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あやかし専門コンサルタント・九十九さんの業務日誌  作者: 神楽坂 湊


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24/50

File24.化け猫一族のブランド・アイデンティティ崩壊と、ニッチ市場における再定義について

「――我々は、断じて、断じて『可愛い』などという存在ではないッ!!」


事務所の高級ソファの上で、一匹の巨大な黒猫が憤怒の形相で爪を研いでいる。二つに分かれた尾が、不満を訴えるようにバタン、バタンと床を打っていた。

今回のクライアント、『化け猫』一族の長老だ。彼の周囲には、同じくただならぬ妖気を放つ幹部たちが唸り声を上げて控えている。しかし、その光景は威圧感よりも、どこか奇妙な愛嬌を醸し出してしまっていた。


「九十九さん、これが問題の資料です」

オサキが、ため息混じりにタブレットを見せる。そこには、インターネットに投稿された数々の動画が映っていた。

火の玉を吐いて威嚇する化け猫に、「怒った顔もきゃわわ」というテロップ。巨大化して人間を脅す姿に、「もふもふが巨大化とか、天国かよ」というコメント。何をやっても、人間の手にかかれば全てが『可愛い』という一言に変換されてしまうのだ。


「これは、深刻な『ブランド価値の希薄化』です」

私は、長老の鋭い爪をいなしながら言った。

「原因は、インターネットが生んだ『可愛い猫』という、あまりに巨大で強力な市場トレンドです。あなた方が『猫』という大きな括りの中にいる限り、何をしてもこの巨大な『可愛い』の濁流に飲み込まれてしまう」


「ならば、どうしろと申すのだ! これ以上、どうやって我々の恐怖を示せと!」


「いえ、違います。これ以上、不特定多数に恐怖を振りまくのは悪手です。あなた方がすべきは『戦うマーケットを変える』こと。そして、『恐怖を求める、選ばれた顧客にだけ最高の恐怖を届ける』ことです」


私の提案は、彼らを『不特定多数を脅かす街の怪異』から『最高の恐怖体験を提供する、エンターテイメントのプロ集団』へと、その在り方を転換させるブランド再生計画だった。




一、市場の再定義:『リアル』から『エンタメ』へ。

「あなた方の『恐怖』は、もはや現実世界では通用しない。しかし『エンターテイメントとしての恐怖』には、凄まじい需要があります。ホラー映画、お化け屋敷……人々は安全な場所で、お金を払ってでも恐怖を体験したいのです」


二、事業内容の具体化:『超自然ホラーコンテンツ』の制作。

「あなた方の能力――隠密行動、幻術、そして何より本物の妖気――は、最高のホラーコンテンツを創り出すための究極の資産です」

私は、二つの事業を提案した。

①動画配信事業:『Nekomata Nightmares』

化け猫たちが人間に化け『心霊調査クルー』として、自らが"仕込み"を行った廃墟などを探索するという体のファウンドフッテージ形式のホラー番組を制作。CGでは決して再現できない本物の超常現象をカメラに収め、動画サイトで配信する。

②体験型アトラクション事業:『化け猫屋敷』

遊園地やイベント企画会社と提携し、期間限定の究極のお化け屋敷をプロデュース。お客様は、あなた方が本気で創り出した恐怖の空間を体験する。


三、ブランド・メッセージの確立。

そして、新たなキャッチコピーを打ち出す。『――まだ、猫が可愛いなんて言ってるの?』

この一言で、あなた方は無数の『可愛い猫』たちとは全く異なる、別次元の存在であることを世に知らしめるのです。




化け猫たちは、元来人を驚かせ、楽しませることが得意な一族だ。私の提案に、彼らの目にかつての誇りと新たな野望の光が宿った。

結果は、大成功だった。

動画シリーズ『Nekomata Nightmares』は、そのあまりのリアルさと恐怖で瞬く間に世界中のホラーマニアの間で話題沸騰。「CGか、本物か」という論争で、再生数は億を超える。

そして、『化け猫屋敷』は「失神者続出」「二度と入れない」という口コミが広がり、史上最も怖いアトラクションとして伝説となった。

彼らは見事に新たな市場を創り出し、その頂点に君臨したのだ。もはや、彼らを単なる『可愛い猫』として見る者はどこにもいなかった。


後日、事務所に化け猫の長老が、一匹の美しい黒猫の姿で訪れた。その首には、ちいさな古びた鈴が一つ結ばれている。


「さて、九十九さん。お待ちかねの報酬です」

オサキが、その鈴を丁重に受け取った。


「一族に伝わる秘宝、『隠れ蓑の鈴』です」


「効果は?」


「はい。この鈴を一度だけ『ちりん』と鳴らすと、術者とその仲間たちは数分間、周囲の者から『意識されなくなる』とのことです。姿が消えるわけではないのですが、まるで風景の一部になったかのように誰の注意も引かなくなる。完璧な認識阻害の術だ、と」


それは、究極のステルスツール。いかなる場所にも、誰にも気づかれずに潜入できるとんでもない切り札だった。

私は、その小さな鈴の不思議な響きを心に刻み、厳重に保管した。


「さあ、次の準備だ」


「承知いたしました。次は再び食に関するご相談ですが……前回のあかなめ達とは少し事情が違います」


「クライアントは?」


「はい。『豆腐小僧』です」


「あの、豆腐を運んでいるだけのか」


「ええ。彼が運ぶその『豆腐』が、現代人に全く人気がないのだそうです。刺激的で味の濃い食べ物に慣れた現代人にとって、彼の豆腐はあまりに『優しすぎる』『味がしない』と。深刻な商品価値の低下に悩んでおられます」


どうやら次は、日本の伝統食の代表格、『豆腐』の大規模なリブランディングを手掛けることになりそうだ。

私のコンサルティングは、ついに味覚そのものにまで介入する。

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