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あやかし専門コンサルタント・九十九さんの業務日誌  作者: 神楽坂 湊


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File25.豆腐小僧の商品価値低下と、ブルーオーシャン戦略による市場

「九十九さん、次のクライアントは……非常に物静かで、控えめな方です」


オサキはそう前置きして、応接室のソファにちょこんと座る小さな子供の姿を私に示した。菅笠をかぶり、盆に乗せた豆腐を大切そうに胸に抱いている。今回のクライアント、『豆腐小僧』だ。

その存在はあまりに儚げで、事務所の空気と馴染まずふわりと浮いているかのようだった。


「わ、私の……この豆腐が……」

豆腐小僧は、今にも消え入りそうな声で悩みを打ち明けた。

「誰も見向きもしてくれないのです。『味がしない』と、『もっと刺激的なものはないのか』と……。昔はこれだけで、人々は喜んでくれたのに……」


盆の上の豆腐はつるりとして清らかで、一点の曇りもない。しかし、化学調味料と過剰なスパイスに慣れ切った現代人の舌にとって、その繊細な風味はもはや『無味』としてしか認識されないのだ。

これは、あまりに悲しい『商品プロダクトの市場不適合』。そして時代の変化による、ブランド価値の根本的な喪失だ。


私は彼の盆からそっと豆腐を一切れ拝借し、口に含んだ。

……なるほど。

雑味のない清らかな大豆の香り。舌の上で、すうっと溶けていく完璧な口当たり。これは素晴らしい。問題は商品にではない。


「豆腐小僧さん。あなたの豆腐は完璧です。問題は、あなたが戦っている『市場』が間違っているだけなのです」

私は静かに言った。

「辛さや脂っこさ、濃厚さといった『レッドオーシャン』で戦う必要はない。あなたには、あなただけの『ブルーオーシャン(未開拓の市場)』を、今から創造していただきます」


私の提案は、彼の豆腐を『日常食』から『特別な効能を持つ、究極の処方食』へと、その価値を再定義する大胆なリブランディング計画だった。




一、ブランド・コンセプトの再構築。

「あなたの豆腐はただの食べ物ではありません。それは、現代人が失った『本来の味覚』を取り戻させ、荒れた心を洗い流す『味覚の浄化装置』です」

私はこの豆腐に新たな名を授けた。『心を洗う、夜明けの豆腐』と。


二、ターゲット顧客の再設定。

「この豆腐を不特定多数に提供するのはもうやめましょう。あなたの新たな顧客は『刺激に疲れ果てた、現代の病人』です」

深夜まで終わらない仕事に追われるプログラマー。派手な世界の虚しさに疲れた芸能人。日々のストレスで何を食べても砂を噛むような思いをしている人々。あるいは、人間の負の感情を浴びすぎて霊格が穢れてしまった、他のあやかしたち。彼らこそ、この豆腐の真価を心の底から理解できる最高の顧客だ。


三、新たな提供方法。

「あなたは街をさまようのではありません。救いを求める者の前にだけ、現れるのです」

豆腐小僧には、深夜そうした『病人』たちの前にだけそっと姿を現すよう指示した。そして何も言わずに、盆を差し出す。

一口食べれば、わかる。荒れ果てた舌と心に清らかな大豆の滋味が、静かに、しかし深く染み渡っていく。涙を流す者もいるだろう。彼らはただの豆腐にではなく、失っていた『穏やかな感覚』そのものに感動するのだ。




豆腐小僧は、生まれ変わった。

もはや彼は、時代遅れの食品を運ぶ哀れなあやかしではない。彼は都会の夜を静かに巡り、疲れ果てた魂に一時の癒やしを届ける『夜明けのセラピスト』となった。

いつしか、都会の片隅でこんな都市伝説が囁かれるようになった。

「本当に疲れていると、夜道で伝説の豆腐売りに会えるらしい。その豆腐を食べると、次の日、世界が少しだけ美しく見えるんだってさ」


後日、事務所に豆腐小僧が晴れやかな顔でやってきた。その盆には豆腐と共に、一枚の鮮やかな紅葉が乗せられていた。


「さて、九十九さん。お待ちかねの報酬です」

オサキが、その紅葉をそっとつまみ上げた。


「彼が豆腐に添えるために常に持ち歩いている『真味の紅葉』です」


「効果は?」


「はい。この紅葉をいかなる飲食物――たとえどんなにジャンクなものであっても――の上にそっと乗せると、一瞬だけ全ての人工的な味付けが消え去り、素材が持つ『本来の、ありのままの味』が舌の上に現れる、とのことです」


それは、あらゆる虚飾を剥ぎ取り物事の『本質』を味わうことができる、究極の鑑定ツール。コンサルタントとして、これほど有用な力はない。

私は、その美しい紅葉を大切に手帳に挟んだ。


「さあ、次の準備だ」


「承知いたしました。次は……物理的に、そして概念的に『動かない』クライアントです」


「ほう?」


「はい。クライアントは『ぬりかべ』。人の行く手を阻む壁のあやかしです」


「彼が、どうした」


「ええ。彼がいつも仕事をしている山道が、市の文化財として『ぬりかべが出現するスポット』に指定されてしまったそうです。今では観光客が押し寄せ、彼を乗り越えようとしたり記念撮影をしたりと、もはや『障害物』ではなく『観光名所』になってしまった。その現状に深刻なストレスと存在意義の揺らぎを感じている、と……」


どうやら次は、自身の仕事場が観光地化してしまった職人気質のあやかしの、プライドと実益を両立させる新たな働き方を提案することになりそうだ。

私のコンサルティングは、ついに文化財保護の領域にまで足を踏み入れる。

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