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あやかし専門コンサルタント・九十九さんの業務日誌  作者: 神楽坂 湊


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File28.枕返しの技術的失業と、夢市場(ドリーム・マーケット)への事業転換について

「九十九さん、次のクライアントですが……どうやら、わたくし共の同業者に先に相談を持ちかけていたようです」


オサキは珍しく、その銀色の眉間に深い皺を寄せ報告を始めた。その声には単なる懸念とは違う、警戒の色が滲んでいる。


「クライアントは『枕返し』。眠っている人間の枕をひっくり返す、あのあやかしたちです。しかし彼らが最初に頼ったのは……『カガチ経営コンサルティング』と名乗る謎の組織だった、と」


カガチ……。その名に、私は初めて聞くはずなのに胸の奥が微かにざわつくのを感じた。 事務所のソファには、影のように薄い小さな童子の姿をしたあやかしが、悄然と座っていた。

今回のクライアント、枕返しの一人だ。


「……カガチ殿のご提案は……あまりに我々の道に反するものでした」 彼は震える声で語り始めた。 「彼は言いました。『枕がダメなら、直接脳を揺らせばいい。悪夢を見せて、その精神をひっくり返せ』と……。しかし我々は、ただささやかな驚きを届けるだけ。人の心に深い恐怖を植え付けるなど……!」


そのやり方は私の信条とは真逆だ。あやかしの力を負の方向へ増幅させる。一体何者なのだ、そのカガチというコンサルタントは……。


「そして、もちろん本来のご相談も……」とオサキが話を戻す。「現代の高性能枕の問題です。低反発、オーダーメイド、睡眠サイクルを計測するスマートピロー……。彼の伝統的な『枕をひっくり返す』という仕事がもはや相手に全く気づかれない。深刻な技術的失業に瀕しているのです」


「お気持ち、お察しします。そしてカガチの誘いを断り、こちらへ来てくださったことに感謝します」 私は目の前の、誠実で臆病なあやかしを見据えた。 「あなたの仕事の本質は、物理的に枕を動かすことではない。『眠りという無防備な時間に、ほんの少しだけ人知を超えた世界の存在をそっと知らせる』こと。その本質に立ち返れば、あなたの新たな仕事場は無限に広がっています」


私の提案は、彼の仕事場を『寝室』から人間の『夢の中』へと移す、壮大な事業転換計画だった。




一、事業領域の再定義:『物理世界』から『精神世界』へ。 「現代人の本体は、もはや肉体だけではありません。その精神は眠っている間でさえ、仕事のストレスやSNSの喧騒に晒されている。彼らの『枕』はもはや頭の下にはない。夢の中にこそ、ひっくり返されるべき『心の枕』があるのです」


二、新サービス『ドリーム・フリップ』の考案。 「あなたはこれから『夢の庭師ドリーム・ガーデナー』となるのです」 具体的な業務はこうだ。 ストレスで悪夢を見ている人間の夢にそっと忍び込む。そして、悪夢の展開をほんの少しだけひっくり返すのだ。 例えば、上司に叱責される夢を見ていれば、その上司の頭を突然アフロヘアーに変えてしまう。追試に落ちる夢を見ていれば、答案用紙を美味しいクッキーに変えてしまう。 悪夢を完全に消すのではない。その悪夢を『くだらなくて、思わず笑ってしまう夢』へと、そっと書き換えるのだ。


三、提供価値の転換:『いたずら』から『癒やし』へ。 「これにより、あなたはただのいたずら妖怪ではなくなります。眠っている間に人々の心の重荷を少しだけ軽くしてあげる『夢のセラピスト』となる。目覚めた時、夢の内容は忘れていてもなぜか心が軽くなっている。それこそが、現代のあなたにしか提供できない最高の価値なのです」




枕返しは最初こそ戸惑っていたが、自分の力が人を恐怖させるのではなく癒やすために使えるという事実に、小さな希望の光を見出した。 彼の初仕事は、徹夜続きのプログラマーの夢の中だった。延々と終わらないバグとの戦いにうなされていると、突如画面のコードが全て踊るタコの絵に変わった。翌朝プログラマーは、寝不足のはずなのになぜか不思議とスッキリした気分で新たな一日を始めることができたという。 枕返しは、失いかけていた存在意義と仕事への誇りを、夢の中という新たな市場で見事に取り戻したのだ。


後日、枕返しが晴れやかな顔で事務所にやってきた。彼が差し出したのは、眠っている人の吐息を固めて作ったような、淡く光る小さな勾玉まがたまだった。


「さて、九十九さん。お待ちかねの報酬です」 オサキが、それを恭しく受け取った。


「クライアントより、『夢のゆめのくさび』を頂戴しました」


「効果は?」


「はい。今後、我々がどうしても説得したい相手がいる場合、交渉の前夜にこの勾玉を握りしめて相手を念じれば、その相手の夢の中へ我々の『提案の種』をそっと植え付けることができるそうです。翌朝、相手は我々の提案をなぜか『前向きに』検討したくなる、と……」


それは、究極のネゴシエーションツール。相手の無意識に直接アクセスするとんでもない切り札だった。 私はその不思議な勾玉の感触を確かめ、厳重に保管した。……いつか、あのカガチという男と対峙する時、必要になるかもしれない。


「さあ、次の準備だ」


「承知いたしました。次は……日本古来のあるスポーツに関するご相談です」


「ほう?」


「はい。クライアントは『河童』の一族です」


「彼らが、どうした」


「ええ。彼らが愛してやまない『相撲』の人気が近年他のスポーツに押されて低迷している、と。特に子供たちの間で『ルールが分かりにくい』『地味だ』と思われている。この状況を憂い、『河童相撲の、人気復興とブランドイメージ向上』のための総合的なプロデュースをお願いしたい、とのことです」


どうやら次は、国技のようで国技でない、あやかしたちのソウル・スポーツの大規模なリブランディングを手掛けることになりそうだ。 私のコンサルティングは、ついにスポーツ興行の世界にまで足を踏み入れる。

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