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あやかし専門コンサルタント・九十九さんの業務日誌  作者: 神楽坂 湊


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File29.河童相撲のブランド低迷と、スポーツエンターテイメント市場における再生について

「九十九さん、次のクライアントですが……日本の、とある伝統文化の衰退を心から憂いておられます」


オサキはそう言ってタブレットに、水しぶきが舞う激しい取り組みの映像を映し出した。緑色の肌をした筋骨隆々の者たちが、水上の土俵で激しくぶつかり合っている。相撲だ。しかしそれは人間のそれではない。『河童相撲』だった。


「クライアントは、利根川水系を統べる河童の一族。彼らが神事として、そして魂のスポーツとして何世代にもわたり守り続けてきた『河童相撲』が、今、消滅の危機にある、と」


映像の中では、若い河童たちがどこか退屈そうに、その神聖な取り組みを眺めている。 面談のために訪れた清流のほとりの集落で、長老河童は頭の皿をしょんぼりと乾かしながら嘆いた。


「……今の若いモンは、相撲の奥深さが分からんのです。ただぶつかり合うだけ。地味で古臭い、と……。それどころか一部の血気盛んな若者たちは、あの……『カガチ』とかいう者が仕掛ける派手で暴力的な見世物に、心を奪われ始めておる始末」


また、その名か。カガチ経営コンサルティング。どうやら、あやかしの闘争本能を煽り刹那的な興奮を提供するのが奴のやり方らしい。伝統や文化への敬意など微塵も感じられない。


「九十九殿。このままでは我らの魂は本当に枯れてしまいます。どうか、お力添えを……」


「長老。あなた方の相撲は素晴らしい。力強く美しい。問題は、その価値を伝える『パッケージ』と『舞台装置』が時代の変化に取り残されていることだけです」 私は、淀みない川の流れを見つめながら言った。 「ご提案します。伝統の魂はそのままに、その見せ方を現代の『スポーツエンターテイメント』として、完全に生まれ変わらせるのです」




私のコンサルティングは、神聖な神事を観客を熱狂させる最高のエンターテイメントへと昇華させる、大規模な興行計画だった。


一、ブランド・リニューアル:『K-1(Kappa-1) Grand Prix』の設立。 「もはや『相撲』という言葉に固執するのはやめましょう。新たに『水上無差別級格闘技 K-1 Grand Prix』を設立します」 伝統的な神事としての相撲はそのままに、新たに若者向けの、よりショーアップされたリーグを創設するのだ。


二、ルールの一部改定とエンタメ性の向上。 「土俵は川の中央に浮かぶ巨大な蓮の葉。場外に落ちれば水中での攻防も一部解禁。観客は川岸から、あるいは巨大な鯉の背に乗って観戦します。そして何より、あなた方河童の十八番である『水を使った技』を制限付きで解禁するのです」 小さな渦潮で相手の体勢を崩す。水鉄砲での目くらまし。これらは人間の相撲にはない、河童ならではのダイナミックな見せ場となる。


三、スター選手の育成とメディア戦略。 「ただ強いだけでは人気は出ません。それぞれの力士にキャッチーな『四股名リングネーム』と『キャラクター設定』を与えるのです」 例えば『利根川の激流』『きゅうりスプラッシュ』など。そしてその活躍を、あやかし専門の動画配信サイトで大々的に中継する。解説には、あの元・炎上系天狗を招いても面白いかもしれない。




長老は最初こそ「神事を遊びにする気か!」と激怒したが、「このままでは神事そのものが担い手も観客もいなくなり消滅しますよ」という私の言葉に、ついに首を縦に振った。 第一回『K-1 Grand Prix』は、あやかし界に衝撃を与えた。 水しぶきを上げて繰り出される華麗な水術。蓮の葉の上で繰り広げられる予測不能の攻防。若き河童たちの熱気と観客の熱狂的な応援。それは古臭い神事などではなかった。誰もが見たことのない、全く新しい最高のスポーツがそこに誕生したのだ。 カガチの暴力的な見世物に行きかけていた若者たちも、自分たちの伝統がこんなにもカッコよく生まれ変われるのかと、目を輝かせてK-1の門を叩いた。


後日、すっかり人気プロモーターの顔になった長老河童が、事務所に一つの古びた瓢箪を持ってきた。


「さて、九十九さん。お待ちかねの報酬です」 オサキが、その瓢箪を恭しく受け取った。


「一族に伝わる秘宝、『水脈転移の瓢箪』です」


「効果は?」


「はい。この瓢箪にある場所の水を一滴入れ、次に行きたい水辺を強く念じながらその水を地面に注ぐと、二つの水場を繋ぐ『水の道』が一瞬だけ開き、瞬時に移動できるとのことです。川から海へ、池から地下水脈へ……水あるところ、どこへでも」


それは、究極ファストトラベルツール。世界中の水脈が、我々のための専用ハイウェイとなるのだ。 私は、その滑らかな瓢箪の感触を確かめ、厳重に保管した。


「さあ、次の準備だ」


「承知いたしました。次は……かなり、プライベートな空間に関するご相談です」


「ほう?」


「はい。クライアントは『座敷わらし』なのですが…… File.1やFile.7の彼女たちとはまた別の」


「彼が、どうした」


「ええ。彼が住み着いている家が、極端なミニマリストの家なのだそうです。物が何もない。遊ぶ道具も隠れる場所も何一つない。その『何もない空間』があまりに退屈すぎてノイローゼ寸前だと……。福をもたらす気力も湧かない、とのことです」


どうやら次は、現代のライフスタイルが生んだ新たな『豊かさ』の形と、伝統的なあやかしの価値観との深刻なミスマッチを解消するコンサルティングを手掛けることになりそうだ。 私の仕事は、ついに個人の生活様式にまで踏み込んでいく。

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