、許さぬ」
「結構。では報酬代わりに、その『楔』とやらの情報を一つ、いただきましょうか」
山ノ神から聞き出した情報――それは、カガチが『第三の楔』と呼ぶ呪われた物体が、近々あやかし社会のある重要な『市場』に持ち込まれるという、恐るべき計画だった。
「……九十九さん」 事務所への帰り道、オサキが沈痛な面持ちで私に問いかけた。 「先ほどのあの『炭』。そしてカガチのやり口……。あれは、やはり……」
「……ああ」 私は目を閉じ、あの日の光景を振り払うように強くかぶりを振った。 「……わが師、『安倍晴明』がその半生をかけて封じ込めた、最悪の呪術だ。カガチはそれを、現代に再現しようとしている」
私の過去が、ついに現代の事件と一本の線で繋がった。 この戦いはもはや、あやかし社会の秩序を守るだけの戦いではない。 かつての私の、そして師の『因縁』に決着をつける戦いでもあるのだ。
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