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あやかし専門コンサルタント・九十九さんの業務日誌  作者: 神楽坂 湊


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File27.貧乏神の逆指標問題と、情報価値のマネタイズによる市場からの解放について

「――もう、うんざりなのです」


事務所のソファの隅で、薄汚れた着物を着た見るからに幸薄そうな男が、深いため息をついた。その周囲だけ空気が淀んでいるように感じる。今回のクライアント、『貧乏神』様ご本人だ。


「わたくしが少しでも興味を示しただけで……。翌日にはその企業の株価は空売りで地獄を見ます。わたくしが何気なく褒めた新商品は、忌避されるように誰も買わなくなる。わたくしの『不運』が、連中の『幸運』に変換されておるのです!」


彼の悩みは、あまりに皮肉だった。彼が持つ『絶対的な不運を呼ぶ能力』は、現代の金融市場において『最も信頼性の高い、究極の逆指標』として機能してしまっていた。

彼がどこへ行き、何を食べるか。その一挙手一投足は常にどこかで、欲に目の眩んだ投資家やトレーダーたちに監視されている。プライバシーなど、もはや存在しなかった。


「これは、あなたの『無形資産』が、無断でかつ無料で市場に搾取され続けている状態です」

私は、疲弊しきった神を見据え言った。

「問題はあなたの能力そのものではありません。その価値ある情報に、あなたが全く『価格』をつけていないことです。彼らは、ただ同然で手に入る最高級のインサイダー情報を見逃すはずがない」


「価格……? この忌々しい不運にですか?」


「ええ。ご提案します。その忌々しい不運を『世界で最も高価な、会員制の有料情報サービス』へと生まれ変わらせるのです。市場に監視される側から、市場を『監視』する側へと、その立場を逆転させるのです」




私のコンサルティングは、彼を哀れな被害者から金融市場を裏で操る孤高のインフルエンサーへと変貌させる、大胆な情報戦略だった。


一、事業の法人化と会員制サービスの設立。

まず、貧乏神を代表取締役とするペーパーカンパニー『アンフォーチュン・リサーチ合同会社』を設立。そして、年会費が国家予算クラスという超富裕層向けの会員制投資サロン『倶楽部・カタストロフ』を立ち上げる。


二、提供価値の再定義。

この倶楽部が提供するサービスはただ一つ。

月に一度、貧乏神が『次に、わたくしが本格的に“嫌いになる”企業』を会員限定で発表する。それは彼の神としての直感が告げる、近々何らかの不祥事や業績不振で没落する企業だ。会員たちはその情報を元に、合法的に空売りを仕掛け莫大な利益を得る。


三、ブランドイメージの刷新:『不運の象徴』から『市場の浄化者』へ。

「あなたはもはや、ただの貧乏神ではありません。あなたは、実態のないバブルや人々の過剰な欲望によって生まれた市場の『歪み』を正す、偉大なる調整者レギュレーターなのです。あなたの『不運』はもはや無差別な厄災ではない。驕れる者への、神の鉄槌となるのです」




『倶楽部・カタストロフ』の噂は、世界の金融市場を文字通り震撼させた。

入会希望者は後を絶たなかったが、厳格な審査により会員はごく少数に絞られた。

貧乏神はもはや誰にも尾行されることはなくなった。彼の動向は世界で最も価値のある金融情報となり、厳重に管理されるようになったからだ。

月に一度の会員限定の会合。そこで彼は少しだけ上等になった着物をまとい、静かに、そして厳かに次なる『鉄槌』を下す企業の名を告げる。その姿にはかつての卑屈さは微塵もなく、市場の秩序を司る者としての静かな威厳が満ちていた。


後日、貧乏神が以前とは比べ物にならない晴れやかな顔で事務所にやってきた。彼が差し出したのは、ひび割れた一対の古いサイコロだった。


「さて、九十九さん。お待ちかねの報酬です」

オサキが、そのサイコロを丁重に受け取った。


「クライアントより、『幸運の天秤』を頂戴しました」


「効果は?」


「はい。今後、我々が二者択一の確率が絡む状況に陥った際、このサイコロを振れば、必ず『より確率の低い、ありえない方』の未来が現実になるそうです。それが吉と出るか凶と出るかは、その時次第……。運命の天秤を意図的に傾けることができる、と」


それは、単なる幸運のお守りではない。確率そのものに介入し、奇跡を(あるいは、最悪を)意図的に引き起こす究極の運命操作ツールだった。

私は、その不気味で、しかしあまりに魅力的なサイコロを厳重に保管した。


「さあ、次の準備だ」


「承知いたしました。次は、睡眠に関する非常にデリケートなご相談です」


「ほう?」


「はい。クライアントは『枕返し』。眠っている人の枕をひっくり返す、あのあやかしたちです」


「彼が、どうした」


「ええ。人間たちが使う枕が、あまりに高性能化しすぎているのだそうです。低反発、オーダーメイド、睡眠サイクルを計測するスマートピロー……。彼の伝統的な『枕をひっくり返す』というささやかな悪戯が、もはや相手に全く気づかれない、あるいはすぐに元に戻されてしまい全く効果がない、と。深刻な技術的失業と存在意義の危機に瀕しているそうです」


どうやら次は、テクノロジーの進化の果てに自らの仕事の価値を失ってしまった古典的ないたずら妖怪の、新たな生き甲斐を見つけるコンサルティングを手掛けることになりそうだ。

私の仕事は、ついに人々の夢の中にまで足を踏み入れる。

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